#158
顔を手で隠して構えられた銃から視線を背ける若葉。
「やめて!!・・・彼女にだけは手を出さないで!!」
透が必死に叫ぶが宇佐美は聞く耳を持たない。引き金が引かれるのは時間の問題である。ならばと圭が走る、宇佐美の発射を阻止するのだ。本来であれば若葉を射線から反らすのが得策だが、そんな時間は残されていない。となると出来る手としては先程の若葉のように銃を握っている宇佐美の手を強引に掴むという手だ。とはいえ、これも間に合うか間に合わないかギリギリであったが、やるしかない。最悪、宇佐美の足を掴んででも阻止するだけある。圭の頭には失敗なんて可能性は考えないで宇佐美に向かう。しかし、そんな彼の横を素早く過ぎる人影があった。
「えっ!?」
圭は驚きいたことで速度が弱まった。自分以外にこの状況で動ける存在がいる筈がないと思っている中での状況に戸惑いを生じさせた。
「ズドーン!!」
何度目かこの部屋に響く火薬の爆発音。その最後が自分に向けられたものだと悟り諦めた若葉。しかし、いつまでも経っても痛みを感じない。あまりにも一瞬でそれすら気付かないで死んだのかと思って目を開けてみようとすると目の前に写し出された光景は暗闇ではなかった。そこは自分がいる研究所の地下の部屋、遠くには透達の姿が見える。
『ああ・・・私まだ生きてるんだ』
まだ自分が生きている事に少し残念に感じていた若葉だが、違和感もあった。遠くに見える透達の表情が驚いている表情だった事とそれよりも遠くにいた母の二宮の姿がなく、自分の目の前に立っている事である。
「お母さん!?」
若葉は目の前に立つ二宮の姿と宇佐美と透達の表情でこの状況が理解出来た。
母親二宮が若葉の盾になった。
その現実に1番驚いていたのは宇佐美だった。銃撃を止めるのではなく、自ら盾となり娘を守るという行動は彼には理解出来なかった。ローリスクハイリターンの考え方で生きてきた彼には彼女した何の特もない行動に理解が出来ない。それが次第に苛立ちに変わり銃を持つ右手が震える。勿論、自分の行動を邪魔されたという怒りも含まれている。声も出さず怒りに任せて引き金を引き続ける。1発、2発と銃弾が二宮に命中していくが彼女は声も出さず動かず立っていた。『たった1人の大切な娘を守る』それが今の彼女を動かす原動力であった。8発撃った段階で引き金を何度も引いても弾が出なくなり弾切れとなる。それと同時に今まで盾として若葉を守った二宮がゆっくり倒れた。
「お母さん!!」
若葉は叫びながら倒れた母親に駆け寄る。
「しっかりして!!・・・目を開けて!!」
目を閉じた二宮に若葉は呼びかけ、さらに体を揺らして起こそうとする。
「わ・・・若葉・・・」
若葉の呼びかけが通じたのかゆっくり二宮の目が開き話しかける。しかし、その声には力なく息も辛そうであった。
「ダメ!!死なないで!!・・・私を1人に・・・」
必死に母に呼びかける若葉だが反応は薄い。必死に揺らす中で彼女は自分の手を見た。両手にベッタリと付着した血に母親の状態の深刻さと生々しい赤い血に彼女の精神が狂う。
「いや!・・・いやあ!!!!!!!!!!!」
若葉は叫び声を発した後にその場で気を失った。
「若葉!!」
透が呼びかけるが反応は無い。この状況に悠と透はすぐに彼女の下に駆け寄る。
「ちっ!!」
一方の宇佐美は弾切れという現実に苛立ちながら何度も引き金を引いていた。
「ぐわぁぁ!!!」
宇佐美は強烈な痛みと共に地面に倒される。痛みは自身の左頬から伝わるだけでなく痛みは今までの人生で体験した中での1番であった。あまりの痛さに骨が折れたかと思った。
「くっ・・・この・・ヒィ!?」
痛みに耐えて宇佐美は目を開けようとした瞬間に誰かが自分の体に馬乗りしている事に気付いた。その人物の顔を見た宇佐美はまるで血の気の引いた顔で悲鳴をあげた。彼の目の前にいたのは圭であった。しかし、その顔はいつもとは違う。目は鋭く開き口は無一文字に閉じており、まさに修羅という言葉が似合う姿であった。
「なっ・・・やめろ!!・・・やめてくれ!!」
宇佐美の願いも虚しく圭は彼の顔面に何発も殴り付ける。1発殴る度に血飛沫と骨が砕けるような重い音があがるが、圭はそれに気を止めず殴り続ける。宇佐美は何も発することなくボロ雑巾のように殴り続けられる。その殺伐とした光景は完全なるリンチである。3人の中で感情的で行動も速い圭は確かに手は出るのは速いがこのような一方的な暴力を振るうようなことはしない。そう・・・今の圭の怒りの状態はMAXに近いのである。
