抜罪安寧
「時に、九鬼殿、何やらお困りだとデライドに聞いたのですが・・・」
ここから思いもよらない話が二人の間で交わされる事になった。
少なくとも、ソフィーナが転がされる事に飽きるまでは。
九鬼「戦のせいで貴族の一部が、麦の卸販売に制限したのが始まりじゃ」
リカルド「今頃ですか・・・・相変わらず王都の連中は」
九鬼「つまり?」
リカルド「他国との戦争など、秋口には収束しましたよ」
そもそもが、リム王国とケイロニア帝国の領土紛争が事の起こりで、敗北して撤退
していたケイロニアの一部隊が、略奪目当てで北東部のユニカム領へ侵入したのだ
リカルド「普段からケイロニアとは紛争状態でしたからね、準備はしていました」
デライド「じゃあ、王都の貴族連中は?」
リカルド「今頃になって、侵略の情報が耳に入ったのでしょうね」
九鬼「なんとも間抜けな話じゃな」
チェスカ「情けない・・・・・・」
つまり、今の穀物高騰には、何の根拠も無かった、ただ臆病な貴族が先走っただけに
過ぎない。
九鬼「迷惑な話じゃ」
リカルド「そこでです、ここで消費する分の小麦は我が領から運ばせましょう」
九鬼「それは確かに有難い話じゃが・・・・・・」
デライド「ルデマニアは大丈夫なのか?」
リカルド「流石に戦争中だから、王都すべての面倒までは見切れんがね」
九鬼「それで、見返りは何じゃ?」
リカルド「これから築かれるであろう、クラン五稜郭との友好」
九鬼「そんな事なら構わんが・・・」
リカルド「王都はこれから、もっとおかしくなります、ただで済む訳が無い」
国王は自らの義務を放棄したように国政を無視し、それを良い事に貴族連中は権力
争いと金に夢中になっている。
教会も同じ様なものだが、こちらは教皇の動きが掴み切れない。
枢機卿の越権行為を把握しながらも、特に介入すること無く無視を決め込んでいる
さらに言えば、責務を果たす気配も無い。
だが、教皇の退位を求める声は、上がってこない。
いつのまにか立ち消えになるのだ。
リカルド「教皇はもともとおかしかったが、ここ最近は国王までおかしくなった」
チェスカ「そうね、昔はもう少しまともだった」
リカルド「きっかけは、恐らく十年前の大病だと思うが、確証は無い」
十年前、国王のクロードは原因不明の難病にかかり、三か月もの間、生死の境を
さまよった。
その後、何とか回復したが、その頃から国王の行動に変化が見え始めたらしい。
リカルド「おかげで周りの国に欲望の種が蒔かれてしまった、いい迷惑だ」
アマルティア王国が大陸一の武力を誇る理由の一つは、その肥沃な穀倉地帯にある
国土は中程度の、決して大国とは言えない大きさだが、養える国民の数は群を抜い
ている。
人口は当然だが兵士の数に直結する。
幾ら勇壮な兵士を揃えようとも、その十倍にもなる敵を相手に戦をしようとは思わ
ない。
それも強固な統率力を持つとなれば尚更だ。
そしてもう一つがスキルの付与だ
これは王国独自の恩恵、もっと言えば聖神教たる教会の力でもある。
新米の平兵士が、一晩で一人前の兵士に様変わりするのだから、敵にとっては悪夢
でしかない。
実際は多くの制約があるのだが、それを無視するに十分値するものだ。
その二つが、揺らぎ始めたとなれば、無関心になどなれる筈が無い。
リカルド「国の中枢が壊滅すれば、とてもでは無いが、周辺国を抑えきれない」
デライド「国境を接している国だけでも六ヶ国もあるからな」
リカルド「実際は、お互いを牽制するから、良くて半分だが」
デライド「それでも、只では済まないだろうな」
チェスカ「また女子供が犠牲になるのでしょうね」
九鬼「そんな真似はさせんよ、儂らが居る限りは」
九鬼は秘密にしているが、孤児たちの中で能力の有る者達を数名、武術を仕込み始
めた。
年を越せば、孤児たちも一つ年を重ねる。
年齢が十二になれば、この世界では一人前と見做され、あらゆる職業に就く事が許
される、つまり冒険者として登録できるのだ
更に、リットや羽蝶蘭の五稜郭直属冒険者の下部組織として、三パーティーほど、
勧誘してある。
心根が善良なばかりに、各支部で貧乏くじを引いていたのを知って引き込んだ。
三組とも有望だが、特に能力が高いのが王国の南東部に広がるセリア大森林出身の
六人だろう。
彼らの長距離攻撃に特化し研鑽し続けたた弓の技術は非常に高い。
そういった意味では九鬼に近い物がある。
他の二パーティーも同様だ。
五稜郭の戦力は、日々上昇し続けている。
そして、彼らの能力に応じてにオーティスが、スキルを付与しているのだ。
