綺麗な花は剣を振る
夏の暑さが戻って来た、とても秋とは言えない日差しの中、九鬼達は一ヶ月ぶりに
冒険者ギルド西支部に訪れていた。
今日は、本人達と周りに現在の能力を認知させるつもりで、羽蝶蘭だけを連れて来ていた。
彼女らが武王のクラン所属だと誇示する必要が有ると、九鬼が判断したからだ。
その理由は、彼女らがギルドに入った瞬間に判明した。
ユナ「ふ~、暑かったね~」
セーナ「ほんとだよね~」
久し振りに姿を見せた彼女らを見て、冒険者達の視線が、一気に熱を帯びた。
まるで舐めまわすような、無遠慮な視線を向けて来た。
マナ「・・・・・・うえ~」
ミナ「・・・気持ちわるい」
マチルダ「鬱陶しいけど、気にしちゃ駄目よ」
わざわざ、九鬼が問題視したのが、急激に変わった彼女達の外見だ。
冒険者達の反応を見ても分かるように、一ヶ月前よりも更に美しくなった。
そして、またしても、その原因は九鬼だった。
まず最初にやらかしたのが、露店風呂。
最初は火魔法の練習にと、水瓶に両手を突っ込んでお湯を作っていたが、ものの
数分で熱湯に変わってしまい、まったく練習にならなかった。
そこで、考えたのが、大量の水が必要な露天風呂。
水路の脇の窪地に石を敷き詰め、水を引き込み、かなり大きな物を作った。
お陰で、火魔法は星四つまで成長したが、お湯が沸けば、入るのが日本人。
しかし、こっそり一人で堪能していたのに、速攻でバレた。
マチルダ「師匠!イレーネ達に聞きました!一人でお湯を堪能してたとか!」
ユナ「ずるいです!ずるいです!」
セーナ「待遇の改善を要求します!」
マナ「水浴びは飽きた」
ミナ「お湯がいい」
「九鬼さん、これは共有して頂かないと」
九鬼「・・・・・・・司祭様もか・・・」
とうとう、圧力に耐え切れず、解放する羽目になったが、流石にこのままと言う
訳にも行かず、囲いと半開の屋根を取り付けた。
九鬼「お前さんにも、湯沸かしを手伝って貰うぞ」
マナ「無理です!私、星一つですよ、そんな火力なんか出せません!」
九鬼「儂とて、最初は星二つじゃった、要はやり方じゃ」
マナ「やり方?」
九鬼「そもそも水の中で火を灯そうとしても、無理な話じゃ」
マナ「そんな事言われても・・・・」
そもそも火魔法を着火剤程度しか、認識していない事に問題があった。
熱に関する考察がまるで無いのだ。
これでは、いつ迄たってもマッチの代わりにしかならない。
九鬼「こう、両手の間に炎の道を通すつもりで」
マナ「こ、こうですか?」
暫く水瓶の中に両手を突っ込んで、色々考えていたエマだが、どうやら会得した
らしく、湯気が立ち始めた。
エマ「習得できた~!」
九鬼「うむ、お見事、後は、修練有るのみじゃな」
エマ「あは、なんか楽しいかも」
それからは、かなりの頻度で入浴する事になったが、本来、入浴とは非常に、金
の掛かる贅沢な習慣である。
何せ、釜で沸かしたお湯を、少しづつ湯舟に溜めるのだから、従事する下働きの
経費だけでも馬鹿にならない。
王族か高位貴族でも無ければ、到底維持できない習慣だ。
平民や下位貴族などは、水浴びが基本だ。
それが、ほぼ毎日と言って良い程、享受しているのだから全員の肌が、有得ない
ほど、綺麗になった。
イレーネ「ねえ、この壺って何?」
九鬼「お、お前、何故、隠し場所がわかったんじゃ!」
イレーネ「ん~、なんか、良い匂いがしたから」
九鬼「油断も隙も無い・・・石鹸じゃよ」
イレーネ「石鹸?」
九鬼「代用品じゃがな、はあ、マチルダ達を呼んで来なさい」
イレーネ「はいは~い」
次のやらかしが、このムクロジの実だ。
やっと作った石鹸もどきも、このままだと全て奪われるのは、目に見えている。
