#3
新宿のとある場所、ここ1,2年で建てられたものらしく外観は非常に綺麗で1階が事務所、2階は住居であろう。玄関の前に黒い小さな看板が立てられている。
『靴、鞄、PC、おもちゃなど何でも修理します。マジック・キャット』
猫のマークと共に書かれた内容からこの建物が修理屋であることが理解できる。中は外観の割に広く入ってすぐ右側に応接用のソファーと小さなガラス製の机がある。右奥にはキッチンと冷蔵庫が置かれている。入口の奥には職員の机と椅子が4つ並べられている。その右隣りには高級家具店のテレビデッキと46インチの大型テレビ、さらに同じく高級家具店のソファーと机。その職員用の机で4人の従業員がそれぞれの職務をこなしていた。ただ、気になるところはいくつかある。まず、職員は男性1人に女性3人という構成であるが、4人全員の見た目が未成年で10代後半であること。次に気になるのは4人のやっている職務がそれぞれバラバラでよく見ると1人を除き他の職員は完全に個人の趣味にしか見えないことである。
「おっ、おお!!これって大人気で売り切れのゲーム機じゃん。まだこれが残っているなんてまさに奇跡。 今すぐ買おう。いいよね?透ちゃん」
腰まで伸びた銀髪に首元に大きなヘッドフォンを掛けた少女が椅子をピョン、ピョン揺らして騒いでいる。
「そんなこと聞くまでも無いでしょう。ダメに決まっているじゃない。そもそも、そんなお金がどこにあるの?」
少女の注文にやれやれと思いながら答えているのは茶色のショートカットの女性である。
「ブー、ブー、ケチ、守銭奴。じゃあ2人はどうなの?これすんげぇ楽しんだぞ!!」
今度は別の2人に聞いてみた。しかし、2人はそれぞれ自分の職務に没頭して彼女の話をまるで聞いていないように見える。
「ちょっと、聞いてるの?圭ちゃん、悠ちゃん」
名前まで呼ばれても2人はそれぞれの作業を止めなかった。その1人は機械いじりに没頭している少年が答える。
「買うのは良いけど、前に買ったDVDも俺達に全然見せてくれなかったじゃねえか。前にも同じようにみんなで見ようとか言ってた気がするけどな」
彼に続けて肩まで伸びた黒髪の少女が自分の作業である海外の推理小説を読みながら答える。
「それに、先週、咲がどうしても欲しいって言ったパソコンを買った時にこれで最後だからって言わなかったかしら?」
2人の冷静な反論に咲と呼ばれた少女は痛いところを付かれたような顔をした。
「あれは、前のパソコンがオーバーヒートしてどうしよもなかったからであって。それよりその原因は依頼に関わる情報収集が莫大だったからでしょう。だったらオーバーヒートの原因は3人にもあるんだからね」
咲は先ほど悠ちゃんと呼んだ少女と圭ちゃんと呼んだ少年。さらに最初に話を振った透ちゃんと呼んだ少女の方を見て言った。ちなみに悠の机は他の3人と違い若干大きめで正面に『所長』と書かれている。
「それより悠、先月も赤字だったわよ。依頼を受けないのは自由だけど受けないなら切り詰めていかないといけないわ」
透は悠の方に自分が先ほどまで打ち込んでいた家計簿を見せた。すると悠は読んでいた推理小説にしおりをして家計簿を見て考えをまとめた。
「節約なら簡単ね、九十九君がやってるガラクタ作業を辞めさればかなり浮くと思うわ」
悠は冷静に答えを導き出すが圭は反論する。
「オイオイ、何言ってんだ。これはうちの事務所の仕事に役立つものを作ってるんだぞ。それより、お前の推理小説と高級紅茶類がよっぽどうちの財政を圧迫してると俺は思うけど」
「あら、心外ね。これは私なりの情報収集よ。それに私のやっていることは捜査に毎回役立っているけど、あなたのガラクタよりは役に立ったことあったかしら?付け加えるならこの紅茶は私が厳選して選んでるだけあって今まで不味いと文句を言われたことはないわよ。私からするとあなたが私達と同じように紅茶を飲んでいればあなたのお茶代が浮くと思うけど?あれも結構いいお茶だったわよね?」
「それはどうも、残念ながら俺は紅茶が嫌いでね。お茶は日本茶か中国茶しか飲まない主義でね」
「相変わらずの減らず口ね。どうしたらその癇に障るおしゃべりを止めるのかしら」
「一生治らねえよ」
悠と圭は毎回このようなことで口論や意地の張り合いになっている。ただその内容はいささか子供っぽいところがある。
「でも、圭ちゃんの道具って存在意義が皆無だよね。ていうか、それなら真面目に修理業務をした方が良いんじゃない。私の技術もおおいに役立つぞ」
「それは私からも同感ね。依頼を受けないなら、せめて修理業で真面目に働いてほしいわ。それにはまずこのバカ高い料金設定をどうにかしないとね。鞄修理が10万円からなんて相場の10倍以上は取ってるわよ」
先ほどの圭と悠の口論に透と咲も入ってくる。
「仕方ないわ、透。九十九君は根がニートだから働きたくないのよ。そうでなければこんな常識はずれな料金設定にしないわ」