九鬼を筆頭にマチルダの羽蝶蘭、リットの明鏡止水、クラン上層部は、既に人外の
域に達しようとしていた。
生半可な戦力など弾き返すだけの力を持ちつつある。
リカルド「王族や貴族などどうでもいいのですが、王都には友人や知人が僅かなが
ら暮らしています、その為の支援と思って頂きたい」
要は、王都が混乱状態に陥った際に、友人達を連れて非難させて欲しいと言ってい
るのだ。
九鬼「その申し出、有難く受けさせて貰おう」
リカルド「では領地に戻り次第、直ぐに物資を送りましょう」
九鬼「宜しくお願いする」
リカルド「では、直ぐにでも帰って・・・・・・・まだやっているのか」
有意義な話が出来たと上機嫌なリカルドだったが、未だにガイン相手に挑んでいる
姪っ子をみて溜息をついた。
軽装備とはいえ、騎士の正装は煌びやかな物なのだが、今のセフィーナは埃まみれ
の子犬にしか見えない。
リカルド「おい!今から帰るんだから、いい加減、終わりにしろ」
セフィーナ「え~」
リカルド「え~じゃない、え~じゃ!お前、自分の役目を忘れているだろ!」
セフィーナ「え~と、えへ?」
リカルド「誤魔化すな!帰るぞ」
セフィーナ「う~、もうちょっとでコツを掴めそうなのに・・・・・」
リカルド「諦めろ」
セフィーナ「残っちゃ・・・・・だめ?」
リカルド「駄目に決まってるだろ!シリウスに殺されるわ」
セフィーナ「あ~そうか、お母様が居たわ」
リカルド「分かったなら帰るぞ」
セフィーナ「へいへい、分かりましたよ~だ」
リカルド「やさぐれるんじゃない、全く」
こうして、慌ただしく自領に引き返すリカルド達を見送った九鬼だが、食料問題が
ほぼ解決した事で、気分は何時になく晴れやかだった。
孤児院に戻るまでは。
「もう一度おっしゃて頂けませんか、アプトン司教」
アプトン「すみやかに孤児院と教会を引き渡せ、勿論ここにある物は何一つ持ち出
してはならん」
「何かのお間違いでしょう、ここの権利は既にグース大司教様から、私が
買い取っています」
アプトン「そんな物は知らない」
「証文も有ります」
アプトン「グース大司教様の命令だ」
「ふざけているのですか、ご自分で証文に署名しているのですよ」
アプトン「司祭ごときが証文を盾にしても無駄だと言っている」
「恥知らずな・・・・・」
アプトン「何だと木っ端司祭が、お前の地位などいつでも取り上げる事が出来るの
だぞ」
「なら、取り上げればいい」
アプトン「何だと?」
「肥え太った豚の大司教と、その走狗になり下がったゴミ司教の言葉に従
うつもりは無い」
アプトン「きさま、只では済まんぞ!」
「野良犬如きが五月蠅い」
本来、聖神教に於いて、司祭と司教の階級差は絶対のものだった。
それが司祭と大司教ともなれば、平兵士と将軍以上の格差がある。
その平兵士である司祭が、将軍である大司教を豚呼ばわりしたのだから、アプトン
の動揺は測り知れない物となり、直ぐに激怒となった。
アプトン「私を、ゴミだと?野良犬だと?許さんぞ」
「害虫共に許して貰う必要など無い」
アプトン「・・・・・・・・・・殺せ、この男を殺せ」
アプトンは、連れて来た護衛の教団員にオーティスを殺害する様に指示を出したが
その命令に戸惑う素振りも見せない。
躊躇なく三人の教団員は剣を抜いた。
人を殺す事に慣れ切っていたのだ。
アプトン「私を侮辱した罪は、その身で払ってもらうからな」
「いったい今まで何人の命を奪って来たのですか?」
アプトン「これが私の仕事だ、殺した人間の数など覚えている訳が無いだろう」
「いつもこんな事を?貴方は司教なんですよ」
アプトン「命乞いか、無駄なあがきだ」
「そうですか、貴方達に慈悲は必要ありませんね、マチルダさん」
マチルダ「はい、お任せください」
アプトン「お、お前いったい何処から」
オーティスの影からゆっくりと現れたマチルダに、アプトンも教団員も驚愕した。
幾ら女性だからと、細身だと言っても、真後ろに居たマチルダを見逃すなど、有り
得ないからだ。
幻覚でも見てるのではないかと、自分の足を抓る者さえ出る始末だが自分達が窮地
に立たされていることだけは、感じとれたのだろう。
アプトン「た、たいきゃ、退却・・・・」
ユナ「あら、残念」
セーナ「逃げられないのよ、可哀想だけど」
マナ「無駄」
ミナ「諦めが肝心」
アプトン「あ、ああ、ああああ、馬鹿な、いったい何処にいたのだ」
ユナ「あら、最初から此処に居たわよ、お馬鹿さん」
これはユナの新しいスキルで、幻惑と名付けられた。
元々は隠密スキルをオーティスが自重をかなぐり捨てて、重ね続けた結果の産物で
