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二十八 ※挿絵あり

illustrated by ホーヅキ


 二十八


 夜が明ける頃、クロウは近づいてくる足音で目を覚ました。その左目にもう包帯はない。少し腫れぼったくなっているだけで、傷はもうほとんど癒えていた。

 クロウは側に置いてあった太刀をそっと引き寄せた。いついかなるときもクロウは警戒を解かない。

 小屋の戸が開けられた。開け方の癖からクロウは足音の主が敵でないことを悟った。


 「クロウ殿、起きなされ」


 「うむ」


 クロウは起き上がり、声の主を見た。

 満面の笑みを浮かべたイッテツがそこにいた。徹夜続きの疲労感が目元に色濃く現れている。


 「ついにできたか」


 クロウの言葉にイッテツは深々と頷いた。

 クロウは身だしなみを整え、顔を洗い、水を一杯飲むと、早速イッテツの徹夜の成果を確かめるため、作業場へと赴いた。


 「おおっ……」


挿絵(By みてみん)


 クロウは感嘆の声を上げた。元通りに修復された愛騎と、その膝前の刀掛台に置かれた一振りの黒い剣とそれを納める濃紺の鞘があった。それらは作業場の窓から差し込む朝焼けに照らされ、クロウの目にあまりにも美しく映った。


 「素晴らしい……」


 「見ただけでそれがわかるとは、おぬしもなかなかの目利きよの」


 イッテツは得意に笑う。


 「鉄騎の方は完全に修復した。経年劣化で傷んでいる部分も全てだ。おぬしが使っていた頃より格段に良くなっている。今が最高の状態だ」


 「うむ」


 「剣の方も、わしの人生の中でも最高のものが出来上がった。靭性、剛性、弾性、どれをとってもこれ以上の剣はない。もちろん切れ味も折り紙つきだ」


 「うむ」


 クロウは黒い剣に近づき、その威容を食い入るように眺めた。刃紋はもん色艶いろつや、反り、光の反射加減など、それら全てが己の実力を誇示しているように見える。優れた創造物はその形から優れているものだ。


 「さて、最高の鉄騎と最高の剣とが揃った。あと足りないのは最高の操縦者だけだ」


 挑発的なイッテツの物言いに、クロウは即座に答えた。


 「いや、違うな。最高の操縦者はここにいる。足りないのはその証明だけだ」


 「ならばおぬしが証明してくれるか? この鉄騎と剣が最強であるということを」


 「証明してみせよう。最強の鉄騎を駆り、最強の剣を使い、俺自身が最強の操縦者であるということをな」


 二人は目を見合わせた。

 イッテツは口を大きく開け、大声を上げ大笑した。

 クロウはいつもの涼し気な微笑を返す。


 「では、最強を証明してくるか」


 「ちょいと待て」


 鉄騎に乗り込もうとするするクロウをイッテツが呼び止める。


 「お前さんにはもうひとつ仕事がある」


 「うん?」


 「『名付け』だ。おぬし、まだこいつらに名をつけてやってないだろう? こいつらはただの道具ではない。わしが精魂を込めて作り上げたものだ。そして、おぬしと生死を共にするものだ。いわば一蓮托生の仲間だ。愛着をもって接してやらねばならん。愛着をもって接してやって初めて、こいつらはおぬしに応えてくれる」


 「ふむ、なるほどな」


 クロウは沈思し、ややあって、


 「こいつは『シンゲツ』だ」


 黒い剣を指差して言った。


 「こいつは『センラン』だ」


 今度は鉄騎を指差して言った。

 クロウはパッと頭をよぎった名をそのまま付けた。インスピレーションをそのままにだ。


 「おかしくはないか?」


 「いや、全然。どんな名であっても、持ち主が心を込めて命名すればそれでいいのだ」


 「そういうものか?」


 「そういうものだ」


 イッテツはニッと歯をむいて笑った。

 直後、フラッとよろめいた。

 クロウはイッテツに駆け寄り、両腕でイッテツの身体を支えた。


 「大丈夫か?」


 「いやぁ、すまんすまん。流石に疲れすぎたわ。老いると無理もきかんな」


 「無理させてすまなかったな」


 「なに、自分のためだ。さて、わしは疲れたから少し休ませてもらうぞ」


 「ああ、果報は寝て待っていてくれ」


 イッテツは作業場の隅に敷いてある仮眠用の布団にのそのそと歩いていくと素早く潜り込んだ。


 「武運を祈る」


 そう言うなり、イッテツはすぐに眠りに落ちた。わずか数十秒後には大いびきをかき始めた。

 その隣をクロウ駆るセンランは起こさないようにそっと作業場を出た。

 出たところに、いつの間にかカシャが立っていた。カシャはセンランに対して小さく手を振った。

 クロウは胸部装甲を開き、カシャに手を振り返した。


 「世話になった。行ってくる」

 クロウの言葉に、カシャは小さく頷いた。

 胸部装甲を閉じると、カシャの側をひとっ跳び、センランは王都に向かって駆けた。

 一瞬にして見えなくなったセンランを見送り終えるとカシャは、作業場へと入って大いびきのイッテツの傍にとぐろを巻いて横になった。

 カシャはイッテツと久々の二人きり、水入らずの朝寝を楽しんだ。


 センランは神域を駆ける。腰にシンゲツを携え、王都目指して一目散に駆ける。最高の鉄騎、最高の剣を手にしたクロウの顔に、我知らず微笑が浮かぶ。今から仇敵を殺めるとは思えない、まるでクリスマスプレゼントをもらった子供のような無邪気で爽やかな微笑。

illustrated by ホーヅキ

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