始まり
ゆるっとした世界のお話です。
主人公は転生者ですが、異世界からかは不明です。
「……婚約を、破棄する!!」
美しい煌びやかな男性が叫ぶ。この国の第一王子ファビアン殿下だ。
――その瞬間。私の脳裏には走馬灯のように前世の記憶が流れこんだ。……今の私ではない1人の女性の人生が。
ライデン王国の第一王子ファビアン ライデン殿下と侯爵令嬢である私セシリア リースハウトは、一応幼い頃から決められた婚約者。それがいきなり『婚約破棄』だなんて……。私なりにショックだったからかもしれない。まあ、愛してなんかいなかったけれど。
……前世の記憶は今の私には余りにも衝撃的で、頭が混乱して倒れ込みそうになる。
でも、今はそんな悠長な場合ではないわ! 私の人生の岐路なのだから。私はなんとか深呼吸して前方に立つ婚約者であった王子を見る。
ここは、大勢の貴族達が集う王宮でのパーティー。もうすぐ国王陛下もいらっしゃるはず。
……一国の王子ともあろうお方が、こんな大勢の貴族達のいる前で騒ぎを起こすなんて、この国の将来は真っ暗だわ。婚約を解消したければ、父親である陛下に頼んでちゃちゃっと話し合って、無くしてしまえばよかったんじゃないかしら? それをわざわざパーティーで騒ぎを起こして、だなんて……馬鹿なのかしら。
……ああ、あの王子の後ろの子爵令嬢。あの身分違いの令嬢と結婚したいが為の猿芝居って訳ね。巻き込まれるこちらの身にもなって欲しいものだわ。
なんだか私がそこな子爵令嬢をいじめただかなんだか言ってるけど、私はパーティーで会った時にたった一度注意したことしかなくてよ? 婚約者のいる王子に傍若無人な態度で擦り寄る方に注意するのは当然のこと。けれどなんだか身に覚えのない色んな罪が、いっぱいついてきてるわね?
婚約者がいながら他の方と結婚したいなんて、ファビアン王子はそれだけでも不実で最低だけど、更にその婚約者に罪を擦りつけて自分達が幸せになろうだなんて、人として終わっているわね。
王子がお馬鹿な話をずっと得意げに喋っている間に、うん、大分前世の記憶が馴染んできたわ。
……私は前世では女優。アドリブの女王と言われた大女優だった。女優人生55年のこの私が、こんな三文芝居にいつまでも付き合ってはいられないわ。
私が、本物の演技というものを見せて差し上げてよ!
私は大切な婚約者に裏切られた、哀しみにくれる1人の女性を演じる。……息を吐き、スッとその1人の女性となる。
私は、今にも涙が出そうな潤んだ目で王子を見つめた。
「殿下……。まさか……その方とお付き合いをなさっているのですか?」
「……えッ!!」
ギクッ!
王子が動揺した。私に罪を着せてから彼女との事を発表するつもりでしたのね。……私に罪を着せるより先に恋人の存在を大きく周りに印象付けられては困る、ということかしら。
私は、ショックを受けたように目を見開いた。
「まさか……。まさか私という婚約者がおりますのに、他の方に手を出されたと……、そういう事なのでございますか!?」
私は更に目を潤ませ、悲劇のヒロインを演じる。
周囲の人々はファビアン王子に非難の目を向けだした。
……ふふ。私、前世ではこういう役をよくやったのよねー。
「な……ッ! ち、違う! そもそも君が彼女に酷いことをするから……! そう、だから私は彼女を慰めただけで……!」
王子は慌てて言い訳をする。
私は、不安な気持ちを抑えながら彼が裏切っていないのかと少し希望を持ちかけた、そんな切ない乙女心を表現する!
「……それでは、その方は恋人ではない、と。そういうお相手ではないと……、そう仰いますのね?」
私は涙を堪えながら、震える声で王子に尋ねる。
「……え……、いや、その……。あー……、……そうだ。王子たる私がそのような不実な事をする訳がない! ……のだが……」
何やらハッキリとしないファビアン王子。
それもそのはず、今やこの王宮のパーティー会場にいる人々はファビアン王子に対して冷たい蔑むような目を向け、この騒ぎに注目していたのだから。
流石は私! 悪役令嬢ならぬ、悲劇のヒロインをバッチリ演じて周りの貴族達の同情を引くことに成功したわ!
王子は自分から声をあげて皆の注目を集めておきながら、貴族達の自分を見る冷たい視線にこの場をどう収めたらいいのか迷い焦っているようだった。
「え〜! 私はファビアンの恋人でしょう?
婚約者のあの女が、私に酷いイジメをするのをファビアン王子が優しく慰めてくださって、私達は晴れて恋人になったのですわ!」
王子に自分との関係を否定されそうになったので、思わずといった様子で後ろに隠れていた子爵令嬢がしゃしゃり出て来た。
……晴れて、ですって! まあ、厚かましいわぁ。それは横恋慕とか略奪とか浮気とか……っていうのよ。
はい。ではそんなド厚かましい方には遠慮なく、悲劇のヒロインは更に攻めます!
