クーリの正体・疑問は考察の枷
「どういう事です、これは・・・・」
一体どういう事なのか分からず、再び石板に触れて貰ったが、結果は変わらない。
「・・・・・・スキルが表示されない、星もだ」
確認の為、自分も触れてみるが、以前確認した通り異常なスキルと星の表示だ。
つまり石板の不具合では無い、石板は機能している。
人は必ず何かしらのスキルを持って生まれて来る。
だから新生児の確認は、十二人の枢機卿が自らの担当月に、本神殿にて無料で行う
事になっている。
勿論、有益なスキルを探し出す事も理由の一つだが、もっとも大事な理由は珍しい
スキルを持って生まれて来た赤ん坊を教会で保護する事だ。
建国当初、有益なスキルを持った赤ん坊の誘拐や殺人が横行してしまい、激怒した
教皇と国王が、この仕組みを作ったそうだが、この時、国王と教皇はともに三十歳
で、仲睦まじい夫婦だったそうだ。
だから建国以来、スキルの無い人間など、ただの一人も確認されていない。
なら、彼は一体何者なのか、疑問は膨らむばかりだ。
しかし、ここで騒ぎを起こす訳にはいかない、オーティスにも隠している事が山程
有る、教会で目立つのは好ましく無い。
老人「・・・どうか・・した・・?」
「いえ、今日はもう帰りましょう、クーリさん」
老人「わかった」
それに、こんな所では、まともに考察が出来ないし、時間も無い、早く帰ろう。
だが、教会から出て、市場へ続く道を歩いていると、碌でも無い連中に道を塞がれ
立ち止まる事になった。
「いい年をして、君達には外にやる事は無いのかい、ヨハン」
ヨハン「うるせえ!その上から目線がムカつくんだよ!」
「君の方が年上じゃないか、まあ、罵声は聞いてあげるから、早目にね」
ヨハン「い~や、今日はそれだけじゃ済まさねえ、有り金、全部おいてゆけ」
「言ってる意味わかってる?流石に洒落にならないよ、ヨハン」
ヨハン「うるせえんだよ、大人しく出さないと痛い目にあうぞ」
そう言ってヨハン達三人は距離を詰めてきた。
この位置は通りからは死角になっていて、誰からも気づいて貰えない。
なまじ近道をしたせいで、余計なトラブルを引き込んだらしいが、普段ならこんな
に焦る事は無いが、今回はどうも様子がおかしい。
それに後ろには、クーリさんが居る、逃げる事は出来ないし、この金を渡したら、
明日から子供達の食事は、具材の無い薄いスープだけになってしまう。
どうしようかと、迷っていると、スーッとクーリさんが私の前に出て来た。
ヨハン「な、なんだ、爺、出しゃばんな」
「クーリさん?」
老人「・・・・・・」
無言で私とヨハンの間に割り込んだ老人は特に何かをする訳でも無く、ただじっと
ヨハン達を見ていた。
一体何を、と思ったが、ヨハン達は、じりじりと後退し始めた。
三人共、何故か、うっすらと額に汗を滲ませている。
ヨハン「気持ち悪い爺め・・・」
リック「ヨハンさん、止めましょうよ、こいつの目、変ですよ」
ブラゴ「うう、こわい、きもちわるい・・・」
とうとう三人共、きびすを返すと、足早に大通りにむかって逃げていった。
「クーリさん?」
老人「みんな・・・・にげた・・・こし・・ぬけ」
「いや、腰抜けって・・・・・」
更に疑問が増えてしまった。
スキルを一つも持たない人間が、眼力だけで大の大人三人を退けた?
そして思った。
そもそも本当に人間なのか?
