後悔と懺悔
羽蝶蘭が加入を決めると、何組かのパーティーが、声を掛けて来
たが、九鬼はその全てを断った。
冒険者「何で俺達は駄目なんだよ!」
九鬼「おおかた、加入してしまえば何とかなると思ったんじゃろうが無駄じゃ」
冒険者「なんだと!」
九鬼「濁った目をしおって、下心が透けて見えておるわい」
冒険者「くそっ」
九鬼「言っておくが、これから、うちのクランに害をなすなら、命の保障はせんぞ」
冒険者「ひっ」
九鬼はギルドを出るまで、ことさら愛想を振り撒きまくった反面、トラブルを起こ
しそうな連中を脅しまくった。
こうしておけば、単純な馬鹿は寄って来ないと踏んだからだ。
その後、羽蝶蘭の泊まっている宿を引き上げさせてから、生活に必要な日用品を買
って、孤児院へ戻った。
イレーネ「お帰りなさい!九鬼さん」
九鬼「ただいま、イレーネ、司祭様は何処じゃ」
イレーネ「私室に居るよ、呼んでこようか?」
九鬼「うむ、新しいパーティーメンバーを紹介したいのでな」
イレーネ「わかった!待ってて!」
マチルダ「元気な子ですね、それに、明るいわ」
これは、マチルダの正直な感想だった。
彼女が生まれ育った場所は、下町でもスラムに近い場所だった。
だから、子供の頃の知り合いには孤児や浮浪児が沢山いた。
だが、彼女の記憶に残っている子供達の顔に心からの笑顔は無かった。
養い親に搾取され虐待を受けて傷だらけの顔、空腹に苦しんでゴミ箱を漁る飢えた
瞳、盗みを働き、こん棒で殴られた血だらけの顔、犯罪組織に捕まって怯え切った
顔、そして、飢えと病と怪我に苦しんだ挙句に、やっと楽になれたと、死の間際に
見せる安堵の顔しか知らなかった。
九鬼「ここには司祭様が居るでな」
マチルダ「どんな方なんですか?」
九鬼「どこにでも居る気のいい青年じゃよ」
マチルダ「その人が子供達に笑顔をもたらしているの?」
九鬼「そうじゃ、自分で感じたらええ、無私の慈悲がどれ程のものなのかを」
マチルダ「無私の慈悲?」
九鬼「ああ、これからは、教会では無く、司祭様が光の中心になる」
暫くしてイレーネに手を引かれた若い司祭が広間にやって来た。
本当に、どこにでもいる普通の青年で、美男子でも偉丈夫でも無い、ごく平均的で
特徴の無い外見だった。
もし、町中ですれ違っていたとしても、まったく覚えてはいないだろう。
違いと言えば、笑顔で彼に纏わりつく、大勢の子供達の姿だけだった。
しかし、それを見ていたマチルダの目からは、涙が溢れ出して止まらなくなった。
九鬼「お、おい、いったい、どうしたんじゃ」
ユナ「・・・マチルダ」
セーナ「お姉・・・」
マチルダ「ご、ごめんね、ごめんね、・・・・・・」
彼女はそのまま、膝をつくと顔を両手で覆って泣き始めた。
声を押し殺して、ひたすら涙を流す彼女に、周りの者達全員が、勿論、九鬼ですら
狼狽えた。
何故、泣いているのか、誰にも分らない、どうすれば良いか判らない。
「・・・泣るだけ泣けばいい」
そんな中、オーティス一人だけがそっとマチルダの頭を撫で続けた。
誰もが見つめる中、マチルダの泣き声と、オーティスの声だけが、浮かび上がる。
天窓から差し込む陽光が二人に降り注いだ。
その様は、まるで一枚の聖像画のようだった。
マチルダ「・・・・あたしには、子供の頃、友達がいたの・・・・」
涙が止まったマチルダは、ポツポツと自らの過去を語り始めた。
当時まだ、6歳ぐらいだった私には、浮浪児の友達がいた。
何時出会ったのか、きっかけは何だったのかも良く覚えていないが、いつの間にか
近くに有る空き地に住み着いていた女の子と、時々遊ぶようになった。
自分の家も貧乏でスラム街に近い所で暮らしていたので、相手が薄汚れていても、
まったく、違和感も嫌悪感も無かった。
父親と二人だけで暮らしていた私にとって、始めて出来た友達だった。
だが、数ヶ月ほど経ったある日、偶にしか会えない事に不満を覚え始めた私は何故
毎日遊べないのかと彼女に聞いた。
答えは簡単だった、食べ物を探しに出ているから、上手い事、食料を手に入れた日
だけ、遊べるんだと。
なら簡単だ、私が食べ物を持ってくれば、遊べるようになる、そう思った。
だから、私は父親の目を盗んでは、パンやスープを持ち出したが、貧しい私の家に
食べきれない程の食料が有るはずも無く、あっと言う間に自分が食べる分も少なく
なり、時折、空腹を感じるようになった。
