#163
3週間お待たせして申し訳ありません。今年度ラストのお話をお楽しみください。
悠はまだしゃべり終わっていなかったが急に口が止まった。何事かと圭は横を見ようとしたが
「すいません彼女が失礼な事を聞きまして。誰にでも答えたくない事の1つや2つはありますよね」
透は立ち上がって頭を下げて原田に悠の言動について謝罪する。一方の原因である当の本人は下を向いて何もしゃべらない。
「は・・・はあ」
力の無い返事で答える原田。あの状態の悠の態度で納得しているとは到底思えない。どちらかというと透の対応に面喰らっていると見た方が良い。
『ああ・・・こりゃあ終わったら大目玉だな』
圭はこの時間が終われば悠と自分の2人は透のお説教だと覚悟した。
話は無事終了し、いよいよ若葉との別れの時間となった。
「色々と皆様にはお世話になりました。この恩は死ぬまで忘れません」
ちょっとオーバーな言い方で原田は改めて自分達と医師を含めた4人に頭を下げてお礼を言う。それを横にいる若葉はひとり取り残されたように眺めていた。
「若葉・・・」
原田は若葉に何か言いなさいというように促した。すると若葉は悠達の方に走って来ると透に勢いよく抱き付いた。
「ちょっと若葉!・・・」
透は驚いて声を掛けるが若葉は力強く掴んで離さない。
「分からない・・・分からないけど、お姉ちゃん達と離れたくないって私の中で言ってるの」
「若葉・・・」
透はチラッと父親の原田の顔を見ると困惑していた。
『ダメよ!これは私達が選んだ道なの!!』
透は奥に閉まっていた微かな希望を捨て現実に向き合う。
「若葉・・・私達も貴女と別れるのは辛いわ。けど、貴女にはお父さんがいるの。その人は私達よりも大切な人よ」
「でも!!」
「きっとまた会えるわ。貴女が私達に会いたいって願えばすぐに」
「本当に?」
「本当よ。約束する」
優しい言葉と若葉の耳元で言い聞かせる透の姿は母親その物であった。最終的に若葉を納得させて彼女を父親の元へ向かわせる。
「透・・・」
離れていく若葉を見る透に声をかける悠だが、彼女は真っ直ぐ視線を若葉に向けたままだった。
その後、3人は事務所に戻った。悠と圭においては久しぶりの我が家である。ようやく落ち着けると思った2人だったが、帰宅早々に透から正座の指示が出された。
「2人とも昨日私が注意した事は覚えているかしら?」
透は厳しい態度で2人に投げかけるが2人は無言である。心なしか今日はいつもより機嫌が悪そうに見える。それを察してか2人は黙ったままでどちらかが先にしゃべるのを待っている状況なのである。
「答えなさい!!」
口を一向に開かない2人に対して透が険しい口調で問い詰める。
「九十九君が何か言いたそうよ」
悠は突然、圭が言いたい事があると透に伝えた。透は素の言葉を聞くと圭の方に視線を向ける。
『こ・・コイツ!・・・』
圭は自分からしゃべりたくない悠が自分を利用してこの状況を打開しようと考えたのである。こうすれば圭が弁明をしないという事は出来ない完全なる確信犯である。この場でなければ悠に文句を言いたい所だが今それをすれば透をさらに怒らせる事になるので我慢するしかない。
「見てただけ・・・」
「はぁ!?」
「ちょっと見てただけで・・・別に変なことを言った訳じゃあ・・・イテェ!!」
透にゲンコツを落とされて痛がる圭。
「貴方の見てた、観察してたわ普通の人は違うの何時になったら理解出来るの?その上、話を聞いてなったらなんて・・・ふざけてるの?」
「なわけねぇだろう!」
「じゃあどうして?説明してくれる?」
「えっと・・・つまり、意識が遠くへちょっと・・・うおぃ!待て待て!!」
拳を鳴らす透に必死で圭は静止を促す。これはマジキレ手前に近い。
「それを話を聞いてなかったって言うのよ!!」
「ごもっともです!!!」
