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 二


 「あーあ、もったいない。貴重な『ヤマバミ』が」


 雑音混じりの同士の声が、『霊波通信』を介してクラノ・センゴの耳に届く。

 霊波通信とはいわゆる無線だ。人に備わる不可視のエネルギーである『霊力』を使う通信装置だ。センゴ以下三騎、計四騎の装甲鉄騎にはこれが装備されている。


 「無駄口を叩くな。『こけし』が近い。気を引き締めろ」


 センゴは同士の軽口を戒めた。


 「はいはい、わかってますよ、センゴさん」


 彼はシンドウ・カツミ。四騎の中では最年少。軽佻浮薄に見えるが、芯はしっかりしており、四騎の中で一番年長であるセンゴのことを敬慕している。鉄騎の操縦技量も確かである。

 だからこそ、センゴはこの重要な任務に、カツミを指名したのだ。

 他の二騎も同様だ。

 彼ら四騎に与えられた重要な任務、それは、暗号名『こけし』の抹殺である。

 『こけし』の正体が何であるかは、センゴにしか知らされていない。これは重要機密であり、機密漏洩対策でもある。


 あとの三騎は『こけし』が人間である、ということしか知らない。

 ただ他国の、それも神域で隠密裏に対象を暗殺するということから、『こけし』が相当な重要人物であるということは三騎にも予想された。

 他国における暗殺など、そう滅多にあるものではない。成功すれば多大な恩賞が授けられるのは間違いない。ゆえに三騎は気が逸りがちだ。

 無理もなかった。年長であり上司であり、部下の暴発を抑制する立場にあるセンゴにしても、任務の特異性ゆえに、ついつい気が昂ぶりがちだ。


 しかしセンゴが三騎より落ち着いていられるのは、重要な任務を率先する立場の重責が、逸る心を抑えつける重しとして機能していたからだろう。

 雨降る暗夜。雨は先ほどに比べればややその激しさを潜めたが、まだしとしとと降り続けている。

 原生のままの神域は視界も足元も悪い。

 それなのに彼らは灯り一つ点けずに『こけし』を正確に追跡することができている。

 それができる理由が二つある。

 一つは暗視装置だ。四騎は暗視装置を装備している。これにより雨の神域であっても、歩行に支障のないていどの視界は確保できる。


 もう一つは追跡装置だ。これはかなり特殊かつ希少な装置でセンゴ騎にしか装備されていない。虫のフェロモンエキスを利用し、応用したもので、有効範囲は数キロメートル程度はあるといわれている。

 センゴ騎の負担は大きい。センゴは視界と足元の悪いなか鉄騎を操縦し、なおかつ三騎を先導、追跡装置を使用しての『こけし』の把握、と他三騎に比べるとかなり忙しい。

 卓抜した技量を持ち、歴戦の経験を持つセンゴだからこそできることだ。

 身分、技術、経験、年齢、と全てにおいてセンゴはこの任務の最適格だった。

 雨が弱まり始め、雲に切れ間が見え始めた頃、追跡装置の画面上に変化が現れた。

 『こけし』との距離がみるみるうちに縮まる。先ほどまで逃げ続けていた『こけし』が、どうやら足を止めたらしい。


 「『こけし』が歩を止めたらしい。近いぞ。各騎極力音を立てるな」


 小雨パラつくなか、四騎はしずしずと『こけし』に迫った。


 「観念したんですかね?」


 カツミが言った。声から緊張感が窺えた。


 「わからん。だが、何であれ油断するな」


 センゴが言った。それは自分に対する戒めも含まれていた。

 やがて四騎は少しばかり開けた場所に出た。そこは切り立った崖があり、滝があった。滝は十メートルほどの高さから勢いよく流れ落ちている。周囲には小低木が点在しているのみだ。


 「センゴさん、『こけし』は? まさか身を投げたとか?」


 カツミが言った。


 「『こけし』は滝の向こうだ」


 センゴが答える。


 「『こけし』が崖を登ったって言うんですか!? 鉄騎もないのにどうやって!?」


 「いや、おそらく違う。今まで生身で我々から逃げ続けたのは驚嘆に値するが、さすがに生身でここは登れまい。しかし反応は滝の向こう側……、ということは滝の向こう側に空間がある、と見たほうがいいだろう」


