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魔術師響子さんの事件簿  作者: 春光来栖
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消えた子供

しばらく毎日投稿しますのでよろしくお願いします!

 バン! と乱暴にドアを開ける。

 事務所の中にはカップ麺や、ビールの空き缶。灰皿には煙草が溜まっていた。

 ソファーの真ん中に毛布に包んで、すうすうといびきをあげる黒髪の女性。

「響子さん。起きてください。響子さん!」

 俺が響子さんの体を強く揺らすが、起きない。       

「響子さん? いいんですか? いつもの『アレ』使いますよ?」

「……」

 仕方ない、と俺は響子さんに教わったように指を鳴らす。

 ドカーンと爆発音が鳴り響いた。

 煙が充満し、俺たちは激しく咳き込む。

「ゲフッゲフッ。奏多くん! 窓! 窓!」

 起き上がった響子さんが的確な指示を出す。

「は、はい!」

 俺は急いで窓を開けた。すると、その煙はあっという間に外へ流れていった。外では「あの煙なんだ?」「もしかして……火事?」という声が聞こえてくる。俺は慌てて「すみません! 大丈夫です! 火事じゃありません!」と叫ぶと、近所の人たちは興味を無くしたようで、再び会話に花を咲かせ始めた。それを見て、安堵すると隣から不満そうに頬を膨らませた女性がいた。

「……ちょっと、奏多くん? 起こしてくれるのはありがたいけど、それを使って起こすのはやめて欲しいかなぁ」

「だって、響子さん。僕が『旋律爆破』を使わないと、起きてくれないじゃないですか?」

 『旋律爆破』、俺が響子さんから唯一教えてもらった魔術である。効果は爆発音と煙をまき散らすぐらいしかない。別に最強の爆裂魔法とか、名前が変だったりはしない。

「それは……そうなんだけど」

 アハハ、と誤魔化したように笑う響子さん。

「で、この散らかり様はなんですか?」

 俺は部屋を指さす。床には脱いだ洋服や、丸めたティッシュなどが散乱している。

「ああ……えっと、お腹が空いて……。奏多くんが作ったお弁当食べたらビール飲みたくなって……」

「……それで?」

 響子さんは親に怒られそうになった子供のようにびくびくしながら、俺に背を向け、ソファーに座った。

「それで……。えーと。ぐ、ぐー。むにゃむにゃ」

「寝たふりしないで下さい」

 狸寝入りしようとした響子さんを、俺は許さなかった。

「え、えっと……。ごめんなさい」

 俺はため息をついた。まったく。昨日掃除したばかりだというのに……。

「響子さん。いいですか? 今日という今日は自分で片付けてください」

「えーそんなー。奏多くんがやってよー!」

「ダメです」

 そう聞くと、響子さんはプスーと顔をむくれさせる。

「ちぇ。じゃあ、魔術でどうにかするからそのままにしておいて」

「魔術が使えるなら今使ってください」

 俺は少し嫌味を承知で言う。

「で、でも、今は朝だし、あまり魔術使えないこと、奏多くん知ってるよね?」

「はい。知ってます。もちろん僕は『旋律爆破』しか魔術を使えませんので、力は貸せません」

「え、ええ……」

 しばしの沈黙。遠くで鳥のさえずりする声や、おばさん達の世間話が聞こえてくれる。外からは春の温かな匂いが風に乗ってやって来るのを感じた。

 響子さんは、俺のことをただじっーと目をウルウルさせながら訴えてくる。

 犬か! 犬なのか!? やめろ! そんな目で俺を見るな!

 しばらく見つめあい、勝者が決まった。

 先に折れたのは俺の方だった。

「はあー。仕方ないですね。今日だけですからね。次はなしです」

「やったー! ありがとう! 奏多くん! 大好き♡」

「はいはい。ちゃんと手伝ってくださいよ」

 全くもってありがたみのない言葉を貰いつつ、俺は部屋の掃除に取り掛かる。

 一体、人生で『今日だけ』という言葉を使ったのは何度目だろうか。自分で自分が嫌になる。

 響子さんの事務所であるここ『響子探偵事務』に助手兼弟子として暮らして、もう数ヶ月ぐらい経つが、響子さんのだらしなさは、もはや矯正しないといけないレベルで問題だ。

 響子さんは、昨日掃除したばかりの部屋を、一日でゴミ屋敷に変える才能がある。もっともこの人の場合、それを魔術で行っているかもしれないし、世にいる魔術師はみんなこんな感じなのだろうか。響子さん以外に見たことがないからわからない。

 ただ、自分が甘いという自覚はある。我が最愛の妹である鈴女をこれでもかと甘やかしすぎて、同級生からシスコンと言われたが、いいんだ! 俺はシスコンで! 妹は世界を救うんだ!

……ちなみに最近は、なにか世話を焼こうとしても、「お兄、キモイ」と一括される。まあ、鈴女は今年で高校生になる。複雑な歳なんだろう。いや、むしろそうであってくれ!

 そんなことは置いておいて、俺は響子さんの顔を見る。

 響子さんはさも嬉しそうに、笑顔を向けている。

 この笑顔は反則だ。可愛いは正義というが、間違いない。

 だから、俺は妹にも、響子さんにも甘い。だが、それでいいと思う自分もいる。

 さて、次は灰皿でも……。

 俺が灰皿に手を伸ばそうとした時、指から出した火で煙草を蒸かしている響子さんの姿があった。

 ……やっぱりだめだ。早くなんとかしないと。

 俺はそう決心して、響子さんの煙草を取り上げた。


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