自分だけでなく、仲間も纏めて相手から認識出来なくさせてしまう能力なのだが、
初見では到底理解できる代物では無い。
マチルダ「処分しますか?」
「あ、ああ、お願い・・・・する・・・・よ」
マチルダ「では司祭様は、別室に」
「いや、此処に居る、これは全て私が背負うべき罪だ、目を逸らす訳には
ゆかないよ」
マチルダ「分かりました、みんな、なるべく部屋を汚さない様に」
そう声を、掛け終わる前に、アプトンと教団員の胸から剣が生えた。
アプトン「ゲハッ・・・・・・・・・」
殆ど声を上げる事も許されず、四人はその命を刈り取られた。
遺体は処分され、二度と陽の光が当たらない深い穴に打ち捨てられた。
例え彼らに、親子兄弟が、待つ人間が居ようとも、いっさい知らせる事もしない。
亡骸を弔う権利も与えない。
そのような慈悲を受け取れる人間では無いのだ。
九鬼「終わったか・・・・・」
「ええ」
九鬼「流石に堪えた様じゃのう」
「覚悟は、覚悟はしていたつもりだったんです、でも、いざ自分の言葉で命を
奪えと・・・・」
九鬼「誰でも最初はそうじゃ」
「自分が・・・・・情けない」
九鬼「気にせぬ事じゃ」
「そもそも私に他者を害する権利など無いのに・・・・」
九鬼「司祭殿?」
「私がこんな所に居るから、最初から黙って教会に差し出せば・・・・でも、
子供たちが」
九鬼「落ち着いて儂の話を」
「何で、でもどうすれば良かった、
九鬼「しっかりせい!」
「でも、私が、私が・・・・」
九鬼「まずいのう・・・儂の言葉が届いておらんし言ってる事に整合性が無い」
「ああ、ああ、あああああああ」
九鬼「司祭殿は優し過ぎたか、完全に見誤ったわい」
オーティスの心は、殺人を指示、教唆した事に対して強い拒否反応を示した。
理性と心と感情が全て繋がりを失ってしまい、迷走しているのだ。
このままでは、精神に支障をきたし兼ねない。
そして苦慮した九鬼は最も古風な手段を取る事にした。
九鬼「酷い事を言っておる自覚は有る、じゃが今はお前を頼るしかないんじゃ
マチルダ」
マチルダ「師匠・・・つまり」
九鬼「司祭殿と一夜を共にして欲しい」
オーティスは今、精神崩壊一歩手前にいる。
そんな状態のオーティスを一人になどすれば、取り返しのつかない事態になり兼ね
ない。
もし僅かでも心の天秤が闇に振れれば、二度と元のオーティスには戻れないだろう
マチルダ「大丈夫です、必ずこちらに引き戻してみせます」
九鬼「頼む・・・・・」
マチルダ「はい、任せてください」
マチルダとて、そんなオーティスなど、見たくは無い。
彼女が憧れたのは、暖かな日の光の中で、優しく微笑む気のいい青年のオーティス
なのだ。
それ以外の、ましてや闇に捕らわれたオーティスなど、見たくは無い。
だから、答えなど決まっていた。
マチルダ「司祭様・・・いえ、オーティス様、私を見て、声を聴いて」
「あ、ああ」
マチルダ「苦しいのね、辛いのね」
「うううう、私は・・・・」
マチルダ「大丈夫、全部吐き出して良いの」
「私は・・・罪人・・・・・・殺して・・・・・」
マチルダ「いいえ違うわ、貴方は正しい事をしたの、子供達を守っただけ」
「でも・・・・・それでも・・・・」
マチルダ「それでも辛いのね、なら半分は私が背負うわ」
「えっ」
マチルダ「ねえ、こっちに来て、ほら、温かいでしょ」
「ああ、ああ、暖かい」
マチルダ「愛してるわ・・・・・・私の・・・・・司祭様」
マチルダはベッドの上でオーティスを優しく抱きしめた。
緩やかな鼓動と、甘い香りが、渇き壊れかけた心に慈雨の如く包み込んだ。
冷え切った指先が、固まっていた唇が、凍え切っていた心が、マチルダによって溶
かされてゆく。
オーティスは縋る様にマチルダを求め、マチルダは歓喜と共にそれを受け入れた。
睦あう二人の影はやがて溶けて一つとなった。
ユナ「・・・・・・・やったわね」
マチルダ「うう・・・・・・・・・・・・・何で分かったの?」
ユナ「・・・・・・・歩き方、変だもの」
セーナ「ねえねえ、痛かった?」
マチルダ「ちょっとだけ、ちょっとだけね」
セーナ「ふ~ん、で、幸せだったんだ~」
マチルダ「うん、えへへへ」
ユナ「良いな~、私も恋人が欲しい」
セーナ「・・・・・・・・・無理じゃね?」
最近、美貌と人外に磨きのかかってきた彼女達に、ギルドで声を掛けてくる男が居
なくなった。
もはや羽蝶蘭は、恋人候補などでは無く、絵本の中の存在し遠くから見ては、憧れ
るだけの存在に成り果ててしまっていたのだ。
可哀そうだが絵画を恋人にする冒険者は居ない。