「やめなさい九十九君!!」
悠の言葉で我に返る圭。目の前に涙を流し、鼻や口から血を流しながら倒れている宇佐美の姿と血の付着した両拳が写る。
「はぁ・・・はぁ!・・・はぁ!!」
圭は目の前の光景に気が動転しかけていた。血に濡れた拳と宇佐美の姿。自分が彼を殺してしまったのではという恐怖が襲う。絶対に復讐探偵としてやってはいけない事をしてしまったという罪悪感に押し潰されそうになっていた。
「落ち着きなさい!!」
悠は圭に叫ぶ。彼女も彼が自分のしてしまった行為に押し潰されかけているのに気付いていた。
「ちゃんと見て!!まだ死んだって決まった訳じゃあ無いわ」
この悠の言葉で少なからず平常心を取り戻した圭は宇佐美の姿を見た。ボロ雑巾のようになっているが息もしており、小さくて聞き取れないが何か発している。まだ、生きている。この事実を知って圭は一気に気が抜けたような脱力感を感じた。その様子を見て悠もまず一安心した。
「若葉!!若葉!!」
気を失った若葉に透が何度も呼びかけるが目を開けない。そしてその横で倒れる二宮の状態を確認する悠。事態としてはこっちの方が深刻であった。
「二宮先生しっかりしてください!!」
悠の呼びかけにも反応が薄い二宮。傷の具合から見ても重症であり仮にここから脱出して病院に連れて行った所でもう手遅れであった。
「クソ!!」
悠から滅多に出ない言葉が悔しさを現す。
「悠・・・」
「ごめんなさい・・・もう」
悠の態度で理解した透はこれ以上は何も言わなかった。彼女の泣きそうなくらいの悔しそうな表情を透は見るのがとても辛かった。
「くっ・・・ガハ、わ・・か・・ば」
二宮が小さな声で語りかける。恐らく娘の無事を確認しているようである。
「大丈夫です。若葉は無事です!!」
透の言葉と表情を見た二宮は笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。2人を助けると約束したのに・・・私が・・・」
悠は二宮に助けてあげられなかった事に涙を流し謝罪した。そんな悠の姿を見た二宮は彼女に語りかける。
「あの子も幸せね・・・こんな良いお友達を持って・・貴方達なら若葉を託すことが出来るわ・・・」
「二宮先生」
「若葉が目を覚ましたら伝えてください・・・こんなお母さんでごめんなさい。貴方の事が大好きだったと・・・」
そう告げて二宮は眠るように目を閉じた。最後まで娘の事を思いながら彼女は生涯に幕を閉じようとしていた。
「行きましょう。彼女の意志を無駄にしては駄目よ」
「ええ」
透の言葉を聞いて悠も立ち上がり圭の下へと向かう。
「帰るわよ圭」
「待てよ!・・・二宮先生は?」
「彼女はもう・・・」
悠の言葉と地面に横たわる二宮姿で圭は駆け出そうとするが、透が止める。
「もう良いの・・・」
「良いってお前!!・・・まだ助かる!?」
圭は最後まで言おうとした言葉を透の表情を見て途中で止めた。彼女の頬からつたう涙はいつもの冷静な表情から不似合いな光景だが、それが圭には響いた。
「あいつは?」
圭は宇佐美はどうするのかと尋ねる。
「あの男が自分の罪を認める事は一生無いでしょう。なら、最後は自分の大切な研究所と最後を迎えるのが嬉しいでしょう」
悠は冷たくあしらう態度で宇佐美の最後を決めそれに2人も納得した。
「急ぎましょう。爆発まで時間が無いわ」
「ま・・・待て!・・・私を・・・置いていくな!!・・・助けて・・・助けてくれよ!!」
自分を見捨てて部屋を去る4人に対して必死に叫ぶ宇佐美だが無視される。
「誰でも良い頼む!!!・・・私はこのような所で死ぬべき人間ではない!!」
刻一刻と爆発が近付くに連れて宇佐美の精神は崩壊していく。誰も来ないのに涙を流して助けを呼ぶ。
「い・・嫌だ!!・・・し・・・死にたくない!!・・・・死にたくない!!!・・・・嫌だ!!!!!!」
叫ぶ宇佐美を尻目に二宮は静かに最期の時を待っていた。
『これが私の最後か・・・こんな事で罪が償えと思わないが、当然の結末ね。若葉、ごめんなさい。最後まで約束の守れない最低なママだったけど・・・貴方の時間は私にとっての最高の満足よ』
この日、ある町にある研究所が謎の爆発事故を起こし多数の死傷者を出した。
次回の投稿は11月10日を予定しています。




