三十四
三十四
黒い鉄騎、それは言うまでもなくクロウのセンランだ。
闖入者に、近衛たちは一斉に剣を向け、挑みかかった。
最も近かった三騎の近衛の突きをかわすと同時に、クロウは二刀で急所を斬り払った。右手の一刀はイッテツの鍛えたあの黒い刀、シンゲツだ。左手の方はおそらく道中の敵から奪ったものだろう。
クロウの目にも留まらぬ剣に、三騎が一瞬にして倒された。
続いて二騎が剣を突きこんでくる。さすがは近衛、肚が据わっている。
が、近衛といえども、クロウとセンラン、そしてシンゲツの前では風の前の塵に同じ。突きをすり抜けるようにかわすと、先に突きかかってきた一体を斬り、後の一体を突き倒した。
「貴様ら、止めェッ! 下がれ!」
龍王タクスの一喝。近衛らはクロウへ挑みかかろうとしたその足を止め、切っ先を向けたまま、しずしずと龍王の元へと後退した。
テンガイはスクラップと化したコテツから大剣を引き抜くと、その切っ先を黒い鉄騎センランへと向けた。
「またお前か」
タクスが嘲笑った。
「今日は良い日になりそうだ。忠臣面の裏切り者はここに成敗した。更にはしつこい蝿も駆除できるとはな」
タクスはクロウへと聞こえるように言い、高笑いした。本人は王者の余裕たっぷりといった風に見せたかったのだろうが、クロウの目には暴君にありがちな驕慢にしか見えなかった。
(……)
クロウはちらりと目の端で、テンガイの傍に横たわっている鉄騎の残骸を見た。タクスの口ぶりからそれがマザネの亡骸であることもわかった。
(スクナ、すまん、間に合わなかった……)
マザネの冥福を祈った。付き合いの短いクロウにしてもマザネは好ましい人物だった。きっとスクナにとっては良き養父だったことだろう。それを思うと胸が痛む。
「飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ! 近衛ども、お前らは手を出すな! こいつは俺が嬲り殺してくれる!」
余裕と自信たっぷりのタクスの言葉に、クロウは失笑した。
(悪いが、そうはならない……)
自信のほどではクロウも負けない。
センランは左手に持っていた、敵から適当に分捕った刀を捨て、シンゲツ一振りだけを手に、その切っ先をテンガイへと不敵に突きつけた。
『素っ首、切り落としてくれる』
無言の挑発はタクスにも十二分に伝わった。
「安い挑発だが、敢えて乗ってやろう!」
テンガイが猛然と突っ込んだ。大剣を上段に高く掲げ、センランの頭に向けて振り下ろした。
剛剣だが、見え透いている。クロウが恐れるほどの剣ではない。
(龍王、所詮お前は鉄騎に乗せられているだけだ)
既に先の一戦からクロウはタクスの実力をある程度把握している。そして、今のテンガイの動きから、タクスの実力を見極めた。
(はっきり言って、お前の鉄騎捌きは下手くそだ)
迫りくる剛剣を眼前にクロウはフッと小さく笑った。
テンガイが剣を振り抜いた。そこには何の手応えもなければ、センランの姿もない。
大剣が地を打ち、土を弾けさせるのと同時、剛剣を紙一重でかわしたセンランのシンゲツが、テンガイの肘を撫でた。
センランの一撃は、テンガイの肘関節を守る装甲の一部を削り取った。
斬りつつ、一跳躍、センランはテンガイの背後へと回り込んだ。
テンガイが素早く振り返る。今一度、センランとテンガイが見合う。
「どうした? やはり逃げるしか能がないか?」
タクスは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。
そこに油断がある。タクスはまだ気づいていない。鉄壁の防御を誇る愛騎テンガイが初めて傷つけられたことに。
