療癒潜威・冬守夏攻
「あたし、やってみる」
マリがライナーの左胸に右手をかざすと、紫銀色の粒子が、まるで降り積もる
粉雪の様に吸い込まれていった。
幻想的で、何処か現実離れしたその光景は、窓から差し込む夕日の残照に浮き
あがり、一枚の絵画の様だった。
そんな光景に皆が気を取られていると、いきなりライナーは口から赤黒い血の
様な物を吐き出した。
ライナー「グッ・・ガハッ・・・・・・・ハッ、ハア、ハア・・・・ハァァ」
アイナ「ライナー!」
九鬼「生気が・・・・・・戻り始めた・・・・・」
さすがの九鬼も、この状況には付いて行けず、暫し呆然としていたが、アイナ
達は諦めかけていた命が掬い上げられる様に歓喜していた。
それは羽蝶蘭でさえ同じだった。
すぐさまガインとリットにも手を翳すマリに終始興奮したままだった。
体から追い出される赤黒い穢れ、赤味を取り戻し始めた顔色に、戻り出す呼吸
は、死神が三人の魂を刈りそこなった事を意味している。
マリは真正面から、死神の横っ面を殴り飛ばしたのだ。
これを神の御業と言わずして、何と呼べばいいのか・・・・。
だが、そんな中、オーティスと九鬼だけが厳しい顔をしていた。
「幾らなんでも、規格外すぎる」
九鬼「外部に漏れでもしたら、国中の人間が殺到して来る事になるぞ」
「そうなれば、マリの人生は滅茶苦茶にされます」
九鬼「何としても隠し通さねばならんが・・・・全員聞け!」
いきなり発せられた九鬼の厳しい声に、命の糸が再び紡がれた事に喜んでいた
アイナ達に緊張が走った。
アイナ「な、何?」
エマ「師匠?どうしたの?大声出して・・・・・」
マチルダ「大事な話なのでしょう、みんな静かに」
全員の目が九鬼とオーティスに注がれる。
九鬼「恐らくリット達は助かるじゃろう、それは間違いない」
全員の顔に安堵の色が現れ、笑顔がこぼれる。
だが、そんな皆の視線を集める九鬼とオーティスの表情は硬い。
九鬼「じゃが、喜んでばかりも居られん」
「もしマリのこの力がバレれば、只では済まないでしょう」
マチルダ「確かに・・・・・そうね」
「国や教会が間違い無く差し出せと要求してきます」
九鬼「拒否すれば、恐らく国軍が動くじゃろう」
マチルダ「幾ら何でも、軍隊までは・・・・」
九鬼「いいや、間違い無く出て来るじゃろうな」
アイナは突き付けられた現状に驚いていたが、事態の深刻さは理解した様で
直ぐに憤慨し始めた。
アイナ「つまり、もしバレたらこの国の偉そうな連中がマリちゃんを力ずく
で攫いに来るって事?」
「この国どころか近隣諸国でさえ、手を出してきます」
エマ「そんな・・・・・」
解毒不可能なクルシェヒルの毒から、患者を救う事の出来る特殊な力。
己の寿命や安全を、浅ましい程渇望する権力者が放って置く筈が無い。
必ず手にいれようとして来る。
例えどれ程犠牲を出そうと、孤児たちを皆殺しにしようと、必ずその欲望を
叶える為に蠢くだろう。
アイナ「冗談じゃ無い!マリちゃんはリットの命を救ってくれたのよ!」
エマ「お兄ちゃんを助けてくれた恩人なのに!」
マチルダ「そうね、到底受け入れられないわ」
セーナ「もし襲って来るなら、一人残らず斬り殺してやる」
九鬼「まずはマリの事を知られない様にする事が優先じゃ」
「誰にも喋ってはいけません、絶対にです」
だが、ここで全員に口止めをしたからと言って、安心できる訳でも楽観視が
出来る訳でも無い。
秘密と言う物は、隠そうとしても隠し通せる類の物では無いのだ。
特に孤児院の小さい子供達は、口を閉ざす事など不可能に近い。
九鬼「取敢えず口外を禁止し、その間に体制を作り上げるしか、あるまい」
「体制?ですか」
九鬼「ああ、城を作る」
「はい?」
オーティスには、九鬼の言っている事が一欠けらも理解出来なかった。
城を作るなど、幾ら何でも非常識すぎる。
例え小さな城でさえ、金も、人手も、資材も、そして時間さえも全く足りない
