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装甲鉄騎センラン  作者: 摂津守


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 三


 『神域』。未踏地であり野生の楽園。そこに二騎の装甲鉄騎がいた。

 一騎は純白、もう一騎は深い茜色。

 二騎は操縦席を開き、操縦者はそこから肉眼で、膝下を見下ろしていた。


 そこには四騎の装甲鉄騎の残骸が並べられ、横たわっていた。

 その奥には十メートルを超える断崖があり、頂点から滝が流れ落ち、飛沫が虹を作っている。

 並べられた四騎の装甲は雨や泥砂をかぶり、塗装も元の面影を感じさせないほどハゲ落ちている。可動部も酷くくたびれている。残骸が残骸となってからそれなりの月日が経っていることは火を見るより明らかだ。


 「竜にやられたんでしょうか?」


 茜色の鉄騎の操縦者が言った。凛とした女性の声だった。独り言のような呟きだったが独り言ではない。声は鉄騎備え付けの通信装置に拾われ、僚機である純白の鉄騎へと伝えられている。

 彼女は全身漆黒だった。頭には、バシネットのようなフルフェイスタイプの仮面、ロングコート、ロングブーツ、手袋、どれも月のない夜の海のような黒さ。

 身長は百七十センチくらいか。華奢に見えるがヤワではないだろう。何せ腰には二振りの黒鞘の刀が差してある。それがまたよく似合う。おそらくは相当な使い手に違いない。


 「いや、違う」


 純白の鉄騎の操縦者が、やはり通信装置を挟んで漆黒の女に言った。こちらは男だ。見た目の若さのわりに深みと落ち着きのある低い声だった。

 彼は純白で端正だ。明るく、ややクセのある明るい茶髪、氷のような色の目、引き締まった白皙の頬と赤い唇。全体的に大人びた雰囲気が見て取れるが、目元にはまだあどけなさが残っている。身長は百八十センチほどで、太くも細くもなくバランスよく鍛えられている。愛騎と同じく白を基調とした装いは、いわゆる一流格の武士にしか許されないものだ。


 「四騎全てが操縦席をやられている。それもほぼ一撃。それ以外に目立った傷はない。竜や獣が操縦席だけを狙うとは考えられない。つまり四騎は鉄騎にやられたと考えるべきだ」


 純白の男が言った。


 「しかし、『こけし』が鉄騎を所有しているという情報はありませんでした」


 「正しくは、『鉄騎の所有を確認できなかった』だ。絶対に持ってないと保証したわけじゃない。だからこそ、こちらは四騎も差し向けたわけだ」


 「それも選びぬかれた四騎……」


 漆黒の女は嘆息した。


 「この四騎を倒すにはそれなりの数が必要なはずですが、『こけし』はどうやってそんな数の鉄騎を揃えたんでしょうか? 家中の不穏分子が密かに『こけし』を支援しているのでしょうか?」


 「『こけし』が何らかの支援を受けている可能性は否定できないが、四騎をやったのはごく少数の鉄騎じゃないかと俺は考えている」


 「ごく少数とは?」


 「多くて二、三騎だが、俺は敵はたった一騎だったんじゃないかと思ってる」


 「た、たった一騎ですか!? たった一騎に精鋭四騎がやられたと言うのですか?」


 「俺も信じられない。だが、状況がそれを物語っている。多くの鉄騎が乱戦を繰り広げたなら、周囲には多数の鉄騎の足跡が残るはずだ。だが、それらしい形跡はない。どころか、争った形跡さえ窺えない」


 「雨や風で流れてしまったのでは?」


 「鉄騎は大きく重い。完全に痕跡を消すのは難しいし、雨風に任せるならもっと時間が必要だ。足跡だけじゃない、四騎の傷もそうだ。傷は一騎を除いて、前面からの傷しかない。敵が数で勝っているのなら、一人が正面から立ち会い、残りは背後から容赦なく襲いかかるのが定石だ。傷も現場の状況も、敵の数が少なく、また、争いと呼べるほどのやり取りがなかったことを明示している」


 「『こけし』が一瞬で四騎を葬った、そうお考えなのですね?」


 「相手が『こけし』とは限らない。何せ『観察者』の報告では、『こけし』は生身で神域へと逃げたそうだからね。マレカが言うように支援者がいたのかもしれないし、また別の何者かによるものなのかもしれない」


 マレカとは漆黒の女の名前だ。


 「剣が二本なくなっている件はどう考えます?」


 漆黒の女マレカが言った。


 「確たることは言えないね。必要だったから持っていったんじゃないかな? それよりも、『こけし』が生身で神域に逃げたことの方が気になる」


 「確かに、神域を生身で行くのは自殺行為と言ってもおかしくないですからね」


 「四騎に追われれば神域ぐらいにしか逃げ場はなかったとも考えられなくはない……、いや、生身でここまで逃げてきたと仮定すれば無理はないか。生身で神域へ入ることに自信があり、その先に四騎を仕留める罠が仕掛けられていたとしたら……、だとしたら、これは予定調和だったのだろうか?」


 「完全な予定調和だったとは思えません。『観察者』の報告では、四騎は『こけし』を急襲し、『こけし』の庇護者一名を仕留めていますから。四騎もの鉄騎を撃退できる備えを普段からしていたのなら、庇護者は死なずに済んだと思います」