これまでテンガイは絶対的な防御を誇ってきただけに、それを過信し、それに慢心し、それが未来永劫不変であると思いこんでしまっている。
(どうしようもない馬鹿だ)
クロウはため息をついた。
愛騎が傷つけられたことにも気付かないようなこんな馬鹿を戴かなければならない民衆と、こんな下手くそな馬鹿に使われるテンガイに深く同情した。
(鉄騎が良くても、乗り手がカスじゃ話にならない)
クロウは早々に決着をつけることにした。イッテツの鍛えたシンゲツは予想通りの効果を見せた。それがわかれば、もはや遠慮や躊躇いはいらない。
「いつまで逃げ切れるかな?」
タクスは笑い混じりに言い、テンガイを再び突っ込ませる。肘装甲の欠けた腕に大剣をゆうゆうと持ち、センランへと突撃する。
それに呼応するように、クロウもセンランを突撃させる。
センランはテンガイよりも疾い。テンガイも遅くはないが、センランはそれを遥かに超えている。
「なッ……!?」
さすがのタクスも狼狽した。センランの目にも止まらぬ疾さに。それはタクスにとって未体験の疾さだった。タクスは我が目を疑い、一瞬思考停止した。
イッテツの整備したセンランはかつてなく快調だった。以前テンガイと戦った時のセンランは、本職ではないジイが長年整備していたものであり、敵陣を強行突破したり酷使された後でだいぶへたりがきていたが、今のセンランはイッテツのおかげで新品同様のコンディションを誇っている。
それを操るクロウも未だ疲れておらず、攻撃においてはイッテツの鍛えたシンゲツもある。
本調子のセンラン、クロウ、そしてシンゲツ、この三つが揃えば、タクス程度の操るテンガイなどは敵ではない。
センランのシンゲツが煌めいた。
神速の一撃。センランの動きすら定かでないタクスの目に、センランの剣が見えるわけがなかった。
シンゲツはテンガイの肘へと吸い込まれた。
鈍いが、確かな手応えがシンゲツからクロウの手に伝わる。
テンガイの肘関節から金属片が飛び散る。肘をわずかに砕いたが、破壊するには至らない。
(さすがに硬いな。だが、やれる!)
キラキラと輝きながら砕けるテンガイの肘関節を見て、クロウは勝利を確信した。
センランは右方向に倒れ込むように身を翻し、テンガイの大剣をかわした。
「チョロチョロとッ!」
タクスが吼える。打ち下ろした大剣を今度はすくい上げるようにして斬り上げる。
この時、タクスの手に奇妙な違和感が起こった。傷ついた肘関節が大剣の重みと自らの力に負け、悲鳴を上げていた。
違和感があるのに、タクスはそれに気付かなかった。いや、むしろあえて無視した感もある。
『テンガイはかつて一度も傷つけられたことがない、つまりは絶対防御、それは最強の証明』とタクスは信じ切っている。絶対的信頼による思考停止は感覚を鈍麻させてしまっていた。王者の奢りだった。
(鈍い……!)
クロウのほうがテンガイの異変を鋭敏に感じ取った。
テンガイの剣は明らかに鈍っていた。それは肘の故障からきていることはクロウの目に明らかだ。
センランは余裕をもって後方に跳躍、斬り上げられた大剣を簡単にかわすと、今度は素早くテンガイの懐へと詰めた。
高々と上がった大剣、それを支える腕、肘、その下へと潜り込んだセンラン。
(終わりだ……!)
一閃、シンゲツは苦もなく、一瞬のうちにテンガイの肘を寸断した。
落ちる腕。地に刺さる大剣。タクスの目に、断たれ、落ちゆく腕と剣がスローモーションに見えた。
タクスの目は震え驚愕に見開かれている。驚愕は一瞬のうちに恐怖へと変わった。ようやくタクスは自身の生命の危機を察知した。
(ばッ……かな……!!!)
