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第九話 ヅャスコは田舎にて最強

 俺は香苗(かなえ)との待ち合わせ場所である、この町で唯一の大型商業施設に到着した。


「暁ー!」


 こちらに気がついた香苗が嬉しそうに駆け寄ってくると、勢いよく抱きついてきた。


 柔らかな二つ感触(おっぱい)が当たる。

 ……というか、こいつは間違いなくわざと当ててきてる。


 この感触は……まさかノーブラ!?


 ――――心を鋼にしろ、有馬暁(ありまあきら)ッッッ!


「悪い、待たせたか?」


 俺は極めて平静を装い、香苗の肩に手を置くと彼女を引き剥がした。


「いいよー。好きな人のことは待ってる間も楽しいもん!」


「そうか」


 ……しかし、香苗も良くめげないものだ。

 あれ以来、俺は香苗との距離間が極力近くなりすぎないように気をつけている。客観的に見ると、それは結構冷たい対応だということも自覚はしていた。

 それでも、いつも香苗は俺に引っ付こうとしてくるのだ。


「にしても。デートって、本当にここでするのか……?」


「え? じゃあ逆に、ここ以外どこでするの?」


 そう香苗に言われてみると、この自然ばかり豊かな田舎町で他に遊べるようなところは殆ど存在しない。


「ヅャスコは最強なんだよ? ゲーセンもあるし、メックだってあるんだから!」


 香苗が両手をブンブンと振り回しながら鼻息を荒くする。


「……そういや、この町ってカラオケとかないのか?」


 俺が知りうる限りでは、カラオケはデート定番の施設だ。


「あるよ。すっごい外れのところに。歩いて行くのは、ちょっと大変だよ?」


「ふぅん」


 まあ、カラオケなんて行っても俺に歌える曲はない。そう考えると、やはりヅャスコが最善なのかもしれない。


「……やだ、暁。もしかして、あたしと密室で二人っきりになりたいの……?」


 香苗が頰を赤らめながら、もじもじとする。


「断じて違う」


「大丈夫、ゴムは持ってきたよ?」


「持ってくんなバカッ!」


 やはり香苗はヤる気満々で来ている。危険極まりない。


「ちぇー……。暁、つれないなぁ。あたしはいつでもどこでもオッケーなのになぁ」


「さて、まずはゲーセンにでも行くか」


 口を尖らせる香苗を無視して、俺は店内へと歩みを進める。

 それに気づいた香苗は慌てて俺の後を付いてくると、手を握ってきた。


 ……まあ、これくらいは許容範囲内だろう。


 側から見ればカップルにしか見えないだろうが、側からどう見られようが気にする必要もない。


 俺は俺で、香苗は香苗だ。




◇◆◇




 それから俺たちはゲーセンでプリクラを撮り、クレーンゲームやレースゲームなどに興じた。

 こういう経験は今までなかったので、何だかんだ言いつつも俺は楽しんでいた。


 (かえで)は、こういう騒がしいところが苦手だった。だから、楓とのデートはいつも商店街や公園を歩いたりする静かなものだった。


 それから俺と香苗は、二人でベンチに座ってジュースを飲みながら一息ついていた。そして、そこで御約束とばかりにヤンキーから絡まれてしまう。


「おうおう、お二人さん! 仲良さそうじゃねぇか、ああん!?」


 そいつはキャップを被りサングラスをして変装していたが、その特徴的な赤毛と声で正体は丸わかりだった。……こいつ、省吾しょうごだ。


「きゃー! 暁、わたしこわーい!」


 香苗がわざとらしく俺に抱きついてくる。


 ――――なるほど。これは香苗、あるいは新一しんいちあたりが用意した悪ふざけか。


「……何やってんだ、省吾」


 俺は省吾を冷めた目で見る。


「お、俺は省吾なんて名前じゃねぇよっ!?」


 激しく動揺しまくっていた。

 こいつに演技なんか出来るはずがないのに、何をやらせてんだか。


「じゃあ、なんて名前なんだよ」


「お、俺の名か? あー、えーっとだな……」


 どうやら省吾はアドリブに弱いらしい。


「暁、こいつはこの町でも悪名高い、しょう、しょう……小籠包しょうろんぽうだよ!」


 何故か香苗が命名したが、そのセンスは壊滅的だった。


「そうさ! 俺は小籠包だ! どうだ怖いかっ!?」


「ああ、とても美味そうな名前だな」


 どうだと凄まれても、そうとしか言いようがない。