 「なるほど。隠れるにはうってつけの場所ってわけですね」


 言って、カツミ騎が、我先にと滝に向かって駆け出した。

 抜け駆け、というほどのものではない。『こけし』の首を取ったからといって恩賞が増えるわけでもない。ただ、カツミは己の若さを抑えきれなかっただけだ。

 センゴも他の二騎もカツミの行動を黙認した。どうせ『こけし』は袋の鼠なのだ。生身の人間が四騎の装甲鉄騎から逃げられるわけがない。獅子が子牛をいたぶるようなものだ。

 それに四人とも気が緩んでいた。長きに渡る他国での隠密作戦が、今ようやく成功のうちに終わろうとしている。目を閉じると故郷の家族の顔が瞼の裏に浮かぶというものだ。

 雨はいつの間にか止んでいた。中天の雲は去り、代わりに満月が煌々と輝いていた。鉄騎が影を落とすほど明るくなっていた。


 その時だった。

 滝の中に、月光とは全く違った異質の光があった。

 滝に潜む赤い光。

 最初に気付いたのはカツミだった。だが、一番滝に近かったカツミでさえ、気付くのに遅れた。


 カツミが赤い光を知覚したのと、彼の腹を鉄騎の剣が突き通ったのはほぼ同時だった。

 カツミにはほとんど何が起こったのかわからなかった。腹部を貫通した巨大な刀創は彼の体力と意識を一瞬のうちに奪い去った。

 いや、奪われたのはそれだけではなかった。実は彼の腹部を貫いた剣も、彼の鉄騎のものだった。

 薄れゆく意識、ぼやける視界でカツミが最期に見たのは赤い目の黒い鉄騎だった。それが何なのか考える時間は、もはやカツミには残されていなかった。


 カツミが死んだ。残った三騎はそのことにすら気付くのが遅れた。


 月下に黒い影が踊り、赤い光芒が走った。傍らには白刃の煌めき。

 危険を察知した三騎はそれぞれ抜刀。

 が、間に合わない。

 センゴの右前方にいた一騎が、剣を抜いた手を斬り落とされた。両断された腕が剣を握ったま宙を舞った。間髪を入れず、二撃目が胴体を破った。


 黒い鉄騎は、倒し、崩れ落ちる鉄騎を足蹴に、宙を舞う刀を左手でさっと掴んだ。斬り離され既に力を失った腕がポトリと落ちた。

 二刀を持った赤い目が、残った二騎を睨めつける。

 センゴは恐れ慄いた。まるで玉座から睨めつけられたような威圧感を覚えた。瞬く間に二騎の鉄騎を倒す鬼神の如き戦闘力に、彼は竦み上がっていた。


 「に、逃げろッ……!」


 センゴが言った。喉から絞り出すような声だった。それは本能的なものだった。

 追跡装置は、眼前の赤い目の黒い鉄騎が『こけし』であることを示していた。

 だが、それが何だというのか? 勝てない相手に挑んで死んだところで、何になるというのか? 任務を失敗するにしても、生き残ったほうがはるかに得ではないか? 死んで花実が咲くものか。

 が、僚騎は逃げなかった。雄叫びを上げ、剣を振り上げ、勇敢にも仲間を殺した鉄騎に向かって挑みかかっていった。


 そして殺された。


 打ち下ろした剣はかわされ、左脇腹から剣が突き立てられた。次に、右首筋から剣が刺し入れられた。二刀はどちらも操縦席を捉えていた。

 センゴは呆然としていた。未だ耳の奥に僚騎の雄叫びがこだましていた。

 歯の鳴るのを抑えられなかった。これはセンゴにとって生まれて初めての経験だった。

 今、センゴを支配するのは、圧倒的実力差から生じる圧倒的な恐怖。

 センゴは断じて臆病者ではない。むしろその逆で、武勇に富み、経験豊富だからこそ、この絶望的な戦力差を正確に理解してしまうのだ。


 例えるなら、未来予知者が、自分の死ぬ姿を見てしまったような絶望感、だろうか。

 センゴの絶望感に沈んだ虚ろな目とは真反対に、黒い鉄騎の赤い目は氷のような冷徹さでセンゴを見据えていた。


 「来るな……、来るなぁっ……!」


 恐怖が口をついて出てきた。

 センゴは堪らず刀を捨てた。赤い目の黒い鉄騎に背を向けて逃げ出した。

 悪手だった。背を向けたその瞬間に、既に赤い目の黒い鉄騎はセンゴの背後至近距離に迫っていた。

 センゴの背に、二つの白刃が月光に鋭く煌めき……。

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