窮地
「楽に死にたいなら、無駄な抵抗をしない事だ」
怪しい雰囲気を纏って、リット達の目の前に現れた男達は無遠慮に声をかけて来た
リット「何者だ、あんたら?」
ガイン「ふざけた事を口走ってたな」
「目上に対する礼儀がなっていない餓鬼どもだねえ」
ガイン「殺しに来てる奴が何言ってんだ」
「ふふ、まあいいさ」
男達は冒険者ギルド北支部のクラン黒霧に所属する冒険者の集団で、全員が六級の
ランク持ちで、このクライブと名乗る男だけが七級らしい。
クライブ「お嬢ちゃん達には人質になって貰う、男は・・・まあ死んでくれ」
ガイン「勝手な事を言いやがる」
リット「そもそも人質なんか取ってどうするつもりだ?」
クライブ「羽蝶蘭の連中も始末しろと依頼が来ててね、その為だよ」
ライナー「人質取らねえと戦う事も出来ない・・・ただの卑怯者だ」
クライブ「卑怯者?ははは、若い、若いねぇ」
ライナー「・・・・何だと」
クライブ「依頼を完遂する為には手段を選ばないんだよ、僕ら暗殺者はね」
リットはこの時、奇妙な違和感を覚えた。
ペラペラと喋るのは、このクライブと名乗る男だけで、他の男達は異様な程静かで
一言も言葉を発しない。
暗殺者なら寡黙な方がしっくりくる。
それに男が七級が代表者なのも、異様に饒舌なのも違和感しかない。
不気味な男達にリットの警戒感は上昇し続けたが、ガインとライナーはどうも、頭
に血が昇ってしまったらしく、クライブに食って掛かった。
ガイン「そもそも誰に頼まれたんだ?あんたら」
ライナー「おおかた、あのポンコツ伯爵の依頼だろう」
クライブ「何だ、身に覚えがあるんじゃ無いか、丸っきりの馬鹿かと思ったよ」
ガイン「何だと、てめえ!」
クライブ「お~お~、やっぱり子供は単純だねえ」
ライナー「貴様!」
クライブ「単純な馬鹿で助かる、よっと、バクラ!バルド!」
突然クライブが真後ろに飛び退くと、控えていた両脇の二人が細い短剣を数本投げ
つけて来た。
リット「シッ!」
ライナー「うわっ!」
ガイン「いてっ!」
既に警戒していたリットは難無く叩き落としたが、不意を突かれた二人は躱す事が
出来なかった。
ライナーは左手に浅い傷を負い、リットは避け切れずに右足に短剣を受けた。
アイナ「ガイン!下がって!」
リット「エマ!手当を頼む!」
エマ「わかった!」
ガイン「クソッ!油断した!」
リット達はガインを囲むように、一旦距離を取った。
クライブ「へえ、よく避けたね、君がリーダーかい?」
リット「形だけはな」
クライブ「いや~、それは良くない、良くないね~、立場はハッキリさせないと」
リット「余計なお世話だ」
クライブ「おや、年長者の忠告は素直に聞くもんだよ」
リット「ふざけているのか?」
クライブ「心外だなあ、ただの親切心なのに、お兄さん悲しいよ」
リット「言ってろ」
クライブ「うんうん、やっぱり子供だねぇ、圧倒的に経験が足りないよ」
リット「・・・・・何が言いたい」
クライブ「おかしいと思わないかい?僕は君たちに治療の時間を与えてるんだよ」
リット「それは・・・」
クライブ「殺そうとしてるんだから、直ぐに襲った方が良くないかい?」
言われてみれば、確かにその通りだった。
わざわざガインの治療を待つ必要など無い。
では、なぜことさら下らない会話で時間を浪費するのか・・・。
リット「まさか、応援の人間を待っているのか!」
クライブ「違う違う、それなら人数が揃ってから襲うさ」
リット「確かに・・・なら、どうして・・・・」
クライブ「分からないかい?」
リット「・・・・・・」
クライブ「ではヒントをあげよう、僕たちの依頼達成率は百%なんだよ」
リット「・・・・・百%・・・・」
クライブ「あははは、そう、一人も逃がした事が無いんだよ、坊や」
クライブが嫌らしく笑ったと同時に、横に居たライナーがいきなり片膝を着いた。
リット「ライナー!」
ライナー「か、体が・・・痺れ・・・て・・・くそっ」
クライブ「やっと毒が効きましたか」
リット「毒だと!」
アイナ「リット!ガインも喋れないみたい!」
クライブ「やはり若者は体力が有りますねぇ、時間が掛かってしょうがない」