こんな小さな量では一日で終わってしまう。
ならば、本人に作らせればいい。
幸い、まだ、実ったばかりだが、ムクロジの大木が数本生えている。
足りなくなる事は無いだろうが、当然、別の問題が発生した。
九鬼「・・・・・これは・・・まいったのぉ」
元々、美人だったマチルダ達だったが、風呂と石鹸で輝きがました。
それに加えて、適度な食事に、限られた安全な空間と時間。
逆に過酷な訓練に対する娯楽への欲求。
肌の手入れに、服作りにと、美へ走るのは必然だった。
勿論、それを止められる勇者など、絵本の中にさえ、存在しない。
九鬼「簡単に外へ出す事も出来んわ・・・・はぁ」
近頃は、アイナやエマだけで無く、イレーネ達迄もが感化され始めた。
別に悪い事をしている訳でも無いため、怒るに怒れず、止める事も出来ない。
九鬼「お互い、迂闊じゃったな、司祭どの」
「ええ、清潔なんですから、別に良いんですけどね、ただ、これは」
九鬼「新たな問題の予感しかせんのう・・・」
「自分達で作り出してしまうなんて・・・・ああ」
この世界で、薄汚れている子供の代表が孤児で、大人の代表が冒険者だ。
確かに、高価な宝石も華美な衣装も身に着けてはい無いが、中身だけ見れば何処
の王侯貴族かと言われても仕方が無い。
逃亡王女と訳あり御落胤の出来上がりだ。
こんな物が、無防備に町を歩こうものなら、人攫いが団体で押しかけて来る事に
なるのは、目に見えている。
九鬼「更なる戦力強化が必要と思うんじゃが、司祭様の意見は?」
「そうですね、スキルの付与を行いましょう」
九鬼「躊躇せんかった理由を聞いても?」
「前に神の意図を感じると言いましたでしょ、なら、運命に従おうと」
九鬼「司祭様の決断を尊重する、全力で支えさせて貰おう」
「ええ、期待しています」
九鬼「じゃが、スキル付与は、ギルドに顔を出した後にしてもらいたい」
「それは、一体なぜですか?」
九鬼「前に言ったであろう、切り札は秘密にしてこそ、切り札だと」
「ええ、確かに聴きました」
九鬼「じゃから、羽蝶蘭の連中には今の自分の実力を実感してもらう」
だから、まずは討伐からと思い、ギルドに来たのだ。
九鬼「ふむ、相変わらず薬草採取ばかりじゃな」
マチルダ「町や村に、大きな被害が出ていない証拠です」
九鬼「おっ、フォレスト・サーペントの常設依頼が出ておるな」
マチルダ「薬師ギルドの依頼でしょうが無理です!狩りませんよ!」
九鬼「なに、今のお前さんたいなら大丈夫じゃ」
マチルダ「魔獣ランクC2なんですよ!無理ですってば!」
ユナ「いくら何でも、過大評価です、師匠!」
マナ「無理」
ミナ「死んじゃう」
セーナ「諦めなよ、いつもの無茶振り、死にはしないわよ、多分・・・・」
九鬼「まずは目撃情報の収集じゃな、受付に行くぞ」
マチルダ「終わった・・・・・・・・」
セーナ「・・・・・いつもの師匠ね」
受付カウンターに向かうと、冒険者達が道を開けて遠巻きになったが、視線だけ
が、それこそ酒場の親父まで一人残らずこちらを向いている。
九鬼「済まんが、魔獣の情報が聞きたいんじゃが・・・・」
受付嬢「ほぉわぁぁぁ・・・」
九鬼「おい、どこを見ておる、聞いておるのか?」
受付嬢「はぁぁぁ・・・・・」
九鬼「こりゃ駄目だ、マチルダ、替わってくれ」
マチルダ「はあ」
さっきから、いくら声を掛けても受付嬢達は、マチルダ達に見惚れて、こっちの
話など、全く聞いていないどころか視界にさえ入っていないらしい。
まあ、今の彼女達は、物語の登場人物その物の様な姿をしており、無理も無いと
思う反面、仕事はどうしたと、声高に言いたくもあった。
