紅虎来訪
「ガインと言う名の若者を引き渡して貰いたい」
いきなり孤児院を訪ねてきた女性が、門番のアーヴィンに要求してきた。
自分と比べても見劣りしない高身長に軽鎧と帯剣、そして落ち着いた物言い。
自分の一存で追い返すべきでは無いと思った。
アーヴィン「あ~、済まないが、どちら様だろうか?」
シリウス「これは失礼した、アテオス領主グレージャー男爵の伴侶でシリウスと
言う」
領主夫人が一体何の用事で王都に、それもこんな片隅の孤児院に来たのか解らない
が、ガインを出せと言う事はクラン絡みだろう、つまり九鬼案件だ。
幸い今日は安息日でガイン達もまだ孤児院に居る。
アーヴィン「わかった、マーク!九鬼さんに来客だと伝えてくれ、ガイン関係だ」
マーク「は~い」
丁度通りかかった孤児院の子供に九鬼を呼んで来るよう頼むと、再びシリウスと向
き合った。
アーヴィン「それで、ガインを引き渡せとは?」
シリウス「うむ、責任を取って貰おうと思ってな」
アーヴィン「責任?」
シリウス「わが娘に対しての責任だ」」
アーヴィン「あちゃ~・・・・・」
女性の年恰好を見れば、相応の若い娘が居る事ぐらいは想像できる。
その娘に対しての責任と言う事になれば、まあ、あれだろう。
確かにガインは大人しく黙っていれば、多くの女性から好意を寄せられても可笑し
くは無い容姿をしている。
ただ、悪ガキそのままの性格と行動で誰も気づいていないだけだ。
もし、その気になれば女の一人や二人、簡単に落とす事が出来る。
だからと言って、貴族の、それも小さいながら領地もちの貴族の娘に手を出しては
駄目だろう。
話がややこしくなるのは確実だ。
アーヴィンが頭を抱えていると、ほど無く九鬼とリット達明鏡止水の五人がやって
きた。
九鬼「客人と聞いたが」
アーヴィン「あちらの御婦人なんだが、どうもガインがらみらしい」
ガイン「ええ?俺ですか?」
アーヴィン「ああ、責任を取って欲しいそうだ」
ガイン「責任?何の?」
アーヴィン「娘さんに対してらしい」
ガイン「はあ?」
困惑するガインに全員が非難の眼差しを向けた。
一体何をやらかしたんだと。
リット「見損なったぞ、ガイン」
アイナ「素直に白状なさい」
ガイン「知らない!俺は何もしてない!」
ライナー「往生際が悪いですね」
エマ「さいってい・・・・・・」
ガイン「何かの間違いだ!信じてくれ!」
九鬼「なに、若い内は間違いの一つぐらい起こすものじゃ」
ガイン「師匠!」
九鬼「しかしけじめは付けんとのう」
話が暴走し始めた師弟を呆れたアーヴィンが止めた。
まずは詳しく話を聞けと。
アーヴィン「他愛も無い会話で師弟関係に潤いを与えるのは良い事だが、時と場合
を考慮して欲しい」
九鬼「すまん」
リット「ごめんなさい」
アイナ「調子に乗りました、すいません」
アーヴィンが改めて門番の仕事を始めた。
アーヴィン「こちらが今回訪問されたグレージャー男爵婦人」
シリウス「初めましてだな、シリウス・グレージャーだ」
九鬼「ご丁寧にどうも、五稜郭代表九鬼十三じゃ、後ろの若いのがガイン」
ガイン「ど、どうも」
シリウス「ほう、君が娘の想い人か、ふ~む」
シリウスに爪先から頭の天辺まで、それこそ髪の一本にに至るまで値踏みされる様
に観察されたガインが我慢出来なくなって先に口を開いた。
ガイン「だいたい何なんだ、俺はあんたの娘なんか知らないぞ」
シリウス「娘は会いに行きたいと毎日私に泣きながら訴えるのだ」
ガイン「どこの世界の物語だよ!」
シリウス「ほお、とぼけるつもりなのか?」
ガイン「とぼけるも何も、俺は女の子とそんな関係を持った事は無い!」
シリウス「では何か、私の娘が嘘をついていると?」
ガイン「人違いだって言ってるんだ!」
シリウス「往生際が悪いぞ、証人も大勢居るというのに」
ガイン「証人って、俺は変態じゃねえ!」
自分の性行為を大勢の人間に見せる様な特殊な性癖を持った覚えも無ければ巻き込
まれた覚えも無い。
いよいよ訳が分からなくなって来た所で、ふと九鬼が訪ねた。
九鬼「そもそも娘さんの名前は何と?それに証人は?」
シリウス「娘か?ソフィーナだ、知っているだろう」
九鬼「はああ?なら証人とはアフェンドラ辺境伯の事か!」
シリウス「うむ、リカルドは私の弟だ」
九鬼「・・・・・・意味がわからん」
リット「手合せしただけだよなあ」
アイナ「そのあと辺境伯の馬車に放り込まれてたわよ」