 ていうか。いったい何なんだ、この茶番は……。


「暁、小籠包はこの町に住む小学生全員から毎日十円ずつカツアゲしてる悪い奴だよ! やっつけちゃおうよっ!」


「悪事が絶妙にみみっちいな」


「誰がみみっちいって!? テメェ、この町の小学生が何人いるのか知ってんのかよ!?」


「いや知らんけど。……五百人くらいか?」


「だとしたら一日五千円の儲けだろうが! これのどこがみみっちいってんだよ!? 大儲けだろうが!?」


 必死である。それに一人一人から十円ずつカツアゲしてる時点で十分みみっちいというか無駄な努力だと思うが、これ以上突っ込むのも野暮だし面倒だ。


「……で、省吾。おまえ、結局は何してんの?」


「小籠包だっつってんだろぉ!?」


 ……あくまで、その設定を引っ張るのか。


「分かった分かった。で、小籠包。おまえは本当に何がしたいんだ?」


「あん? あー……えーっと……何だっけな……」


 一連のやり取りで当初の目的を忘れたのか、省吾は片手で頭を抱えて首を捻った。


「ひゃっはぁー! 世のカップルどもは抹殺だぁーっ!」


 そのとき、もう一人の男が何故か小躍りしながら唐突に乱入してきた。

 そいつもキャップとサングラスで変装していたが、新一であることはバレバレだった。


「きゃー! 暁怖い! あいつは、この町を裏で牛耳ってる、あの、し、しん、しん……えーっと……」


 香苗が俺に抱きついたまま後から現れた男に命名しようとするが、なかなか思いつかないらしい。


「思い出した! しんちゃんだよ! クレヨンで町中に落書きする悪い奴だよ!」


 ようやく捻り出したのがそれか!


「そうさぁ! クレヨンのしんちゃんとは俺のことよぉ! このヅャスコを卑猥な落書きで満たしてやるぜぇ!」


 ノリノリなのかヤケクソなのかよく分からないが、新一は声高らかに叫んだ。


「おう、好きなだけやってこい。そして、とっとと警備員に捕まってしまえ」


「……ノリが悪いな、暁。もしかして、俺らの正体はバレてるのか?」


 新一が恐る恐るといった様子で聞いてくる。


「てか、どうしてそれでバレないと思ったんだ?」


「ちっ。バレちまっちゃあ、しょうがねぇな……」


 これ以上は無駄だと悟ったのか、二人はキャップを脱いでサングラスを外すと正体を明かした。


「ちょっとぉ! 二人とも演技下手すぎだよ! せっかく千円も払ったのにぃ!!」


 どうやら、この茶番を用意したのは香苗だったようだ。彼女は、俺の横でブーブーと文句を垂れ流す。


「ざけんな! テメェのネーミングセンスが悪ぃんだよ! 何だよ小籠包って!? そんな名前で悪役になり切れるかボケ!」


「何よ! 省吾なんて最初から棒読みだったじゃん!」


 そして、いつも通り子供二人の喧嘩が始まる。


「……で、この茶番の目的は何だ」


 省吾と言い合ってる香苗の両頰を片手で掴み、こちらを向かせた。香苗の口がタコのようにすぼまる。


「あ、暁が不良から格好良くあたしを守ってくれて、二人の仲はより深まって……みたいな? そういうのに期待してたんだけどぉ……」


「人選ミスにも程があるだろ!」


 これがもし見ず知らずの人間に絡まれたとかなら、そういう展開にもなり得たかもしれない。だが、役者の人選は致命的と言わざるを得なかった。なぜ、この二人に依頼した時点でバレると考えなかったのか。


「暁、エアホッケーやろうぜ!」


「バカ、暁は俺と熱いレースをすんだよ! そうだよな、暁!」


 何故か男二人が俺を取り合い始めた。


「何だとコラ!? テメェ部長だからっていつも図々しいんだよ! 格ゲーで白黒つけるか!?」


「望むところだ。格の違いを見せつけてやるぜ、省吾」


 そして二人は勝手に遊び始めた。

 結局何がしたいんだ、あいつらは……。


「はは」


 だが、その様子に呆れながらも俺は笑ってしまっていた。

 本当に馬鹿馬鹿しくも、とても楽しくて。

 やっぱり、この不登校部っていうところは自分の居場所かもしれない。俺はふと、そう思った。


 ――――こんな日々が、いつまでも続きますように。


 心のどこかでは無理だと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。あの時と、同じように。

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