2.カトルの場合
『カトル、第五講堂へ移動しろ。そこで話が始まる』
「メッチャ遠いんですけどっ!?」
『急げよ』
「――ああもう!」
カトルは叫んで走り出した。
本音を言い合うのに、周囲に誰かがいるとやりにくい。だから、誰もいない場所で話を始めるので、学園中あちこちに人が散らばっている。
この日のために、学園中のあちこちに魔道具が設置されている。
今現在の映像を映し出し、音声を聞き取る映像機器。それらは宰相のいる部屋でひとまとめに録画されている。
そして宰相がそれらの映像と音声から、学園にいる文官たちに通話の魔道具で指示を出して、指定された場所に文官たちは走って向かうことになる。
"婚約破棄の日"が制定された当初は、こんな決まりはなかったのだ。ただお互いに言いたいことを言うだけの日。この日だけは身分関係なく、無礼も適用されない。お互いが本音をぶつけ合い、わだかまりを解こう、というのが目的だった。
だが、本音をぶつけ合うことで、逆に決定的な破局を迎えてしまうこともある。
家と家の繋がりがないのであれば、別に破局を迎えても構わないのだが、繋がりがあった場合には厄介だった。
その日は破局を迎えましたが、明日からは今まで通りに、というわけにはいかない。次の日から話し合いが行われるわけだが、その時にどちらの有責なのか、という話に必ずなる。そして必ず「言った言わない」の泥沼論争が始まる。
そのため、第三者の立ち会いが求められるようになり、それに王宮の文官たちが駆り出されることになった。だが、好きな場所で勝手に話を始められても、その場に文官が必ずいるとも限らない。立ち会っていなかった事実を責められても、物理的な不可能というものは存在する。
だからといって、同じ場所で話をするというのも、「嫌だ!」と、当時の学生たちの大反対にあった。
そこで魔道具開発が進められた。映像機器も録画機能も、通話の魔道具も、周辺の国々より一歩も二歩も先を進む技術だが、この日のためだけに開発された魔道具である。理由が情けないとは誰もが思うことだが、文官たちにとっては希望の魔道具なのだ。
だが、自分がいる場所と話が始まる場所が近いとは限らない。
もっと近い場所にいる人に言えよ、とカトルは思うが、その人が他の誰かのところに立ち会っていたら、動けない。
結局、空いている人が動くしかない。
「今度は一瞬で移動できる魔道具を開発してくれー!」
叫びながらカトルは走る。間に合うことを祈りながら。
立ち会い者が必要だと言うなら、せめて到着するまで話を待てと言いたいのに、さっさと話を始めてしまうから、困りものだ。
息をゼイゼイさせながら、何とか言われた場所に到着したとき、声が聞こえた。
「お前とは婚約破棄だ」
「あらまあ」
どうやら間に合ったらしい、とカトルは思う。ゼイゼイする息が整わない。文官とはよく言ったもので、要するに普段から体を動かすことなどないから、体力がないのだ。
カトルは二人を見る。確か、どちらも伯爵家同士の婚約であったはず。男の方はとんだバカ息子だという評判だったはずだ。
「フン、言いたいのはそれだけか? 婚約を破棄すると言ったんだぞ!」
「わざわざ二度も仰らなくても、きちんと分かっておりますわよ。ええ、私もそうさせて頂けると嬉しいです。後日、家を交えて話になるでしょうけれど、あなたとの縁が切れると思うと、せいせいしますわ」
指を指して偉そうに言うバカ息子に対し、女性側は侮蔑を隠そうともせずに言い放つ。すると、なぜかバカ息子は驚いた顔をした。
「バカなっ! 婚約を破棄すると言っているのに!」
「ええ、ですから承りました、と答えておりますが」
三度、同じことを言うバカ息子に、女性は面倒そうに答えている。すると、バカ息子の顔が泣きそうな顔に変わった。
「いやだ~、なんでだよ~、こんやくをはきするっていってるのに~。しっと、してくれないのかよ~」
「嫉妬する要因がどこにあるのですか?」
「い~や~だ~」
にべもない女性に、抱き付かんばかりのバカ息子。
カトルは半眼になりながら、さらさらと持っている紙に記していく。会話そのものは、録画されているので記す必要もないのだが、やはりその場にいなければ分かりにくい雰囲気、お互いの表情というものは、立ち会い者の所感として報告しなければならない。
(まあ、こいつらはもう駄目だろうな)
書き終わると、カトルは二人に近づいていく。嫌がっている女性に抱き付こうとするバカ息子をどうにかしなければならない。