「……ッ! ……ではやはり、殿下は私という婚約者がありながら、別な方とそのような不埒な関係におなりになった、と……。そして、邪魔になった私をお捨てになる為に、全く身に覚えのない罪を私に着せこのような酷い仕打ちをなさろうと……!? ……まさか、殿下が……、この国の第一王子殿下ともあろうお方がそのような事を……なさる訳がございませんわよね!?」
ザワッ!
周囲の貴族達が騒めく。その中にはこの国の重鎮ともいうべき方々がたくさんいらっしゃる。……彼らは第一王子派の方々ばかりではない。第一王子の弟である第二王子の派閥の方々もいらっしゃるのだ。
そしてこの国の王太子はまだ決まっていない。
第一王子と第二王子は母が違うことから兄弟仲もよろしくない。そして5ヶ月違いで同い年のお2人は、何かと比べられることが多かった。
そして第一王子の婚約者であった私のリースハウト侯爵家は、当然第一王子派だったのだけれど……。あらあら、一つ味方が減ってしまいましたわよ? もしかして我が侯爵家と共に動く貴族の方々もいらっしゃるかもしれませんし、かなり第一王子派は不利になりますわね……。
そうでなくとも、こんな馬鹿な三文芝居を公式なパーティーで起こして、第一王子を見離す貴族達もいるかもしれませんわよ?
そんなご自分のお立場は一応分かってらしたのだろう。第一王子は周りの自分を見る冷ややかな態度に焦りを感じ始めたようだった。
「あ……。いや……。そのような関係ではない! ……ただ、私は婚約者である君がこの令嬢に酷いイジメをしているから、それを諌めようと……」
「王子ぃ! どうしてですかぁ!? そんな関係でしょ? 私の方が可愛いって、生意気な婚約者に罪をきせて、私を婚約者にしてくれるって、そう言ったじゃないですかぁ〜!」
ザワザワッ!
……はい、自爆。
もうパーティー会場はファビアン王子に対する非難の嵐。今更ながら自分の発言が墓穴を掘ったと顔を青くする子爵令嬢。
ファビアン王子は一生懸命何か言い訳しているけれど、もう後の祭り。
正直もう大勢は決まってるんだけれど、やっぱりここは締めておかないと……ね。チラリと後ろを見ると、そこには私の父リースハウト侯爵が控えてくださっている。うん、いい立ち位置ですわ。流石はお父様。
「殿下……! 私、信じておりましたのに……。幼き頃より殿下をお支えする為に王子妃教育に私の人生のほぼ全てをかけてまいりましたわ……。……それが、まさかその私に罪を着せ他の方と結婚なさろうとしていたなんて……。ああ……! 信じておりましたのに……!」
私は悲しみに涙を流しながら絞り出すように言葉を紡ぎ、ショックの余り倒れそうになる……、演技をする。
そこに、お父様がやってきて私を抱き留めてくださった。まるで台本でもあったかのように、素晴らしいタイミングでしたわ! お父様は私の身体を支えて労るような視線を送ってから、キッと鬼の形相で第一王子を睨む。
「殿下……!! なんと、なんという酷い仕打ちを……! 長年の婚約者である我が娘にこのような非道なことをなさるとは! 我がリースハウト侯爵家は、この恐ろしく不当な扱い、非道な出来事を国王陛下に奏上させていただく!!」
途端に真っ青な顔になるファビアン王子。
次期王太子がまだ確定していないこの時期、味方である有力な我が侯爵家を敵に回してまで何をしてるのかしらねぇ。少し考えればこんな事をすれば我が侯爵家を敵にまわす事くらい分かりそうなものだけれど。
……ああ、あのお花畑の頭でお似合いの子爵令嬢と婚約する事しか頭になかったのね。
「ま……、待ってくれ! こ、これは誤解で……! そもそも貴方の娘がこちらの令嬢に酷い仕打ちをしていたのだ! 私はそれを諌める為に言っただけで……! 侯爵よ! 貴方は私に義父と呼んでくれと、そう言っていたではないか……! 我らはそれほどの仲ではないか……!」
王子はお父様に縋り付かんばかりに言ってきたけれど、
「……殿下が今、我が娘に婚約破棄を申し付けられましたので、そのご縁はスッパリ切れました。我らはなんの事はない、全くの赤の他人の仲でございます」
お父様は、冷たく言い放った。
「そ……、そんな……。で、では、婚約破棄を破棄する!! ほら、これで元通りだ! 侯爵よ、貴方の息子だそ!」
第一王子はとんでもなく馬鹿な事を言い出したけれど、コレでまた会場は紛糾した。
「王子ぃッ! 恋人の私を捨てるのですかぁ!? あの女と別れるって、このパーティーで皆に認めさせるって、言ってたじゃないですかぁ! 婚約破棄を破棄だなんて、させないぃッ!」
捨てられそうになった子爵令嬢が王子に掴みかかっていき、それを王子は必死で止めていた。
……スゴイ修羅場ですわね。
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