マチルダ「ちょっといい、フォレスト・サーペントの目撃情報が欲しいの」
受付嬢「え、は、はい、え~と、数日前にカリファの森で目撃例があります」
マチルダ「サイズは?」
受付嬢「薬草採取の9級の報告なので、正確には、ただ大きかった、とだけ」
マチルダ「だそうですよ、師匠」
九鬼「よし、なら、早速、その森に出発じゃ、」
マチルダ「小さければ良いんだけど・・・・」
九鬼「無駄な望みじゃな」
マチルダ「はあ~、みんな行くわよ」
軽い足取りで出て行く九鬼に、ドナドナされてる羽蝶蘭、その全く正反対の師弟
が、ギルドを出た途端に、盛大な溜息がギルド中を飲み込んだ。
その余りの大きさに、執務室からデライドが飛び出して来たほどだ。
冒険者「何なんだ、ありゃあ!」
冒険者「あれ、羽蝶蘭の連中だよな?」
冒険者「美人だとは思っていたが、あれは別格だぞ」
冒険者「まるで、どこかの王族だ」
冒険者「近寄りがたいなんてもんじゃねえ」
冒険者「俺、声さえ掛けられそうにない」
男の冒険者達の反応は最もだが、女の受付嬢までも、その魅力に引きずり込まれ
てしまっていた。
受付嬢「はあぁぁぁぁぁぁ・・・・マチルダお姉さま・・・・」
受付嬢「ユナ様・・・・綺麗・・・・・・」
受付嬢「ああ、お嫁に貰って欲しい・・・・・」
受付嬢「・・・・・・・尊い」
冒険者「・・・・・・・お前らも女だろ・・・」
結局、アマルティア王国冒険者ギルド西支部は、暫くその活動を停止する羽目に
なってしまった。
デライド「頼むから、仕事してくれ・・・・・」
ギルドマスターの苦悩は、まだ始まったばかりだ。
そして、その頃、九鬼達は閉鎖された西門から、やや南に作られた簡易門から、
出て、街道沿いに森を目指していたのだが。
九鬼「気付いておるか?」
マチルダ「はい、三人ですね、門を出た辺りから後をつけてきてます」
ユナ「距離は、二百といった所でしょうか」
セーナ「尾行なれしてますね、斥候職でしょうか」
九鬼「付いて来られても面倒じゃな、排除するか」
マナ「了解」
ミナ「ここでやる?」
九鬼「いや、少しばかり死ぬ思いをして貰おうか」
そう言うと、全員でいきなり走り出した。
慌てて後を追いかけて走り出した三人の尾行者は、見る見るうちに遠ざかる九鬼
達を見て、なりふり構わず全力疾走したが、その差は中々、縮まらなかった。
それどころか、時々、からかう様にこちらを見ては、ゆっくり走ったりしながら、
明白に挑発した。
頭に血が昇った三人は自らの限界も考えずに、倒れそうになるまで追いかけた。
うら若い女性と老人に、走り負けた事がどうしても許す事が出来ず、冷静になる
機会を自分自身で放棄した。
見かけだけで、相手の中身が化け物だと知らずにだ。
追跡者「ゼェゼェ・・・も、もう・・・」
追跡者「ハァハァハァ・・ゲェェェッ」
追跡者「ヒッ・・ヒッ・・ヒッ」
九鬼「もう音を上げるか、軟弱者どもめ」
必死に息を整えている間に、いつの間にか九鬼達が後ろに立っていた。
男達は、無様にも接近に気づかず、生殺の権利を握られたのである。
首筋に剣を突き付けられた上、震える手足では逃げる事も、剣を払い除ける事も
出来ない。
結局、両手を前で縄で縛られ、拘束された。
九鬼「お主ら、斥候であろう、誰に頼まれた?」
追跡者「ハァ・・ハァ・・・・ハァ・・ハァ・・」
マチルダ「無視?」
ユナ「死にたいの?」
追跡者「ハァ・・・・・・・フゥ・・・フゥ・・・・フゥ・・」
セーナ「そう、喋らないのね、ええ、いいわよ、そのままでいれば」
ユナ「装備を全部はぎ取ってやるわ、マナ、ミナ」
マナ「了~解~、服は切り刻めば直ぐよ」