ライナー「確かに」
エマ「もしかして無実なの?」
リット「たぶん、残念だが」
エマ「な~んだ、期待して損しちゃった」
ライナー「君ら、ガインに厳しすぎないか?」
ガインとソフィーナの接点は、あの手合せだけだった筈だ。
なら、責任うんぬんは何だったのか。
納得できないのは勿論訳の分からない疑いを受けたガインだ。
もう少しで最低男の烙印を押される所だったのだから当然だろう。
ガイン「あれが何で責任うんぬんの話になるんだ!」
九鬼「確かに」
しかし、返ってきたのは貴族ならではの理屈だった。
シリウス「分かってると思いますが、ソフィーナは女の子です」
ガイン「うん、見れば分かる」
シリウス「そしてまだ未婚です」
ガイン「そりゃそうだろう、幾ら何でも」
シリウス「その未婚の、それも処女であるソフィーナの体中を触りまくった」
ガイン「いやいや、立会だから!武術の試合だから!」
シリウス「ソフィーナは可愛いですから、邪な気持ちを持つのも分かります」
ガイン「違う!合気道という組手なの!変な気持ちは無いの!」
シリウス「しかし、ソフィーナは貴族の娘、このような辱めを受けてはもう・・」
ガイン「いやいやいや、おかしいおかしい」
シリウス「傷物にされた末娘が不憫で堪らない」
ガイン「してないしてない!」
シリウス「これでは嫁ぐ事もできない」
ガイン「出来るから!引く手あまただから!」
シリウス「なら、傷物にした本人に責任を取って貰うしかない」
ガイン「・・・・・聞いちゃいねえ」
ガインにとって、決闘を申し込まれた末の立ち合いが、いつの間にやら婦女子に対
して非常にわいせつな行為をした事にされているのだ。
おまけに誤解を解こうにも相手は話を聞く気が無い。
九鬼「八方塞がりじゃのう」
ガイン「師匠!」
九鬼「冗談じゃ、はあ、シリウスさんとおっしゃったかのう」
シリウスに向き合った九鬼には彼女の考えが漠然とだが分かった気がした。
九鬼「さすがに強引過ぎると思うんじゃが・・・・」
シリウス「やっぱり駄目ですか」
九鬼「気持ちは分かるが流石にのう」
リット「どういう意味ですか?」
九鬼「ガインを戦力として欲しい、そういう事じゃろう」
シリウス「できれば娘の夫として我が領地に来て欲しかったんだが」
九鬼「だいたい、そもそも娘さんの意思は?」
シリウス「一緒に手合せしていれば、その内何とかなるだろう」
リット「無茶苦茶だぁ」
シリウス「無茶は承知の上なんだがな」
シリウスの住むアテオス領はレナ大河の最上流にあり、ルデマニアの北西に広大な
支配地域を持っているが、その八割以上が周りを高い山に囲まれた山岳地帯であり
僻地と言っても差支え無い領地である。
主な産業は鉱山事業であり王国有数の金山を保有しているが、その分狙っている者
も多い。
アフェンドラ辺境伯家からシリウスが嫁いだ事で、貴族の干渉や盗賊の襲撃は激減
したものの、人間の往来が減った分、魔獣の数が増えてしまった。
特に最近は廃坑などにゴブリンが住み着き、馬鹿にならない被害が出ていた。
シリウス「このままでは遠くない内に死人が出る事になる」
アイナ「辺境伯に助けを求められないの?」
シリウス「周辺国と緊張状態の今、廻せる兵は良くて十数人、焼け石に水だ」
リット「兵士十人が焼け石に水って、一体何匹居るんですか?」
シリウス「正確には分からんが、恐らく千は超えていると思う」
九鬼「ふむ、いい機会かもしれんシリウス殿、依頼を出す資金は有るかのう」
シリウス「あ、ああ、金貨で200枚(約2億円)程度なら即金で用意できる」
九鬼「ゴブリン討伐、クラン五稜郭で受ける、ギルドの西支部に指名依頼を出
して貰おう」
シリウス「はい?」
九鬼「明鏡止水と羽蝶蘭で合同パーティーを組んで討伐に向かわせよう」
シリウス「ご、合同パーティー?」
九鬼「二パーティーで九人になる、十分じゃろう」
シリウス「・・・・・・何の冗談だ?」
アイナ「そうよ!マチルダさん達まで一緒だと、直ぐに終わっちゃうわ!」
リット「たった千匹なんて、往復の日数の方が長いじゃないですか!」
エマ「良くて三日、下手したら二日で終わってしまう・・・・・」
ライナー「過剰戦力だと思います」
シリウス「何を言っているんだ、お前たちは」
例えゴブリンだとしても、数が千匹を超えれば十分脅威になる。
最低でも騎士団(百人程度)が二つは欲しい。
それをたった九人で?そしてそれすらも多い?気でも狂ったのか?
