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疑惑の日記帳

 ユリアさんは若干白いものの混じる髪をかき上げて汗を拭いながら、庭に群生している薬草達に一心不乱に水をあげている。

 丹精込めたユリアさんの宝物。

 切り傷だろうと火傷だろうとユリアさんの薬草で作った塗り薬は治りが早いと評判が良い。

 毎日泥だらけになって薬草園を手入れするのはユリアさんにとって毎日の日課以上のものであった。

 私が近づいても気が付かない位、何か小声で薬草相手に話し掛けている。


「ユリアさん、少し休んで下さい。お身体に触りますよ」

 そう言ってタオルを差し出すのは弟子である私、シモーヌだ。

 ユリアさんはもう歳だ、若い頃のように無理の効かない体になった。

 しかしこれだけは他人には任せられない……そう彼女は言う。


「そろそろ薬草園の管理は私がやりますよ」

 シモーヌはユリアさんが頷かない事も承知で、それでも声を掛ける。

此処(ここ)だけは私の生き甲斐なんだ、まだまだ大丈夫さ」

「そうは言ってもこれだけ日差しが強いとお身体が心配です」

「シモーヌは優しいね。でも薬草達と話をしながらの水やりは私の楽しみだから邪魔しないでおくれ」

 シモーヌは知っていた、ユリアさんにとってここがどう言う意味を持つ物なのか。

 そして胸の奥がズキズキ痛んだ。


 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎


 シモーヌは部屋の窓から風に揺れる青々とした見事な薬草園を眺めた。

 かつてシモーヌの父が愛した薬草園。

 愛し合った二人の象徴。

 ふとそこに若い二人が笑いながら手入れする姿が見えた気がした。

 シモーヌは生まれてきた事をあの日からずっと後悔していた。

 シモーヌが出来てしまった事で引き裂かれた恋人達。

 それ以来師匠であるユリアさんへの贖罪(しょくざい)の気持ちが(ぬぐ)えない。

 ユリアさんはこの薬草園と小さな薬屋をずっと一人で守って来た。

 本来なら家族に囲まれて明るく賑やかに過ごせたかも知れないのに。

 あの畑の薬草がユリアさんから父へのラブレターのような気がしてならなかった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 運命は残酷だ。

 シモーヌは物心ついた頃から両親の不仲を敏感に感じ取っていた。

 父は寡黙で真面目に働く評判の良い男だったが、家庭には無関心で家にも滅多に帰っては来なかった。

 父の働く薬屋に父専用の小さな部屋があり、どうやらそこで寝泊まりしている様だった。

 でも一家の長として生活費はきちんと入れてくれていて、母も体の弱い祖父母もシモーヌも衣食住に困った事は無かった。

 そして教育に至っては女性では珍しく高等薬師院まで進ませて貰い父と同じ道を歩む事となった。

 其の高等薬師院在学中に両親の秘密を知ってしまった。


 全寮制である薬師院は入学も難関だが卒業が難しく、卒業生は何処からでも引く手数多(あまた)で将来を約束されたと言ってもいい程だった。

 勉強についていくのに必死のシモーヌは滅多に家に帰れなかったが、その日は都合よく帰省が叶う事になった。

 父の働く薬屋に顔でも出そうと実家に帰る前に何の気なしに寄ったシモーヌが、父の不在を知ったのは到着してからだった。

 父の寝泊まりしている部屋が見たくて掃除を申し出ると快く通して貰えて懐かしい父の匂いと薬品の香りのする部屋で窓を開けて掃除を始めた時だった。

 本棚の本の陰に一冊だけの日記帳を見つけた。

 父に日記を付ける習慣があったのかと悪気もなくパラパラとめくった時に思いもかけない事が綴られていた。

 シモーヌにしたら仕事一筋の父、薬屋の事や薬品の事が書かれているのだと思ったら一人の名前で埋め尽くされていた。

 名前はユリア、余りにその名前ばかりなので悪いと思いつつも読んでしまった。

 其処には切ない程の愛の言葉が並んでいた。

 母や自分の名前を探したが見付からず日記にはその人の事しか書かれていなかった。

 手が震え動悸がしてやっとの思いで日記を元の場所に戻すと、逃げるように父の部屋を後にした。

 父は不倫でもするつもりなのかも知れない、シモーヌはそのユリアという名の人物を探す事にした。


 ユリアという人物は直ぐに見つかった、薬師として有名な人物ではあるものの街を嫌い森の中の一軒家で暮らしているのだと言う。

 父を疑う訳では無いがあの日記を見てしまってからは父が家に帰らないのもそのユリアという女性に原因があるのでは無いかと思ってしまう。

 でも訪ねるには勇気がない、それで父方の祖母に話を聞く事にした。

 隣町に住む祖母はユリアという名前に顔を曇らせた。


「やっぱり父さんの愛人なの、その人?」

「シモーヌ、どこでその名前を耳にしたかは知らないが、その人を悪く言うのだけは許さないよ」

「どうしてよ、お婆ちゃん。その女のせいで父さんは家に居着かないんじゃ無いの?」

「何だい、あの子が不倫でもしたって言うのかね」

「そうじゃ無いけど……」

「あんたの母さん達から悪口でも聞いたかね」

「お婆ちゃん、母さんはそんな事言わないわ。……達ってお爺ちゃん達の事?」

「だったら何でそんな事聞くんだい」

「……」

 暫く考えて日記帳の事を話した。

 するとお婆ちゃんは何も言わずに奥から大きな木箱を持ってきた。

 ホコリを布で拭ってから開けるように言われた。

 そこには日記帳と思われるノートや小物類が入っていた。

「読んでみるがいいさ、シモーヌも知っておいてもいい歳だ。他の人に聞かされるよりはマシだろう」

 何だか含みのある言い方にイライラしながらノートを手に取る。

「父さんはこのノートが一杯になったらここに入れに来る。あの子の全てだよ」



短編では収まらないので2話ものにしました。

何か感じていただけたら嬉しいです。

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