(お腹すくの嫌だなあ~、そうか、会いに行かなければ良いんだ)
私は、その日から空き地に行くをやめた。
だが、空腹の心配がなくなると、呆れた事に再び会いたくなった。
あの子の事情など考慮しない、私は傲慢だった。
それから、何度も空き地に行ってみたが、其処に彼女の姿は無かった。
マチルダ「次に会ったのは、荷車に乗せられた、死体になったあの子だった」
死体処理の荷車に乗せられたその子は、まるでミイラの様にやせ細っていた。
恐らく、病に罹ったか、怪我でもしたのだろうが、飢え死にしたのは間違い無い。
愕然とした。
私は、ほんの僅かな空腹感が嫌で、初めての友達を見捨てたのだ。
どれ程後悔しても、あの子は戻って来ない。
マチルダ「私は、そこから逃げ出して、家に逃げ帰ったの」
私は自分自身の事を嫌悪する様になったが、それにすら耐えられずに、罪悪感から
原因は別にあると思い込む事で、今まで記憶に蓋をして自分を守ってきたのだ。
それが、オーティスの傍で明るく笑う子供達を見て、その蓋が弾け飛んだのだ。
(私がもっと我慢すれば、あの子も、あんなふうに笑えたのに・・・・・)
(ああ、私は、なんて醜いのだろう・・・あの子を死なせたのは私なのだ・・・)
彼女の死に向き合わなかった事で、マチルダの心の中では、罪悪感が全く処理され
る事がないまま、燻っていたのだ。
「仕方のない事だったのですよ」
マチルダ「でも、あの子を見殺しにしたのは私の罪で・・・」
「いいえ、誰も貴方を、例え神であろうと責める事など出来ませんよ」
オーティスはマチルダの目を見てはっきりと、断言した。
「罪に問われるのは、そんな孤児達を助けられなかった腐り落ちぶれた教会であり
そして何の対策も取らなかった、無能な、この国の王族や貴族です」
マチルダは愕然とした。
仮にも、司祭の地位にある者が、公然と教会と国を批判したのだ。
教皇を否定し、国王を罵った事がもし市井に漏れれば極刑、間違いなく縛り首だ。
とてもでは無いが、思っていたとしても絶対に口に出来ない、それ程の禁忌、自分
の死刑執行書に署名するに等しい行為だ。
だか、この司祭は堂々と言い放った。
それ程の禁忌を対価にしても、私には罪が無いと言ってくれたのだ。
一気に心が軽くなったのが分かった。
私の心は救われたのだ。
マチルダ「司祭様・・・・・・・・」
オーティスを見つめるマチルダの目は潤んでいたのだが、これは涙の残りなのか、
それとも違う物なのかは、明白だった。
ユナ「あちゃ~」
セーナ「マチ姉・・・・・」
マナ「これって・・あれよね・・・・」
セーナ「たぶん、ひと目なんちゃらだと思う」
マナ「言葉にするのが、恥かしい・・・」
九鬼「参ったのう、どうしたものか・・・・・」
アイナ「まず、訓練どころじゃ、なく無い?」
エマ「周りなんか、まったく見えて無いよ、これ」
リット「なら、ぶん殴って、正気に戻したら?」
エマ「女心が理解出来ないの?だからモテないのよ、馬鹿お兄ぃ」
リット「そこまで言わなくても・・・」
アイナ「男は黙ってなさい」
リット「うっす」
アイナ「でも、このままではねえ・・・」
ユナ「あのぉ、九鬼さん、どうしましょう」
九鬼「儂の国のことわざでな、邪魔をすると馬に蹴られるんじゃ」
セーナ「駄目じゃん・・・」
ミナ「死んじゃうじゃん・・・」
九鬼「う~む、どうしたもんかのぉ~」
イレーネ「・・・・ほっといたら?」
まだ十一歳のイレーネが核心を突いたので、全員一致でオーティスを見放した。
九鬼「マチルダの気が済むまで、司祭殿を鑑賞して貰う事にする」
ユナ「仕方ないと思います」
セーナ「打つ手は無いです」
ユナ「私達、羽蝶蘭は同意します」
九鬼「うむ、では、皆、しばし向うで茶にしようかのう」
ユナ「ええっ、お茶が頂けるんですか?やったー!」
九鬼「自家製じゃぞ」
ユナ「十分です、ああ、何年ぶりかしら」
セーナ「あたい、初めてかも」
ユナ「貴重品よ、めったに味わえないの」
マナ「あたし達って、もしかして、めちゃめちゃラッキーなんじゃ・・・」
アイナ「今頃、気が付いたの」
エマ「まだまだ、序の口だよ」
ミナ「・・・・噓でしょ?」
エマ「ほんとだよ」
アイナ「でも、訓練だけは死ぬほど辛いけどね」
ユナ「う~む」
暫くすると、オーティスの救助要請らしき声が聞こえたのだが、耳だけしか仕事を
しなかったらしく、脳みそは終始、体に行動を起こす指示を出さなかった。
結論・・・儂らは悪くない。




