一
illustrated by ホーヅキ
一
夜。月はない。強い雨が降っている。
空を一面厚く覆う雨雲が、辺りに漆黒の闇を落としている。
ここは『神域』。
未だ人の手の入らぬ未踏地。神代の頃から野生の楽園。人智の及ばぬ神の領域。
そこに四つの影があった。
巨影だ。五から六メートルほどの巨体。
それは人の手により産まれしもの、『神域』を侵し、なおかつそこから生還することを可能とする人智の結晶。
人はそれを『装甲鉄騎』と呼ぶ。
主に金属と『神域』の生物の皮や骨などで構成された『装甲鉄騎』は、いわば機械仕掛けの巨大な着ぐるみ。人をそのままスケールアップしたような外観をしている。
今風に言えば『ロボット』もしくは『パワードスーツ』である。
その力は強大、その動きは俊敏、その身体は堅牢と、ただ一騎で常人を遥かに超える力を発揮する。まさに千人力。
それだけに高価である。
優れた職人によって長い時間をかけて作られ、材料も『神域』の生物を使うため、貴重である。
ごく一部の選ばれた上流階級のみが、『装甲鉄騎』を用いることができるのだ。
『強力』で『高価』で『貴重』なそれが、四騎並んで深夜の『神域』にあり、深い藍色の装甲が漆黒の夜を更に色濃く彩っている。
四騎はそれぞれ腰に刀を差し、漆黒の『神域』を足早に駆けていた。
豪雨の暗夜を駆けられるところ、どうやらこの四騎には暗視装置がついているらしい。
足早にとは言っても、原生のままの『神域』は平らな場所などほとんどなく、勾配も激しく、道などあるはずもなく、雨のせいでところにより酷くぬかるんでいる。平常ほどの速度は出せない。
四騎は体を左右に揺らし、バランスを取りながら、えっちらおっちらと進んでゆく。
と、その時、
地面が揺れた。地震だろうか?
四騎はバランスを崩し、濡れた地面に手をついた。
直後、手をついた地面がひび割れた。ひび割れは地割れのように大口を開いた。そして、何かが飛び出した。
それは四騎の装甲鉄騎よりはるかに大きかった。大木のように太く長い。
それが地震の正体だった。
それはくねくねとうねりつつ地面から勢いよく飛び出し、四騎を弾き飛ばした。
地面から完全に姿を現したそれは、まるで巨大な芋虫か蛭だった。ぬめりはないがてかりと弾力のある皮膚を持ち、円状の口は鋭い牙が無数に生えている。
『ヤマバミ』と呼ばれる、『神域』に住む巨大な虫だ。
小型のものでも全長十メートル以上、大型のものでは五十メートルをも超える怪物級の巨躯。
今、四騎の前に姿を現したのは中型だ。中型といえども、全長は三十メートルもある。
牙は鋭く、人間なら簡単に両断され、装甲鉄騎をもってしても咀嚼されれば機能停止を免れない。
弾き飛ばされた四騎は受け身を取ったもの、取れなかったものも、すぐに体勢を立て直した。それぞれ抜刀し、鎌首をもたげ見下ろすヤマバミに正対した。
ヤマバミの口が大きく開いた。そこから放たれた地鳴りのような野太い大咆哮が、夜闇を裂くように響き渡った。
が、四騎はうろたえない。落ち着き払い、冷静に切っ先をヤマバミに突きつけたままだ。
ヤマバミが鎌首をのけぞらせた。そして、鞭のようにしならせ、その大きな口で先頭の一騎に襲いかかった。
狙われた鉄騎はあわや噛み砕かれるところだった。間一髪のところで後ろに跳び、襲い来る牙をかわしつつ剣を水平に薙いだ。
薄黄色の液体が一瞬、花のように咲いては散った。ヤマバミの血だ。鎌首が一部真一文字に裂け、薄黄色の血がだらだらと流れ滴る。