悠はそんな2人の光景を横で楽しそうに見ていた。『絶対に終わったら泣かす!!』圭は横の悠に怒りの炎を燃やす。
「悠、貴女も同じよ。圭よりはまだマシだけど貴女も言われた事がどうして守れないの?」
「気になった・・・」
悠の言葉に頭を押さえてため息をはく透。
「貴女の性格上それは理解出来るけど、だからって聞き方ってものがあるでしょう!!今回は相手が良かったけど怒って手を出してくる人もいるのよ。何かあったからだと遅いのよ」
「分かってる・・・」
「いいえ、分かってるとはとても思えないわね。今後改善する見込みが無ければ私も色々と考えさせてもらうわ」
「やめてよそういう言い方・・・まるで私が子供みたいじゃない」
悠は透の注意の仕方がまるで子供のしつけのような感じだったので文句を言った。
「なら何度も同じ事で注意させないで」
「ごめんなさい☆私バカだから難しい事が分からなくて」
黙っている悠の横から圭が悠にしか聞こえないくらいの声でふざけて呟いた。これは完全に先程の仕返しだった。それに対して悠は舌打ちにプラスして肘打ちを喰らわせた。
「何するんだよ!!」
「手が滑っただけよ」
「手じゃなくて肘だろう?手が滑るってのはこういう・・・イテェ!?」
透は圭が反撃して余計な争いにならよう頭を叩いて止めた。
「そういう無駄な張り合いが貴方達の1番の問題点よ。まったく・・・」
一向に直らない2人の問題点に疲れ果てたような顔をする透。また説教が来ると覚悟した2人だが意外な言葉が彼女から出た。
「今回はこれくらいにしておくわ」
透のお説教タイムはこれで終了となった。今日の彼女の機嫌から察して後1時間位は説教が続くと思った2人からすると驚きの言葉であった。
「私は部屋にいるから何か用があったらノックして」
透はそう言い残して階段を上がって自分の部屋に入っていた。
「どうしたのかしら・・・何度も言っても直らない九十九君のお説教に疲れたのかしら?」
「それはお前も同類だろう。俺だけを原因にするな」
透の状況に対して冗談半分に原因を探ろうとする悠に対して圭は苦言を呈しながらも彼なりに理由を探ていた。病院でのやり取り、若葉との最後の別れ、思い当たる出来事や言葉を思い返していく。
「透は俺や悠と違って理知的で常識もあるし礼儀正しい。少し短気だけど人間的にはずっと大人だ。でも、心の中はそうじゃない。ずっと隠してるけど・・・1番若葉との別れが辛かったのはアイツなんだ」
圭は透は表には一切出さないが若葉との別れが非常に堪えたと推測した。
「特に1番効いたのは最後に若葉が透に抱き付いて別れたくないって言った時だろう。ずっと隠してた想いが溢れだしそうになったのかもな」
「そうかもしれないわね」
悠も静かに圭の言葉に答えた。今の透の状態がどうか分からないが自分達が出来る事を考えるとただ黙って見守るしか出来ない。
「にしても凄いよな透は・・・・あそこまでされて平静を保てるなんて」
「そうね。私でも正直あそこまで出来るかと言えば難しいわね」
「意外とお前もそういう所は弱いんだな」
「九十九君は逆に脆すぎてこの仕事に向いてないと思うけど」
「うるせぇな、良いだろ別に」
一方の透は部屋に戻ってベットの上に座っていた。思い出したくなくても思い出す若葉とのこれまでのやり取りと最後の言葉。それを思い返す度に彼女の目から涙が溢れて止まらなかった。
「決めたのに・・・・泣かないって・・・若葉に・・もう」
透は流れる涙を必死に止めようとするが止まらない。こんな思いをするのは彼女は嫌だった。でも、自分達の仕事であり若葉の為と決めて覚悟をした筈だった。筈なのに本当は自分はその覚悟が出来ていなかった。
透は久しぶりに涙が枯れるまで泣き続けた。
今年度の投稿はこれで終了です。今年はリアルの仕事が多く投稿が進まず苦い思い出でした。新年最初の投稿は1月5日を予定しています。それでは良いお年を




