こりゃぁろくでもないな
死滅すればいいのに、とは凄みのある言い方だ。
死ぬだけでは足りない、その種ごと全てこの世から消えてなくなれ二度と蔓延るな、という並々ならぬ強い拒絶の意志を感じる。
これほどまできっぱりとした死を望まれるというのは、やはり厳密には「生物」ではないからなのか。
それとも、生物であろうがなかろうが、人にとって悪いものであるから、人命を脅かすものであるから、当然死ねばいいし、滅されるのが正当なのか。
かくいう自分も、病がちな身内と、病はなくとも抵抗力の弱いじじばばが殺られるかもしれん、と思えば、やはり、死滅すればいい、一刻も早く、と当たり前のように願う。
そしてその願いは、「そんな愚痴を言う暇があるなら何か具体的な対策をしろ」と窘められることはあっても、その願い自体が非難されることはまずないのだ。
それどころか同調され、励ましの言葉や対策案までも投げてもらえる。
それこそ、生きることは破格に大変で面倒臭いことだと知っている、生物そのものならではの、当たり前の作用なのかもしれない。
けれども、その当たり前が何の違和感もなく当たり前に作用することに、また生物として、脅威を感じている。