テンガイの鉄壁の防御とともにタクスの自信は砕け散った。自信と驕慢は完全に失われ、代わりに恐怖が押し寄せた。
「ひぃっっ」
恐怖が小さな音となってタクスの喉から絞り出た。
クロウは攻撃の手を緩めない。テンガイの側面を走り抜けるようにして残った肘を薙いだ。
さすがに一撃では斬れない。
「くぅおッ……!」
タクスが呻きとともに、残った腕で大剣を拾おうとするが、
センランはすぐに振り向き、振り向きざまにもう一撃、肘を斬撃。
テンガイはわずか数十秒の間に、両腕を喪ってしまった。
両腕を喪うということは、もはや為すすべを失ったも同然だ。タクスは恐怖に駆られ踵を返して一目散に逃げようとした。
が、両腕を喪ったテンガイはバランスを崩している。その動作は鈍く、クロウを相手にはもはやあがきにすらなっていない。
クロウは容赦なく、テンガイの両足を斬り払った。
走りかけたところで、テンガイの両足は寸断された。だるまになったテンガイは身をひねり、仰向けに地に倒れ、勢いのままに十数メートルもの距離を滑った。
最強を自認自負していた龍王タクスの鉄騎としてはあまりにも呆気なく哀れ極まる最期だった。
数秒の静寂があった。
敗れ、倒れ伏したテンガイ、それを取り巻く近衛騎たち、そして勝ち誇るでもなくあくまでも悠然と立つセンラン、だれもが数秒の間なんの音も発していなかった。
静寂を破るように、センランがゆっくりとだるまになったテンガイへと歩み寄る。
「貴様ら、俺を助けろ!!!」
タクスの絶叫。
クロウは思わず苦笑した。つい先程までのタクスの余裕っぷりを思うと、笑わずにはいられない。
近衛の誰一人として、タクスの命令をきくものはいなかった。
力で得た忠誠は、力がより大きな力によって敗れ去ったことで急速に失われようとしていた。
たとえ忠誠心があったとしても、タクスを助けるためにクロウに挑みかかるものはいないだろう。クロウと戦ったところで無駄であることはわかりきっていた。
ここにいる近衛全員が、クロウとの力の差を嫌というほどわかりすぎていた。
テンガイの前に、シンゲツを手にしたセンランが立った。
見下すように立つセンランに、タクスは恐怖した。センランの黒い威容がタクスの目に、さながら死神のように見えた。
「ま、待てぇっ!」
タクスが叫ぶ。
「な、何が欲しいのだ? 余はイクノツの全てを支配する龍王だ。お前が望むならなんだってくれてやれる。さぁ、言ってみるがいい。きっと余はお前の願いを叶えよう」
さすがはイクノツの支配者たる龍王、この期に及んでなお尊大だ。
「俺の望みは唯一つ、自由であることだ」
「それは――」
「それはお前がいては成り立たないのだ。俺が自由に生きるためには、お前には死んでもらわねばならん」
「ま、待て! 余がお前に何をしたというのだ!」
「これ以上は時間の無駄だ」
センランがシンゲツを逆手に持ち替え、高々と振り上げた。切っ先は真っ直ぐにテンガイの操縦席へと向けられている。
「や、やめろぉぉぉおおおお………!!!」
タクスの喉から恐怖の悲鳴がほとばしる。
シンゲツの切っ先が煌めき、テンガイの操縦席へと突き立てられようとした、
まさにその時、
どこからともなく細長い何かが、センランに向かって飛来した。
クロウはとっさにシンゲツでそれを弾き飛ばした。
飛来物は鉄騎用の剣だった。
(む……!)
直後、剣が飛来した方向から、一騎の鉄騎が猛然とセンランに向かってきた。
それはとてつもなく疾かった。クロウほどの実力がなければ、それに反応することは難しかったかもしれない。
センランは突如現れた鉄騎に向かってシンゲツを突き入れた。それはほとんど反射的反応だった。考えるよりも身体が先に動いていた。
センランの剣も疾い。闖入者はそれをバランス崩しながらもギリギリのところでかわした。
闖入者の動きが一瞬止まった。
この時、センランと闖入者の目が合った。
闖入者は白い鉄騎だった。クロウはそれに見覚えがあった。鉄騎の形ではなく、その白色に見覚えがあった。
(こいつは……)
前に龍王を襲った時、クロウの前に敢然と立ちはだかった紅白の二騎のうちの白い一騎、形は違うが色は全くの同色。
態勢を崩しながらも、白い鉄騎は鋭い一撃を繰り出した。
センランは後ろへと大きく跳躍してそれをかわした。
(こいつは、あの時の……!)
白い鉄騎の剣の冴えを見て、クロウは確信した。