後ろで治療をしていたアイナが悲痛な声を上げた。
見ればガインの口はだらりと半開きになり、目は虚ろだ。
クライブは二人の毒が廻るまでの時間を稼いでいたのだ。
リット「解毒薬は何処だ」
毒を使う者は必ず解毒薬を用意している筈だ。
そうでなければ、万が一自分達が毒に犯された場合に助からないからだ。
だから必ず携帯している筈、そう思った。
クライブ「解毒薬?そんな物が有る訳無いじゃないか」
リット「嘘をつくな!そんな筈が有るか!」
クライブ「そんな事を言っても事実だから仕方が無い」
リット「信じられる訳が無い!」
クライブ「頭が悪いなあ、言ったでしょ、依頼達成率百%だって」
クライブ達は解毒出来る物は使わない。
つまり一度でも毒に侵されてしまえ自分達も含めて死を待つしかない。
そう言っているのだ。
リット「そ、そんな・・・・・」
リットは目の前が絶望で真っ暗になった。
幼馴染で子供の頃からずっと一緒だった。
下町の空き地で日が落ちるまで遊び倒した。
駄賃に貰った硬いパンを五人で分け合って食べた事も有った。
いつも、いつも一緒で、これから先もずっと同じだと思っていたのに。
ユナ「待って!もしかして痺れてるだけかも!」
確かに即死級の毒薬も存在するのに、この毒は未だに痺れているだけに見える。
クライブ達が毒の種類を間違えたかもしれない、そう思ったのだ。
クライブ「あ~、違う違う、この毒は死ぬまでは、悪くても半日以上はかかる」
ユナ「何でわざわざ、そんな毒を使うのよ!」
クライブ「もし自分のミスで毒を受ける事になっても、報告に来させる為と、獲物
のお仲間を足止めする為さ、それに安いからね」
確かに即死級の毒になると、全てが魔獣由来の者で、安くても小さな小瓶一つ金貨
三枚(約300万円)はする。
逆に遅効性の物は植物から取れる物が多く、高くても小金貨一枚(約10万円)以内で
取引されている。
コストパフォーマンスが良いのだ。
アイナ「ねえ!師匠ならもしかして解毒の方法を知ってるかも!」
ユナ「安い毒って言った、可能性は有るよ!」
リット「そうだ!師匠なら何とか出来るかもしれない!」
あの非常識が服を着て歩いている様な師匠なら、解毒の一つや二つ、いや十や二十
知っていても不思議ではない。
クライブ「あっはははは、馬鹿なの、逃がす訳無いだろう」
今は全員が剣を抜いてゆっくりと、こちらに向かって来た。
今迄はこうやって、自分達が圧倒的有利な状況を作り上げ、相手の抵抗を排除して
きたのだろう。
客観的に見れば、五人の内まともに戦えるのはリット一人としか見えない。
クライブが勝ちを確信するのも当然の事だ。
リット「アイナはライナーを、ユナはガインを守れ、後は俺が始末する」
アイナ「分かった、指一本触れさせないわ」
ユナ「任せて!」
リット「一刻も早く街に戻ろう」
リット達が当たり前の様に交わす会話に、今度はクライブの方が苛立ちを隠す事が
出来なかった。
この状況でも絶望しない様は、とにかく不快で仕方が無い。
クライブ「生きて帰れると思っているの?馬鹿なんじゃないか?」
リット「それを決めるのはお前じゃない、俺達だ」
クライブ「何だと・・・・・」
アイナ「時間が惜しいの、早く掛かって来なさいよ」
クライブ「この・・・クソガキが・・・」
リット「同感だ、急いでくれ」
方向性がきちんと決まれば迷う事は無い。
余計な事を考え無い分、行動に力が出て来た。
主導権がリット達に移り始めたのだ。
だが、そんな事を受け入れられない人間もいる。
わざわざ手間を掛けて、心をへし折る寸前まで行ったのに、此処に来て立ち直られ
てしまったのだ。
頭の中を怒りが覆い尽くした。
クライブ「人質はあの一人で良い、後は殺して構わない、掛かれ!」
だが、怒りに我を忘れても、リット達を甘く見ていたし、油断もしていた。
十人が纏まって一人を襲う事はせず、バラバラに斬りかかった。
結果、あっと言う間に、先頭の男の首が飛んだ。
クライブ「なっ!」
何が起きたか正確に把握出来ずに、クライブ達の動きが一瞬、止まった。
リット「まずは一人」
静寂なディスカの森に、リットの声だけが流れた。