シリウスの頭の中は不信感どころか、狂人の妄言にしか思えなかった。
九鬼「何、心配せんでも成功報酬じゃから問題は無い」
シリウス「いや、そうでは無く、現実の問題としてだな」
リット「そうです、やはり現実的にみても九人は多すぎます!」
シリウス「お前ら・・・・・・」
九鬼「やかましい!誰がゴブリンだけと言った」
シリウス「へっ?」
九鬼「人里近くに居るC・Dクラスの魔獣は全て狩り尽くせ」
リット「まあ、それなら何とか」
ライナー「でも素材や魔石はどうします?」
九鬼「そこはほれ、アテオス領主様に買い取って貰えば良い」
アイナ「なるほど」
九鬼「ガインの義理の実家の依頼じゃ、サービスせんとのう」
アイナ「確かに!これは頑張らないと」
ガイン「ちが―――――――――う!」
シリウス「何が起こってるんだ・・・・・・・」
その後、単独行動のシリウスを迎えに来た護衛たちと纏めて冒険者ギルドに連行さ
れて、茫然としている間に依頼が受理されてしまった。
リーゼ「はい、ゴブリンの指名討伐依頼ですね、受付完了です」
シリウス「おかしいだろう、ゴブリンが千匹だぞ」
リーゼ「大丈夫ですよ、多少過剰戦力ですが九鬼さんの指示ですから」
シリウス「いや、千匹だぞ、どう考えても足りないだろう」
リーゼ「?言ってる意味が分かりません」
シリウス「それはこっちのセリフだ!」
デライド「くっくっくっ」
リーゼ「あっ、ギルマス何とか言ってください」
騒ぎを聞きつけたデライドが奥の執務室から顔を出した。
シリウス「・・・・・・どこかで見た顔だね」
デライド「リカルドと共に何度かお目にかかりました」
シリウス「ああ、あの悪ガキか」
リーゼ「わ、悪ガキ・・・うぷぷぷぷ」
デライド「リーゼ、お前、まあいい、シリウス様、ご心配には及びませんよ」
シリウス「どういう意味だい?」
デライド「あいつら一人でCクラスの魔獣を狩りますんで」
シリウス「はあ?」
デライド「Eクラスのゴブリンがどれだけ集まろうと、問題ないでしょう」
シリウス「化け物か・・・・・」
リーゼ「冒険者仲間では鬼って言われてますよ」
シリウス「鬼が・・・・・九人・・・・・・」
デライド「国軍並みの戦力です、大船に乗ったつもりで良いですよ」
シリウス「・・・・・・・・金貨200枚では安すぎたのでは・・・・・」
ギルドを後にしたシリウスは馬車の中で、護衛の騎士達の話を聞いていた。
シリウス「お前たち、一人でフォレスト・サーペントを狩ることが出来るか?」
騎士「・・・・・奥さまは我々に死ねと?」
シリウス「やっぱりそうだよなあ」
騎士「何か有りましたか?」
シリウス「例のソフィーナの婿候補の男だが、一人で狩れるらしい」
騎士「・・・・・冗談でしょ」
騎士「だが、それが本当なら英雄クラスですぞ」
騎士「我が領地の懸念材料が一気に吹き飛ぶ」
騎士「しかしそれ程の人材、相手が手放すとも思えませんが」
シリウス「いや、他にも八人居るからな、本人次第だと思うぞ」
騎士「は、八人?そんな馬鹿な!」
シリウス「事実だ」
騎士「なれば好都合ではないですか」
騎士「ここは、何としても婿として」
シリウス「うむ、ソフィーナには頑張って貰わねばならん」
二人が全く知らない場所で話が勝手に進んでいた。