ミナ「下着は残してやるわよ、ばっちいから」
追跡者「やめてくれ、話す、話すから、ある男爵様からの・・」
マチルダ「武器の類だけはこっちに置いて、服は燃やすから」
追跡者「わかった、分かったから、ギルドだ、ギルドの・・・」
ユナ「靴も取り上げてね」
ミナ「わかった、あっ、こんな所に隠しナイフが」
追跡者「やめてくれ!嘘じゃ無いんだ!中央ギルドからの依頼なんだ!」
追跡者「あっ、馬鹿!」
マナ「枯れ木が必要ね、このままじゃ燃え残るわ」
追跡者「ねえ!聞いて!ホントだってば!頼むから!お願いだから!」
セーナ「ねえ、私は女の子をつけ回しましたって、背中に書かない?」
ユナ「いいわね、婦女暴行犯ですってのも追加しましょう」
追跡者「正直に話しましたぁ・・嘘じゃないですぅ・・信じてくださぃぃ」
とうとう、半泣き状態で懇願しだしたのをみて、再び質問を始めた。
心が折れたのが分かったからだ。
これからは、正直に話すだろう。
九鬼「誰に頼まれた?」
追跡者「中央ギルドの副ギルマス、マルグレイドさんです」
九鬼「何と指示された?」
追跡者「尾行して、不正か犯罪を捏造出来るネタを探せと、あと、その」
九鬼「正直に話せ」
追跡者「機会が有れば、誰でも良いから、女を一人攫って来いと・・・・」
マチルダ「・・・・・何ですって~」
マナ「丸焼きにしてやろうかな?」
追跡者「俺が言ったんじゃねえよぉ」
その後、ボロ布をまとった様な恰好で、三人は解放された。
勿論、武器の類は全て没収してある。
九鬼「報告しておけ、今度、何か仕掛けて来たら問答無用で首を落とすとな」
追跡者「は、はい、わかりました」
九鬼「命は一つじゃ、大切にした方が良いじゃろう」
追跡者「ひいっ」
逃げ帰る男達の後姿を見ながら、マチルダが聞いて来た。
マチルダ「あの人達、大人しく引き下がりますか?」
九鬼「無理じゃな、どうせ懲りてはおらん、恐らくまた来るじゃろう」
マチルダ「・・・面倒くさいですね」
九鬼「次は斬り捨てれば良い、これも修行の一環じゃ」
マチルダ「修行・・・・ですか?」
九鬼「ああ、警告はした、二度目はお主らの糧になって貰う」
マチルダ「出来ますかね、私達・・・・・」
九鬼「こればっかりは、慣れるしか無いしのう・・・」
マチルダ「気が重いです」
九鬼「生死を分ける場面で躊躇すれば、仲間も危険に晒す事になるぞ」
マチルダ「・・・・・覚悟を決めます」
そのまま森に入りフォレスト・サーペントの気配を探ると、かなり奥まった所に
巨大な個体を確認できた。
そして相手も、こちらの存在に気づいたらしく、物凄い勢いで向かって来るのが
分かった。
そして平均よりも一回り以上大きい、フォレスト・サーペントが姿を現した途端
に襲って来た。
襲って来たのだが・・・・・・・。
マチルダ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユナ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
セーナ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
マナ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミナ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
九鬼「・・・・・・・一太刀じゃったのう」
そこには、現れた途端にマチルダの剣で落とされた、フォレスト・サーペントの
首が転がっていた。