数十センチに渡る傷だが、巨躯のヤマバミからすればかすり傷だ。致命傷には程遠い。
ヤマバミは血を振り乱し、鎌首を持ち上げ、左右に大きく振った。それから再び鎌首をのけぞらせ、鞭のようにしならせて、一番手近な鉄騎に向かって踊りかかった。
今度は牙ではなく、巨躯をもって圧殺しようとしている。
それも当たらなかった。やはりかわされ、同じように斬りつけられた。
再び咆哮、そしてのたうつヤマバミ。
猛り狂い、見境なく全身を振り乱すその行動こそ危険だ。
三十メートルの巨躯が跳ね回り、のたうち回ることによって地面がえぐられる。巨木さえいとも簡単になぎ倒される。装甲鉄騎であっても、まともに受けては甚大な被害を及ぼすことは想像に難くない。
それは同時に、四騎にとってはまたとない好機でもあった。
激しく体を動かすということは、それだけ体力を消耗する。
敵の体力の消費を促し、様子を窺うことは戦いの常道だ。
四騎は距離を取り、荒れ狂うヤマバミの巨躯をかわしつつ、体力の尽きるのを待った。
ついにその時がきた。
身を振り乱し、一心不乱に鉄騎へと突撃するその動作が、だんだんと鈍くなってきた。
隙を見て取った一騎が跳躍、ヤマバミの腹に取り付いた。と同時に、その腹に深々と剣を突き立てた。
薄黄色の鮮血が、滝のように流れ落ちる。
焼くような苦痛に身を激しくよじるヤマバミ。
剣を突き立てた鉄騎は、危険を即座に察知し、ヤマバミの腹部に剣を残したままさっそうと飛び退いた。
怒りと憎しみに駆られ、それを追うヤマバミ。
それもまた隙だった。
他の二騎がヤマバミの身体の左右に取り付いていた。
そして、二騎は思う存分に、縦横無尽に剣を振るった。
ヤマバミの肉が裂け、血が乱れ散った。
身体を切り裂かれた痛みと怒りでヤマバミは咆哮した。頭をのけぞらせ、左の一騎に向かって、鋭い牙で襲いかかった。
狙われた鉄騎は逃げなかった。ただ悠然と剣の血を払っていた。
鉄騎に迫る大口と牙。二者の距離は十メートルもない。時間にすれば一瞬の距離。
その時だった。ヤマバミの頭部のそのすぐ側を刹那、黒い影が踊った。
直後、獲物へと猛然と突き進んでいったヤマバミの頭が、まるで糸の切れた凧のように無軌道となり、鉄騎の遥か頭上を行き過ぎた。
そして、そのまま地面へと突き刺さった。
ヤマバミの口、首筋から薄黄色の血が緩やかに流れ出した。
頭は首から下を失っていた。首と胴体は十メートルほどの距離に切り離されていた。頭を失った胴体が音を立てて崩れ落ちた。
ヤマバミは、もはや神域の獰猛かつ強力な生物ではなく、ただの一個の巨大な死体と成り果てていた。
鉄騎を襲わんとしたヤマバミの頭に踊った影、それは四騎目の鉄騎だった。
一連の流れは四騎の完全なる連携だった。
一騎が先鞭をつけ、二騎が挑発を行い、挑発にのったところを最後の一騎が必殺の一撃を与える。
決して簡単なことではない。阿吽の呼吸、操縦とタイミングの正確さ、どれか一つでも欠ければ、全滅の可能性すらあった。
つまり四騎は精鋭で、強固な一枚岩の結束があることが窺える。
四騎はそれぞれ得物を清めると鞘に収め、再び一丸となって走り出した。
貴重な『神域の遺骸』を一顧だにしない。
つまりそれは、彼らの目的が別にあることを示す。
夜はまだ長く深い。濃く黒い闇の中、四騎は何かを求めて駆ける。
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