まさかネズミの城を作る訳でも有るまいに、気でも狂ったのか?そう思った。
九鬼「別に城壁を作ったりはせんよ」
「どう言う事ですか?」
九鬼「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵」
「人が‥‥城?」
九鬼「儂が元居た世界の、ある城主の言じゃ」
勿論、これは甲斐の国の守護大名、戦国武将、武田信玄公の言葉だ。
九鬼「クランを少数精鋭から、軍団規模に昇格させる」
「子供達がいます、無暗に人間を増やしては、何処かで問題が・・・・」
九鬼「いや、孤児院の内情は変わらん、変わるのは町の方じゃ」
「意味が解りませんが」
九鬼「羽蝶蘭とリット達明鏡止水を中核とし、下部組織を作る」
つまり、九鬼は冒険者を家臣に見立てて、小規模で簡易的な城下町を作ろうと
しているのだ。
本来なら、こんな荒唐無稽な計画など、一笑に付されるだけだが、今のこの国
の状況を鑑みれば、一概に不可能とは言い切れない。
冒険者ギルドは言うに及ばず、国も教会も、果ては治安維持に従事する警邏隊
までもが、まともに機能していない。
それどころか、内部分裂まで起こしている有様だ。
多少怪しい動きをしても、対処などしないだろう。
それに、武力も財力も小さいながら、既に備わっている。
後は効率よく成長させるだけだ。
九鬼「デライドでは無いが、気づいた時には既に手遅れだったと言う状況まで
持って行くつもりじゃ」
「なるほど・・・・・・」
九鬼「その為にも、司祭殿にはやって貰いたい事がある」
「私に出来る事なら」
九鬼「スキルに関する事じゃ」
今回の様な事態に陥らないため、有益なスキルを優先的にリット達に付与する
事を頼んだ。
「勿論です、強力なスキルを作り上げてみせますよ」
九鬼「スキルに関しては司祭殿の独壇場じゃからのう、期待しておるよ」
「ええ、少々時間は掛かりますが、必ず」
幸い、これからは厳しい冬の季節に突入する。
下り始めた気温と数日おきに降る雪は、王都の経済活動を著しく停滞させる事
になる。
皆が一日の大半を家の中で過ごす事が多くなり、冒険者でさえこの季節の依頼
は、獲物が少なく薬草採取か、薪集めが主体になる。
貧民街では、毎年凍死者が出る程厳しい季節だが、九鬼にとっては誰にも邪魔
されず、静かに力を蓄えるには、好都合な季節なのだ。
九鬼「無慈悲なやり方じゃが、この状況を利用させて貰う」
いつもと違い、今の九鬼達に、この冬に対する不安は無い。
十分な食料と暖を取る為の炭、風雨を避けるための家屋がある。
逆に言えば、それを用意出来なかった者が、街の片隅で命を落とす。
だが、誰もその事に対して過度の同情はしない。
冬支度の準備をしなかった本人の責任だと言う考えが一般的なのだ。
手を差し伸べる気も余力も無い、共倒れになりたく無い。
まだまだ貧しいこの世界の常識は、飽食の国でも有る日本人の九鬼には、殺伐
に映った。
逆に言えば、その異常性がこの計画の根本でもある。
九鬼「まずは入れ物の確保と選別じゃな」
今の孤児院には、それなりの蓄えが有り、クラン自体の資金も潤沢である。
その金を使って、孤児院に近い場所に在る、空家やあばら家を買いまくった。
勿論、その手助けをしたガレッティ商会のおかげで、予算も抑えられ、邪魔も
入らず円滑な取引が出来た。
九鬼「お前達の主観で良い、善良な者から優先して保護して来なさい」
マチルダ「戦力にならなくても?」
九鬼「構わん、別に軍隊を作る訳では無い」
ユナ「任せて!」
九鬼「ただし、犯罪者は駄目じゃぞ」
セーナ「心配しなくても、心得てます」
九鬼「うむ、では任せる」
貧民街に向かう羽蝶蘭を見送ると、九鬼は踵を返し、拡張し続けている畑に向
かった。
そこに広がっていたのは、一面に青々と茂るゴダ芋の葉だった。
九鬼「まずは切り札の一つ」
そう呟いて、勢いよく芋の茎を引っ張った。




