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オイタナジー  作者: 安菜
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第六話

ざわざわと、耳元で風が踊った。

髪が、風と共に揺れ動き、首元や耳を擽る。魅鈴と莉玖は、二人しっかと手を繋ぎ合い、一心不乱に獣道を進んでいた。

二人の頭上に聳えるのは樹齢約百年の木、木、木。

深い深い森には死人も出なくはないという噂があったようだったが、それでも二人は立ち止まらなかった。

二人がただただ目指すのは、天を取り戻すこと。

独占という欲に溺れ、(まみ)れ、前を見る眸すらも失ってしまった天の手を、二人で光に導くため。

高過ぎるとも低すぎるとも取れない、二人の目的を達成するためだ。


何故二人がそんな奇妙な森に入っているのかといえば、それはその森に伝わる噂を頼りにして、という理由だ。

その森は、「悪魔の住処」を通称とする。

なんでも、その森の近くに住む老夫婦によれば、数十年前から女が住み着き、それからというもの森の奥で青白い光が毎晩空に向かって放たれているという。

なんとも信じ難い昔話のような話だったが、今力を求めている二人にはそんな頼りない噂も信じるしかなかったのだ。


「っわ、いた、…っ」

「おい、気を付けろよ、後もう少しだ…多分。」


突然、がくんと体勢を崩した魅鈴が、捻った左足に手を添えて座り込む。

驚いた莉玖が、ぜいぜいと息を切らしながら振り返り、立ち止まった魅鈴のほうへと足を運ぶ。

魅鈴は、痛みに顔をゆがめながらぎりぎりと歯を食いしばった。


「い、っつぅ、ごめん。莉玖。」

「・・・大丈夫だよ。少し、休むか?」

「ううん。行こう。」

「でも、」


その足では、と続けようとして、やめる。

二人には、時間が無いのだ。

天は、今にも力を手に入れ、自分達の手の届かない所まで達しているかもしれない。そうすれば、自分達では天を光に導くことはできない。

二人の背後では、そんな悲しい危機感が、今も二人を急かしているのだ。

立ち止まっている、時間は無い。


悔しそうに唇を噛む莉玖。魅鈴は、そんな莉玖を見上げて、つられる様に眉を顰めた。

だが、その時。


「あーらあらあら?お客様?めーずらしいわね?」


「っ!」

「だ、誰?!」


今の今まで気配の無かった前方に、突然現れた人間。

慌てて顔を上げ、息を呑めば、其処にはその場に似つかわしいとは言い難い格好の女性がいた。


栗色の長い髪は腰まで揺らめく様にウェーブし、眉で切りそろえられた前髪の下には藤色のきらきら輝く瞳が有る。

色の白い、肌理(きめ)細やかな頬は、一部分、ほんのり桃色に染まっていた。

すらりと高めの背丈は、方から膝までの大きめのワンピースに包み込み、引き締った細い足は編み上げのサンダルで覆っていた。


感じる違和感は天と似たものなのに、女性からは戦意も殺意も何も伺えない。

きょとん、と呆ける二人。魅鈴は、足が痛むのも忘れてしまったのではないかと思うほどだ。


「どーうしたの?そんなに固まって。」


自分を見て、石のようにかちりと固まる二人を見て、くすくすと笑いながら二人に歩み寄る。

たん、たんと軽いステップを踏みながら近寄る様は、相当その森に通っているようにも見えた。


「あら、怪我しーてるじゃない。」


手を添えている魅鈴の足を見つけた女性が、驚いたように声を上げる。

そして漸く正気を取り戻した莉玖が、はっとして女性をにらみつけた。


「あんた、誰だ。」

「・・・あーらぁ?」


がつり、と、後ろから首を鷲掴み、脅すように掴む力を強める。

緊張感の欠片も見当たらない間の抜けた声をもらして、女性は動きを止めた。

ふと、莉玖が魅鈴の足を見れば、魅鈴の足には女性の手が伸びている。

ち、と舌打ちをした。


「なにを、しようとしたんだ?」

「・・・・何って、治療ですけど?」


莉玖の刺々しい問いに、ふん、と拗ねた様に唇を尖らせる女性。

つんと前に突き出た鼻の頭が可愛らしかったが、莉玖はそんな不真面目である考えに叱咤をした。


「お前は、この森に住む悪魔か?」

「・・・失礼しーちゃうわねぇ。私は悪魔なんかじゃなく、デルーストーム使いよぉ。」

「で、るーすとーむ・・・?」


喫驚にて、痛みを忘れていたであろう魅鈴が、また痛みに顔をゆがめる。聞きなれない言葉を耳にし、不意に口にすれば、女性はこくんと頷いた。


「貴女達、もしかして、デルーストームを手に入れに来たわけぇ?」

「そうだ。」


短い莉玖の返答に、ますます唇を尖らせる。目も、少し細めたようだった。

ざわりと一度、風がざわめく。それに伴い、足元の雑草や、頭上の木の葉が揺らめいた。

彼女の長い髪も、一緒に揺れる。

色は違えど、川のようにも見えるそれに、莉玖は、ほうと心の中だけで溜め息を吐いた。


「人に物を頼むとき、そんな態度でいーいわけぇ?」

「・・・。」


じとり、と背後にいる莉玖を睨みつける。藤色の眸が、莉玖を写した。

彼女の眸は、幾千もの光が集まってできたのではないか。そんな錯覚すら起きる美しい眸。莉玖は、ふらりと目眩がした。


何も言わない莉玖を見て、女性は不機嫌そうな顔をまたゆがめる。もう、女性としてどうなのかと問いたくなる表情だ。

はあ、と長く大きな溜め息を吐き出せば、彼女は莉玖の手を振り払って立ち上がった。


「出直ーしたら?」

「っ、は?」

「私は、貴女達みたーいな失礼な人のお願いは聞いてあげないわぁ。」

「そんな!」


あんまりだ、とでも言うように、魅鈴が悲痛な声を上げる。だが、女性はそれを咎める様にぎろりと魅鈴をにらみつけた。


「怪我は治してあげるけど、失礼な人のお願いを聞いてあげるほど、私は心は広くないのーよぉ。」


踵を返してさっさと二人から遠ざかる女性。

二人は、一瞬気まずそうに顔を見合わせてから、仕方ないか、と溜め息を吐いた。

魅鈴は、足に違和感を感じ、添えていた手をどかす。

するといつの間にか、そこには腫れはなく、普段どおりの足があった。


「・・・・璃玖、」

「ん?」

「これ、」


呆然としながら莉玖を呼び、自分の足を指差す。莉玖も、息を呑んでそれをにらみつけた。


「・・・辿り、着いたのかな?」

「・・・まずは、もう一度出直したほうがよさそうだけどな。」


莉玖の言葉に、足に痛みが無いかどうかを確かめ、すくっと立ち上がる魅鈴。

莉玖は、来たときと同じように魅鈴と手を繋ぎ指を絡め、もと来た道を戻って行ったのだった。




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