真実は沈黙の盾
「あなたは、本当に人間ですか?」
そう司祭に言われて、困惑もしたが納得した、彼の疑念は最もだ。
言葉一つ分からず、この国の日常を知り、言葉を覚え、話せる様になる迄に五年の
月日を費やした。
色々な疑問が一つ消える度に新たな疑念が二つ増えて行く、そんな考察を繰り返し
て、近頃ようやく一つの仮説を立てたが、聞きかじった情報にどれ程の信用が有る
のだろうか。
しかし、儂も既に還暦は越えた、残り僅かなこの人生に、多少不都合が有ろうが、
如何ほどの事が有ろうか、最悪、敵対者を道ずれにして、死を選べばいい。
たいした未練は無い。
「もう一度、お伺いします、貴方は何者ですか?」
老人「紛れもない人間ですよ、司祭殿」
「あ、あなた、言葉が・・・・・」
老人「ああ、一年前ぐらいには、この程度は、話せる様になっとったな」
「なぜ、今になって話始めたのですか?」
恐らく司祭は、儂の意図を薄々は理解したが、確証が欲しいのだろう。
老人「あんたの質問に答える為、と言えばわかるかな」
「・・・いいでしょう、こちらも腹を割りましょう」
老人「では、最初の質問、儂は人間じゃが、この世界の人間じゃあ無い」
・
・
「・・・・・・・・・・・はあぁ?」
老人「長い間じゃのう、まあ気持ちは分かる」
「ちょっと、よく理解出来無いんですが、この世界?意味が分かりません」
老人「お前さん、神界とか、妖精界とか、魔界とか、経典で見た事は無いかのう」
「いや、あれは御伽噺の類で・・・・」
老人「概念は同じ、全く認識出来ない別世界が有る、そこから来た様じゃ」
「つまり、あなたはそこの住人だと、なら、やって来た目的は何です」
老人「迷い込んだ人間に目的もくそも、ありゃせんわい、生きるだけで精一杯じゃ」
「・・・・・そうですか・・・・・・」
この教会の前に全裸で行き倒れた挙句、言葉も何も解らない人間に、いったい何が
出来ると言うのか。
老人「まず、儂の本名は、九鬼 十三と言う、九鬼が苗字で十三が名前じゃ」
「クキ ジュウゾウ・・なんでクーリと?」
老人「ああ、もし本名がバレて違法な魔法契約なんかを」
「ありませんよ!そんなもん!」
そりゃ、今なら判るが、来たばっかりの頃なら、警戒するのも当然だろう、むかし
息子の漫画で見た記憶があったしな。
「しかし、別の世界ですか、俄かには信じられない話ですね」
老人「だから、このスキルの件が良い機会だと思ったんだ」
「今、思ったんですが、クキさんは、相当高い地位だったのでは無いですか」
老人「いや、特には、何でそんな事を?」
「だって、布も作れない裸の蛮族にしては、聡明すぎますから」
老人「ちが ――――――――――――― う!」
俺が全裸だったのは、この世界に迷い込んだ場所が、九州のかなり辺鄙な場所に有
る温泉旅館の露天風呂で、裸だったのは、只の不幸な事故だ。
老人「儂に言わせりゃ、この世界の方が、よっぽど遅れとるわい」
「とても信じられませんが・・」
老人「大雑把に見ても、四~五百年は遅れとるわい」
「はあ?・・・」
老人「魔法が有るから、このくらいで済んでおる、無ければ千年遅れじゃ」
まあ、そんな事を言われて、はい、と言うおめでたい奴など、何処にもいない事は
わかり切っている。
まあ、実際に目で見るまでは、納得できないのだろう。
老人「まあ、目に見せてやろう、この紙を一枚貰うぞ」
「あ、ああ」
老人「この紙を空に飛ばしてやろう」
そして、紙飛行機を飛ばして見せた。
「えっ、魔法?何で使えるんですか?」
老人「違う、只の物理現象で誰でも、それこそ五歳の子供でも作れる」
「そんな馬鹿な・・・」
老人「魔法で飛ばしてしまうから、そうなるんじゃ、自分で作ると良い」
俺に促されて作った紙飛行機は、綺麗な曲線を描いて部屋の隅におちた。
「ははは、何で、飛ぶんだ・・・・・」
老人「もう、夜更けじゃしの、明日はもう少し色々見せてやろう」
「頭が痛くなってきました・・・」
老人「まあいい、もう少し儂の事を話してやろう」
年齢は今、六十六歳で仕事は、小さな武術の道場を営んでいた事、日本と言う人口
が一億二千万人程の国に住んでいた事、全ては物理や科学の法則で発展した国で、
高さ600mの建物が、100人乗せて空を飛ぶ船が、海に浮かぶ鉄の船がある世界だ
と言った事を説明したが、結局年齢しか受け入れて貰えなかった。
武術でさえ、一体誰が金を出してそんな物を学ぶのか、兵士になればいいだけだろ
うと言う事だ。
まあ、ここの常識ではそうだろう。
「では、貴方は只の迷子だと」
老人「そうじゃ」
「特別な使命も悪意も無いと」
老人「そうじゃ」
「これからも、ここで暮らしたいと」
老人「そうじゃ、儂も歳じゃし、ここに置いて貰いたい、精一杯協力するからの」
「わかりました、あなたを信じましょう」
老人「本当に良いのか?儂みたいな怪しい人間を住まわせて」
リスクを考えれば、追い出すか、精神異常者だと突き出した方が、正しい。
保守的な連中の総本山みたいな教会に知られれば、一体何を言われるか、判った物
じゃ無い。
「貴方が、気が付いているかどうか知りませんが、実際問題、この孤児院は、
もう限界が近いんです」
老人「孤児の数が増えだした事が原因か?」
「ええ、それだけで無く食料価格の上昇が止まりそうに無いのですよ」
老人「もしかして、戦争か?」
「それだけで戦争に辿り着きますか・・やはり貴方の話は本当みたいですね」
こんな世界で食料価格が徐々に上昇する主な理由は、大体何かの紛争だ。
もし飢饉や不作だと、価格は一気に何倍にも膨れ上がる。
戦争の糧秣として食料を集めている軍部が価格をコントロールするのは当然だ。
だが、その目を盗んで末端の商人達が利益を上げようとしているのだろう、しかし
その影響が最初に現れるのは、まず貧しい者達だ。
老人「だが、それなら無駄飯喰らいは、追い出した方が良いじゃろう」
「そんな事をしても、遅かれ早かれ、行き詰まりますよ」
老人「まあ、そうじゃろうな」
「で、協力してくれるんでしょ」
老人「・・・・・食えない御仁だ、が、何か考えておこう」
「期待してます」
その後、九鬼さんが部屋を出て行った後、一人遅くまで有る事を考えていた。
彼が自身の秘密を私に話してくれたのは、恐らく私を信用すると、決めてくれたの
だろう、言葉に嘘も欺瞞も感じなかった。
「なら、私もその信用に答えるべきか、だが流石にこれは・・・・」
深夜まで私は悩み続けた。