いっそ、魔人とか精霊と言われた方がしっくり来るが、両方とも空想上の生き物で
物語や、昔話にしか登場しない。
どうにも、答えが見つからない。
それに色々思う事はあるが、まだ用事が残っている。
一方、逃げ出したヨハン達は、貴族街の近くにある、豪商であるヨハンの父親が持
つ別邸に居た。
ここは、偶に掃除夫が手入れに入る以外は無人となる為、彼らの隠れ家には恰好の
物件だった。
リック「何だよあの爺、絶対に人を殺しているだろう」
ヨハン「ああ、あれは、あの爺には関わりたくないぞ」
リック「だが、どうするよ、ヨハン。まだまだ、目標額には程遠いぞ」
ヨハン「仕方ないだろう!別の手を考えるさ」
リック「別の手って何だよ!」
ヨハン「五月蠅いな、偶にはお前も考えろよ、リック!」
ブラゴ「うう、どうしよう、どうしよう」
ヨハン「ブラゴ!お前は余計な事を喋るなよ!」
ブラゴ「うう、わかってるよ、ヨハン」
ヨハン「俺らにはもう、後が無いんだぞ!」
ブラゴ「うう、どうしてこんな事に・・・・・」
ヨハン「お前も十分楽しんだじゃないか、今更、後悔してんじゃねえよ」
リック「最後は殆んどお前が壊したんだろうが!」
ブラゴ「うう、わかってるよぉ」
リック「まさか、こんなスキルが出るなんて、誰もわかんねえよ・・・」
ヨハン「もう、逃げるしか無いんだよ、俺ら」
彼らが、違法に金を集めてまで、王都から逃げ出そうとしているのは、彼らに発現
したスキルが、とてもじゃないが、他人に見せられる代物では無いからだ。
もし、ばれれば、本人どころか一族郎党、処刑される可能性が高い。
彼ら三人に現れたのは(背信・暴行・殺人)のトリプルのユニットスキルだ。
彼らは司教の立場を利用し、あろう事か、ここに女性を攫って来ては暴行と殺人を
繰り返していた。
絶対に露見しない自信があったから、未成年の少女さえも毒牙に掛けた。
だが、今まで、どんな犯罪者でも、例え殺人鬼でも、それがスキルとなって現れる
など、聞いた事も見た事もない、過去にそんな記録は一つもない。
だから、スキルに関しては頭の片隅にさえ無かった。
では、何故、そんなスキルが現れたのか?
恐らく彼らが司祭の地位にあった為か、与奪のスキルを持っていた事が、原因だと
思われるが、今更、どうにも出来ない。
まかり間違っても、石板に触れたりしてスキルが知られたりすれば、身の破滅だ。
ヨハン「もう、後がねえんだよ、後が、いい加減に腹を括れよ」
まるでチンピラの様なヨハンの言葉に他の二人は従うしか無かった
目の前の市場は下町の台所に相応しい喧噪を見せていた。
押し寄せる人並が、思考の海からオーティスを現実に引き戻した。
そして、疑問は取敢えず横に置いて、市場で買い出しを始めたが、どうにも身が入
らない。
こんな時は子供達の笑顔を見るに限ると思い、一番安い飴の大袋を買ったが、店主
が、これでもかっていう程おまけを付けてくれた。
菓子屋「たまには俺にも子供たちに寄付する権利を下さいよ、司祭様」
いつも八百屋や肉屋では、寄付と言う名のおまけを付けて貰っていたが、菓子屋は
入った事がなかった。
どうしても、贅沢品になる菓子屋には、足が向かなかったのだが、店主は八百屋達
が、羨ましくて堪らなかったそうで、こんな好機を逃すつもりは無いらしい。
菓子屋「市場の人間はみんな司祭様には感謝しているんですよ」
行き場の無い孤児が生き延びる場所、それは間違いなく市場だ。
そして生き延びる為に窃盗を繰り返し、行き着く先は犯罪者か餓死しか残されては
いない。
盗みを繰り返し、残飯を漁る子供達を迷惑に思いながらも、誰もその死など望んで
は居ないのに、彼らは数え切れない程、子供の骸を見せ付けられて来た。
市場の人々は、いつも、自責の念に苛まれていたのだ。
それが八年前、オーティスが、おんぼろ教会の司祭に着任してから市場の孤児達が
急激に姿を消した、オーティスが孤児院を開いたからだ。
当の本人は当時を振り返っては良く「あれで貯金が全部なくなった」と、笑ってい
たが、それは決してこの国では、普通の行動では無かった。
本来、教会こそが、真っ先に取り組むべき事なのに「スキルの多様性を維持する」
と、四代目教皇のシュトラムスが宣言してからは、孤児達は教会から見放された。
住人「でも、教会での立場は大丈夫かい、司教様」
「元々、一番下っ端でこき使われていたので、今の生活の方が良いですね」
住人「ははは、司教様らしいや」
住人「ほんと、奇特と言うか、お人よしと言うか・・・・」
住人「でもね、そんなあんたが、あたし達は大好きさ」
住人「困った事があったら、必ず相談してくれよ」
「ありがとうございます」
いつの間にか集まって来た人達が声を掛けてくれる。
彼らとて、決して裕福ではなく、日々の糧にさえ、得られ無い事もあった。
だが、それだからこそ、オーティスは彼らが認めた唯一の司祭なのだ。
そしていつの間にか、彼らは密かにオーティスの事を下町の聖者と呼ぶ様になった
が、実は、その噂を聞きつけた教会が徐々に動き始めた事を誰も知らない。
そして、市場を後に、教会にたどり着いたオーティス達を新たな面倒事が両手を
広げてにこやかに迎えてくれた。
イルマ「司祭さま、地下の食糧庫の床が抜けて、イレーネが落っこちた」