混乱の伯爵家
ディラン「何が問題なのかね」
宮廷官吏「ええとですね」
ディラン「国法に照らせば、廃爵が当然だ」
宮廷官吏「ですが、仮にも伯爵なのですから、些か厳しすぎる処置かと」
ディラン「伯爵は法を守らなくても許されるとでも言いたいのかね」
宮廷官吏「そうは言いませんが・・・・」
ディラン「では、どういう意味だ」
レクルバータ伯爵が大勢の兵士を率いて孤児院を襲ったと、王宮に報告が上がった
途端に、第二王子が貴族省に襲来して廃爵を要求して来た。
確かに国法では、強盗行為は身分に関わらず極刑だと記されている。
だが近年、貴族が多少の違法行為を犯しても、不問に付すか、口頭注意で済ます事
が、半ば慣例となっている。
官吏も簡単に処理する訳には行かないのだ。
ディラン「一体、何時まで悩むつもりだ!」
カール「おやおや、何をそんなに怒ってるんだい、ディラン」
ディラン「兄上・・・」
かなり長い時間、宮廷官吏と押し問答を繰り広げていた所に、第一王子が話に割り
込んできた。
カール「成る程、確かに国法には極刑としてあるね」
ディラン「ええ、ですから廃爵しろと言っているのですが」
カール「しかし、相手は一般人なのだろう?」
ディラン「いいえ、あろう事か襲った先は孤児院です」
カール「おやおや、それはまた妙な所に・・・」
ディラン「貴族の風上にも置けない所業ですよ、兄上」
カール「まあ、確かにそうだが・・・・・」
この時、第一王子は相手が孤児院だと聞いて、適当な妥協点を提示してディランに
矛を収めさせる事に決めた。
相手が例え教会だとしても、孤児院の運営など司教あたりでも気にしないだろう。
カール「些か廃爵は厳しすぎる、降爵が妥当じゃないか?」
ディラン「降爵が極刑と仰るつもりですか?」
カール「明確に示されていないからね、降爵が極刑だと私は主張するね」
ディラン「明確に表記されていないからこそ、厳しい措置が必要です」
カール「相手は伯爵だよ」
ディラン「相手の地位は関係有りません」
カール「表向きはね、解るだろ」
ディラン「納得できません」
カール「随分強情だね、友人でも居るのかい?」
ディラン「・・・・・・・・・・・・・ええ」
カール「ほう・・・・」
レクルバータ伯爵は第一王子の支持者である六大伯爵家の一角であり、簡単に失う
訳には行かない。
幾ら大多数の貴族を味方につけていても、国軍の全てを掌握している国王相手では
些か分が悪い。
何としても、降爵程度で収める必要が有る。
カール「成る程、お前が怒るのも無理はない」
ディラン「分かって頂けますか」
カール「そこで相談だ、この先貴族達には孤児院には一切手を出さないよう通達
する、だから降爵で手を打とうじゃないか」
ディラン「・・・・・・・・・・・・・・」
カール「私の譲歩はここまでだよ、ディラン」
第一王子にしてみれば、弟も孤児院も自分の覇権には何の障害にもならないと思っ
て、こんな約束をしたのだ。
ディラン「わかりました、それでかまいません」
カール「よし、決まりだ」
ディラン「約束は守って下さいよ」
カール「もちろん、必ず守るさ」
その後、第二王子が退出するのを見届けてから官吏に指示を出した。
カール「レクルバータ伯爵は子爵に降爵、手続きを急ぐ様に」
宮廷官吏「わかりました、しかし先に息子に爵位を継がせませんと・・・・・」
カール「・・・・どういう事だ?伯爵は急病にでもなったのか?」
宮廷官吏「いいえ、孤児院の襲撃において伯爵は右手と左足を失ったそうです」
カール「馬鹿な!」
宮廷官吏「それだけでなく、抱えていた兵士を全て殺されたと・・・」
カール「四十名以上居た筈だぞ、どういう事だ」
宮廷官吏「そう報告が来ただけで、それ以上は私も・・・・・」
カール「仕方ない、降爵の件は一旦、保留だ」
宮廷官吏「貴族達への通達は如何なされます?」
カール「出さない訳にはいかんだろう」
孤児院を襲った伯爵側は壊滅したが、ディランの様子だと孤児院側の友人とやらは
無事の様だ。
この事には違和感しか無い。
第一王子にしてみれば、狼の群れが野兎に全滅させられたと、同じ様な物なのだ。
カール「何かの間違いだと思うが・・・・一応調べてみるか」
一方、第二王子は自分の執務室に入るなり、笑みを浮かべ拳を握った。
ディラン「よし!予定通りだ!」
ルナン「何を笑ってるんですか、気持ち悪い・・・」
ディラン「兄上から、孤児院に手出し無用の言質を取った」
ルナン「マジですか!」
ディラン「ああ、どうせ只の孤児院だと軽く見たのだろう」
ルナン「そりゃあ誰も孤児院にドラゴンが住み着いているなんて、夢にも思いま
せんよ」
