修練
その日は陽が傾くまで、孤児達は老人の作った畑の周辺から動く事は無かった。
なにせ、目の前に美味い食い物の材料が転がっているのだ。
もう、てこでも動きそうに無くて、とうとう諦めたオーティスが、昼食と夕食を、
この場で取る事に決めてしまった。
「今日は、お祈りも掃除も、おやすみです」
イルマ「やったー!」
ロッド「早く、罠も作ろうぜ」
マリ「畑が先でしょう、もう、計画性が無いわね」
九鬼「勝手に動くでない、まずは組み分けじゃ」
イルマ「は~い」
子供達に、それぞれ仕事を振り分けるていると、冒険者組がのほほんと、会話に
混ざって来た。
リット「じゃあ、俺達は狩にでも・・・」
九鬼「阿呆!お主らは修練じゃ!まずは教会の周りを三十周、駆け足じゃ!」
ガイン「え、走るの?何で?」
アイナ「剣の修行じゃないの?」
九鬼「問答無用!急がんと昼飯に間に合わんぞ!ほら行け!」
ライナー「ひいぃぃぃぃぃぃ」
九鬼「女子は半分でええぞ」
リット「ずるい!」
ガイン「ひいきだ!」
九鬼「やかましい!一周追加じゃ!」
ライナー「ぎゃあぁぁぁ」
何とか、昼までには走り切った彼らだが、昼食を取る余力は無かった。
リット「む、無理、吐く、吐く」
エマ「い、胃が・・・・・」
ライナー「オエェェェ・・・・」
九鬼「まあ、最初はしょうがないが、喰わんと昼から持たんぞ」
リット「うい~す」
九鬼「何じゃ、わりと余裕があるでは無いか」
ガイン「勘弁してください」
その後、小一時間ほど休息してから、まず、比較的、元気な二人の女の子に稽古を
つける事にした。
九鬼「まず、自分の身を守る術を身に着けて貰う、アイナ、お前さんからじゃ」
アイナ「はい」
九鬼「まずは、掴みかかられた時の対処じゃ、儂の襟に掴みかかっておいで」
アイナ「はい、こうですか?」
九鬼「そうそう、では、ほれ」
掴みかかったアイナは手を取られたと思った瞬間に、ひっくり返されて、空を見て
いた。
アイナ「えっ?」
エマ「何で?」
リット「アイナ、お前、何で一人で転んでんだ?」
アイナ「私、何で寝っ転がってんの?ねえ?何で?魔法?」
九鬼「武術の一つでな、合気道と言う」
ガイン「何がどうなってんのか、さっぱりわからねえ」
ライナー「なんだ、こりゃあ」
彼らにとって、未知の技であるためか、混乱も激しかった。
九鬼「まずは、もう一度、ゆっくりやって見せよう、もう一度襟を掴んでみよ」
アイナ「は、はい」
九鬼「よし、まずは左手で相手の手首をこう持って、右手を添えて、ほれ」
アイナ「どうして?体が言う事を聞かない、耐えられ無い」
リット「俺達には、お前が自分から転んだようにしか、見えないぞ・・・」
九鬼「無理も無い、なら、全員体験して貰おうか」
それから暫く、納得のいかない五人は、投げられまくった。
特に、リットなどは、もう、十数回は投げられている。
九鬼「これを覚えておけば、もし、掴みかかられても直ぐに逃げられる、女子は
必修じゃ」
アイナ「はい、頑張ります」
九鬼「なに、この子手返しは基本中の基本でな、すぐに覚えられるじゃろう」
リット「俺、なんとなく、わかった気がする」
ガイン「そ、そうなのか?」
九鬼「男共は、この小手返しを覚えたら、すぐに剣の稽古に入るが、その前に」
老人は彼らに、武術の修行を受ける上での心得を覚えさせた。
一つ、精神の鍛練が無ければ、肉体の鍛錬に意味はない。
一つ、鍛錬には、一切の疑問を持たない、意味の無い鍛錬など無い。
一つ、慢心し、驕り高ぶる者には、更なる成長はない。
一つ、礼儀を守り、道を守る。
一つ、無暗に、他人へ技を教えない。
そして、これを守る事を誓わせた。
九鬼「では、再び子手返しの修練だが、お主ら剣が有るのに走り込みの意味は
何で無手で修行?と思っとるじゃろう」
アイナ「心を読まれた」
リット「やっぱり、人間じゃ無かったのか」
九鬼「失礼な奴じゃな、顔を見れば判るわい」
リット「あう、すいません」
アイナ「てへっ」
九鬼「全く、なら聞くが、戦いで最も重要なのは何だと思う?」
リット「ええと、剣術スキル?」
ガイン「誰にも負けないくらい、強い事かな」
ライナー「武器だろ」
アイナ「みんな違う気がするんだけど」
エマ「お兄ぃ、剣術スキルって当たり前じゃん」
九鬼「やはり、わからんか、答えはな、生き残る事じゃ」
どんな英雄でも、どんなに勇敢でも、死んでしまえばそこまでである。
例え今回負けても、次に勝てばいい。
生き残りさえすれば、勝つ為の鍛錬も工夫も出来るからだ。
だからと言って、パーティーを組むなら毎回、簡単に逃げ帰れば良い訳では無い。
闘いの場で、臆病な者と無謀な者は敬遠される。
臆病な者は味方を殺し、無謀な者は自分を殺す、どちらも戦場に立ってはならない
九鬼「戦いに身を置く者にとって最も困難な事だ、昨日その身で実感したじゃ
ろう」
リット「うう、確かに」
九鬼「走り込みは、体の鍛錬は勿論じゃが、敵から逃げたり、距離を取るには
絶対に必要じゃ」
ガイン「そうか、捕ら無ければ、良いんだ」
九鬼「例え、掴みかかられても、そこから抜け出せばいい、そして反撃じゃ」
ライナー「その為の無手なのか、理解しました」
九鬼「では、鍛錬を再開する、まず夕方までに、子手返しだけでも習得せよ」
それから彼らは一切の無駄口を叩く事はなく、一心不乱に九鬼の指導を受け入れた
のだが、驚く事に、彼らの身体能力は異常な程、高い。
その事に途中で気が付いた九鬼は修練の難易度を上げた。
本来、時間のかかる筋力強化が、数日で終わりそうなのだ。
九鬼「これがスキルの恩恵と言う物か、恐ろしい物じゃのう」
「ええ、恐らく身体能力向上か筋力向上のスキルでしょう、珍しいですか?」
暇になったのか、オーティスが、九鬼の傍で見学を始めた。
九鬼「ああ、儂の世界にはスキルなど無かったからのう、皆、何か月もの地道な
努力で手に入れた物が、ものの数日で身に付くとは、驚きじゃ」
「そうですか、ですがそれは最初だけです、直ぐに頭打ちになりますよ」
九鬼「なんじゃと?」
「スキルには、その能力限界として星がついて来ます、星の数以上の成長は
恐らく蝸牛の歩きより遅いですよ」
九鬼「スキルとは、それ程、出鱈目では無いと言う事じゃな・・・」
「ええ、出鱈目なのは、私のスキルです、今晩、時間を貰えますか?」
九鬼「・・・・・・お伺いしよう」
思いつめたような、それでいて、何かを決心した様な司祭の様子に驚きつつも、夜
に訪問すると、返事を返した。