「あのねえ、君ら勘違いしてないか。うちは修理屋じゃないの、探偵事務所だぞ。修理屋なんて警察や他の探偵からマークされない為にやってる訳だし。それで金儲けする必要は無いと俺は思ってるわけ」
3人の意見に対して圭は作業を止めて手を頭の後ろにやり椅子の背にもたれならが反論した。
「だったら、せめてもう少し依頼を取るようにしようよ。この間も4件来たうちの3件の内1つは圭ちゃん、もう1つは悠ちゃんがそれぞれ断ちゃったじゃん」
咲は不貞腐れてる様子で机にもたれていた。
「しょうがねえだろう、痴漢で訴えられた相手の復讐なんて。しかも、調べたらおもいっきり依頼者に落ち度ありまくりだったじゃねえか。何で俺らがそんな復讐の手伝いをって考えたらアホらしくなって」
「同感ね。ただ私は九十九君には人生勉強の役になる内容だと思ったけど。残念だけど九十九君はそこまでクズじゃないものね」
「息をするように俺への罵倒は止めて欲しいな」
また圭と悠が言い争いになりかけていた。まさに息をするように喧嘩をする2人である。仲が良いのか悪いのかこの2人は。この口論を止めさせるべく透が割って入る。
「そう言えば悠が断った依頼は何だったかしら?」
「私を裏切って結婚した相手への復讐の依頼よ。全文読まなくてもやる気力が失せたわ。結局、調べたら依頼者が別の相手と不倫していたなんて小説以下の真実だったわ」
2人が断った依頼の内容を思い返していた。
「もう1つは何だったかしら?」
「あれだよ。友達を殺した幽霊への復讐」
「ああ、あのバカバカしい依頼ね。流石にこれは私も頭にきたわ」
「本当。うちを心霊退治専門と勘違いしてる不届き者がいるとは」
透と咲がもう1つの依頼拒否の内容を思い返していた。するとポストに何か投函される音がした。
「おう、久々の依頼か」
咲が投函される音に反応した。
「取ってくるわ」
透が手紙を取りに行った。中には黒い封筒が入っていた。間違いなく依頼だった。透は黒い封筒を持って元の位置に戻る。他の3人は透の方を見ている
「良い?読むわよ」
『私の名前は桜井雪子です。いきなりですが、姉を殺した人を見つけて復讐して欲しいんです。姉は桜井春海と言い、去年の9月学校から帰ってくる途中に行方不明になり、次の日には駅前のビルの上に鞄と靴があり、その真下で姉が後頭部を打ち付けて死んでいるのが発見されました。警察の捜査の結果、死因や屋上にあった鞄の中から姉の遺書が発見されたことにより自殺と断定されました。でも、いくつかおかしなことがあります。1つは死因とされた後頭部の強い衝撃何ですが、自殺した人が後頭部から打ち付けて死ぬなんてあり得ないと思うんです。警察もその辺りはおかしいと思ったのですけど現場の指紋から姉が後ろから手すりを握ったという鑑識が出ていますから警察もそれから疑いませんでした。次に遺書なのですが、この遺書が何故かワープロソフトで書かれていました。姉は昔から機械音痴でパソコンなんか電源も付けられないはずなのにワープロで打ち込むなんてあり得ません。確かにその前の日に友人とパソコン室に入っているのを見たという情報はあるのですけど。でも、姉はそんな誰かに恨まれていたり、いじめられていたりという話は無いですし、確かに成績優秀の生徒会長だったので嫉んでいる人はいましたがとても殺人を起こす人達じゃない。私は姉が死んでから数カ月経っても姉は殺されたとずっと思っていました。でも、情報が行き詰まりだしていつしか姉は自殺したと思いこんでいくようになっていきました。ですが、姉が死んでから私の家族は壊れてしまいました。目を合わせても挨拶もないし、何かあれば両親は喧嘩しています。姉がいた頃は家の中が明るい温かい家庭でした。もし、そんな明るい私の家庭を奪った犯人がいるなら私は復讐したいと思う。もし、生きているなら私はその犯人を許さない。』
読み終えると4人はそれぞれ顔を見合わせなかった。手紙を読んだだけで依頼者の彼女の辛さを感じ取っていたからである。
「この子なんか、かわいそう」
咲が口を開いた
「そうね、理由も前兆もなくいきなり自殺なんてされたら・・・それで2人はどうなのこの依頼?」
透は咲に同調した後、依頼を受けるか受けないかの是非を圭と悠に問う。
「内容からしても彼女が疑うのは明らかね。疑問に思っている内容も証拠は出てるし自殺と結論付ける証拠になっても問題ないけど、やっぱり今までの事象と照らし合わせても不自然ね」
「圭はどう思ってるの」
「俺も悠と同じだ。特にこの文面に書かれている内容にこの桜井さんの思いが出てるし、俺も彼女が疑問に思う点は俺も明らかにおかしいと思う」
2人の意見を聞いたうえで透は切り出す。
「どうするの、この依頼?」
「受けるわ、久しぶりに面白そうな依頼だしね」
「右に同じ。歯ごたえのありそうな依頼だな」
圭と悠は内心嬉しそうに見えたのは少し不気味である。
「よっしゃ、待ってました」
2人のセリフに咲はおおいに喜んだ。
「透、いつもの通り頼むわ」
「了解」