 「そうだ、確かにそうだな。マレカの言うとおりだ」


 「となると、『こけし』はやはり神域へ逃げたというよりは逃げ込まざるを得なかった、ということかな」


 純白の男はきょろきょろと左右を見回した。原生林、残骸、断崖、滝、彼はもう三時間以上これらを眺めている。今また目を凝らしたところで、とくに新しい何かが見つかるわけではなかった。相変わらず日は眩しく、気温が段々と高くなってきていた。


 「暑くなってきたかな」


 純白の男が独りごちた。


 「そうですね」


 独り言は通信装置に拾われ、マレカは相槌を打った。

 周囲は、漆黒と純白の二人によってあらかた調べつくされていた。後は回収班を待つのみだった。

 二人はしばし暇を持て余した。神域は油断のならない場所だが、幸い辺りは静かそのもので、竜や巨獣の出る恐れはなかった。

 ふと、純白の男の視線が滝へと向いた。滝を見ていると、彼の頭に閃くことがあった。


 「滝に入る」


 純白の男が言った。


 「あ、アスラ、突然何を言い出すのですか!? 仕事中ですよ! 滝で遊ぶなんて言語道断です!」


 アスラとは、純白の男の名前だ。


 「これも仕事の内だ」


 そう言って、アスラは操縦席を閉めた。鉄騎ごと滝に入っていった。

 仕事と言われれば従うしかない。マレカは、とりあえず彼の背後を守るために、自らも操縦席を閉め、純白の騎体の後ろに立った。


 「何か見つかりました?」


 マレカが聞く。


 「いや、特には」


 アスラの鉄騎は滝壺に頭を突っ込んでいた。が、滝壺にはこれといって気になるものはなかった。それからざぶざぶと鉄騎ごと滝の中へと入っていった。

 滝は浅く、水深一メートルと少しくらいしかない。

 純白の鉄騎は流れ落ちる滝へと近づくと、やがて滝行するように滝へと入っていった。


 「気をつけてくださいよ。鉄騎とはいえ、流木に当たると傷つきかねません」


 マレカが言った。

 しかし返事がなかった。

 気になって振り向くと、純白の鉄騎の姿は滝のどこにも見えなくなっていた。ただ、滂沱と流れる滝があるだけだ。


 「アスラ? どこに行ったのです?」


 「滝にいるよ」


 「滝? 見えませんが」


 「正確には滝の向こう側だな」


 直後、純白の鉄騎が流れ落ちる滝の中から突然姿を現した。


 「滝の向こう側にちょっとした空間があった。鉄騎一騎分くらいは楽に入る空間だ。ひょっとしたら『こけし』はここに鉄騎を隠していたのかも知れないな」


 「こんなところにですか?」


 「こんなところだからこそ、隠すにはうってつけなのかもしれないな」


 「でも、不便では?」


 「確かに。ひょっとしたら、襲われなければそのまま使わないつもりだったのかもしれないな」


 「眠れる獅子を起こしてしまった?」


 「それを言うなら『眠れる()()()』かな? まぁ、まだわからないよ。これも推測に過ぎないからね」


 そう言いながらも、アスラは自身の推測に自信があった。その口元には笑みが浮かんでいた。

 アスラは騒乱を予期した。四騎の刺客が取り逃がした『こけし』が、やがて都を巻き込む騒乱の台風の目となる日が来ることを願った。

 騒乱は望むところだった。平和に凝り固まった平時では一段飛び、二段飛びの華々しい出世など望むべくもない。しかし、一度乱が起これば、立ち回り次第ではどうにでもできるし何にでもなれる。


 そう、天下を獲ることすら夢ではない。

 絶対に天下を獲る、とはアスラもそこまでは意気込まない。ただ漠然として人並み外れた出世欲があるだけだ。

 故あれば事を為す。走り始めたら立ち止まらない。走って走って、辿り着いた先がどこであれ、そこがゴールだ。これがアスラの人生哲学だ。

 『こけし』の安否は杳として知れない。今回の調査では『こけし』の生死や行方を示すものは何一つ見つけられなかった。

 乱を望むアスラにとっては都合のいい調査結果だった。報告することは何も無いに等しい。生死不明、行方不明、となると追跡は不可能。あとは待つしかない。待っていれば、やがて『こけし』は都に姿を現すだろう。


 (その時こそ、俺の活躍の時だ)


 とアスラは胸中で呟き、笑った。


 「アスラ、どうかしましたか?」


 突然、通信装置からマレカの声がした。


 「いや、どうもしないが?」


 「そうですか。急に静かになったものですから」


 マレカの声に訝しむような様子はない。ただ単に、少しばかり心配になっただけのようだ。


 「いや、ちょっと考え事をしていたんだ。何も問題はない」


 さすがに、『都に騒乱が起こることを夢想していた』、とは正直には言えない。いくら気心知れた間柄でも、迂闊なことは口にできない。どこに『観察者』の目や耳があるか知れないからだ。

 遠くから車輪の音が響いてきた。残骸回収班の車だ。


 「後は彼らに任せよう」


 アスラが言った。

 アスラとマレカの二騎は、回収班と合流し引き継ぎを済ませると、回収班を残して二騎は神域を後にした。

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