ディラン「だが、これで堂々と介入出来るぞ」
ルナン「そうですね、取り敢えず頑張って、恩を売りまくりましょう」
ディラン「そうだな、まずは事の顛末を手紙にする、届けてくれ」
貴族同士の約束は、例え口約束だったとしても、反故になど出来ない。
そんな事をすれば、貴族の矜持も持たない田舎者として平民と変わらない扱いしか
して貰えなくなる。
それは、例え王族であっても変わらない。
この先、もし貴族連中が孤児院に手を出せば責められるのは第一王子であり、更に
貴族が返り討ちにあっても、何一つ罪に問えない。
当然、これまでの様に罪を捻じ曲げて自分に有利な条件を突き付ける事も出来ない
関わり合いになった時点で、貴族側の負けが確定するのだ。
アントラス大司教「断られたとはどういう意味だ?」
ザザーラ司教「そのままの意味です」
アントラス大司教「つまり既に誰かが手を打ったと?グースの奴では有るまいな」
ザザーラ司教「いえいえ、これからも、この先も渡すつもりは無いそうです」
アントラス大司教「ならいいが、大丈夫なのかね」
ザザーラ司教「本人曰く、国軍でも来なければ問題ないそうです」
アントラス大司教「何かの冗談かね?」
ザザーラ司教「ですよね~」
アントラス大司教「まあいい、それよりレクルバータ伯爵と連絡は?」
ザザーラ司教「それが、門を閉めきって誰の訪問も受け付けないとか・・・」
アントラス大司教「何が一体どうなっているんだ」
ザザーラ司教「私に聞かれましても・・・・・」
そして件のレクルバータ伯爵家といえば現在、混乱の真っただ中にいた。
当主が右手と左足を失っただけでなく、生きる気力というか生気そのものを失った
様に呆けてしまっていたからだ。
誰が何を聞いても、「ああ」、この一言で終わらせてしまうのだ。
これでは到底、貴族家当主の重責は背負えない。
おまけに、一緒に武装して出た兵士達は全員死体となって戻ったとなれば、状況を
整理するだけでも、多大な労力を必要とした。
家宰のサイラスと次期当主である長男のクルスが冷静に対処したおかげで、大まか
な状況は分かったが、それでなければ、一日経っても混乱したままだったろう。
だが次男のセインは、感情に任せて執務室で喚き散らした。
セイン「父上、何というお姿に・・・・」
サイラス「私的に兵を動かしたとなれば、弁解のしようも無いかと」
セイン「只の平民に伯爵家が恥辱を受けたままにしろと言うのか!」
サイラス「しかし、報復などすれば、他家に何と言われるか・・・」
セイン「他家の事など知らん!」
クルス「落ち着け、セイン」
セイン「これが落ち着いていられますか!」
思慮深いクルスと違い、激情型のセインは直ぐに報復するべきだと主張した。
彼ら貴族は、面子を潰された事が最も問題で、自分達の罪など棚上げして無視する
傾向が有る。
特に相手が平民だと、報復が正しい事だと平気で主張する。
クルス「落ち着けと言ってるんだ、この大馬鹿者が」
セイン「何ですと!」
サイラス「当主様以外の兵士は全員死亡しているのですよ、意味が解りますか?」
クルス「お前が報復するのは勝手だが、一体誰を連れていくつもりだ?」
セイン「そ、それは・・・・」
サイラス「四十人が全滅したのです、百人は必要かもしれませんね」
セイン「ぐむ・・・」
クルス「分かっただろう、得体のしれない何かがあるんだよ」
ここまで説得されてやっと落ち着いたが、納得は出来なかった。
セイン「なら、第一王子様に動いて貰いましょう」
クルス「何と言ってお願いするつもりなのだ?」
セイン「ええと、それは・・・・・」
クルス「伯爵家を酷い目に合わせた孤児院を罰してくれと?」
セイン「ううう・・・・・」
クルス「恥の上塗りにしかならんわ、阿呆」
セイン「な、なら、兄上は納得できるのか?」
サイラス「何も馬鹿正直に正面から殴り合う必要も無いでしょう」
クルス「そう言った連中を使えばいい」
そう言って伯爵家の次期当主は、冒険者ギルドの北支部に使いを走らせた。
王都の北部地域は元々貴族街に近く、その為、貴族からの依頼専門の様な一面を
持っていた。
整理すると、中央ギルドが公爵家や侯爵家、そして王族などの高位貴族の依頼が
主体であった。
南支部は、リカルド・アフェンドラ侯爵の治める王国最大の商業都市、ルデマニア
への街道が延びている事から、大手商会の依頼が主体。
東部と北部に関しては、工房や民間、小さな商店などが主な依頼主である。
つまりレクルバータ伯爵家の次期当主は、暗殺と言う手段で全てを闇に葬るつもり
でいたのだ。
だが彼らは、それが驚く程達成確率が低い事も、とあるクランの逆鱗に触れる行為
である事も知らない。




