#2
姉の自殺から半年が経ち雪子自身も姉の自殺の不可解な点に関することの関心が薄れかけていた。
「桜井さんはこれ知ってる。復讐探偵?」
雪子は部活の部長である柏木美琴に突然話しかけられた。
「復讐探偵って、あの都市伝説のことですか?部長。」
「そう、恨みのある人間に代わって復讐を行う探偵の存在のことよ」
「私には探偵と言うより殺し屋っぽい感じがしますけど・・・」
彼女の疑問に柏木は笑顔で答える。
「確かに桜井さんの疑問も最もね。気になるならあなた自身で調べてみると良いわ。今度新聞部に出す記事の候補にもなってるから。丁度良いと思うけど?」
「はぁ・・・」
雪子は部活終了後帰宅してすぐ復讐探偵に関する情報をインターネットで探した。そうすれば、嘘か本当か分からないが彼らに関する情報がわんさか出てくる。中には彼らによって助けられたと書かれている記事もあった。ただ、どの記事にも彼らは恨みある人物に制裁を行うという記事が書いていた。そして、1番気になった記事は『彼らは未解決事件や捜査の対象にならなかった事件を解決してくれる。一度は解決された事件でも新たな真実を見つけてくれる』という情報である。この記事を見て彼女は忘れかけていた姉の自殺に不可解な点と『もし、姉が自殺ではなく誰かに殺されたのなら?それに姉の死によって崩壊した家族の原因を作った奴が生きているのなら許せない、殺したい』そんな強い嫉妬心が彼女からあふれ出した。雪子は彼らに関する情報を集める中で彼らにどうすれば依頼を行うことできるか調べた。そうしてある1つの情報を見つけた。
● 空の封筒の表に送り先の住所を記入する
● 封筒の裏に自分の名前と住所を記入する
たったこれだけの作業である。表に書く住所には新宿にある『虎燕軒』という名前の店を記すように書かれていた。名前を調べるとどこの町にもある大衆中華料理だった。『こんな店が・・』
雪子は心の中でそう思いながらも記された手順で封筒に書き、切手を貼ってポストに投函した。ネットの情報には手紙を出してから3日以内には依頼作成書なるものが届くらしい。手紙を投函して2日間雪子は何ともいえない気持ちになっていた。『早く依頼書が来てほしい、でも怖い』この思いは真実を知りたい気持ちと彼らの不気味な存在という2つが彼女をそう思わせた原因であろう。
3日後の夜、学校から帰ってポストを開けると彼女宛の封筒が届いていた。それを見つけると彼女は一目散に自分の部屋に上がった。今日から父は出張、母は度重なる父との喧嘩に嫌気が差して実家に帰っており、家には彼女しか居なかった。1人になったとはいえ、自分以外にこの内容を読まれたくなかった。封筒の中には黒い小さな封筒が入っていた。『黒猫探偵社』
表には事務所の名前と猫のマーク。見た感じでは復讐を行う探偵とは思えない名前とマークだが黒一色の封筒が逆にその事実を裏付けているように見えた。封筒の中には黒い書類が2種類入っていた。1つは依頼作成書なるものともう1つは説明書になっていた。
この度は黒猫探偵社をご検討いただきありがとうございます。この手紙が届いたという事はあなた様に復讐の意思があるということです。微力ながら私どもがこの復讐を実行して差し上げましょう。しかし、この手紙が届いて逆に恐ろしくなり復讐心が薄れたお客様もいらっしゃるでしょう。安心してください、そのような場合はこの手紙を破棄されても構いません。また、迷っている方は最後まで読んで決めてもらっても構いません。ただし、そのあなたの意志を最後まで貫き通す覚悟は持ってください。なお、復讐を依頼される方も必ず最後までお読みください。
この黒猫探偵事務所は依頼主に代わり復讐及び制裁を実行します。ただし、この復讐を行う上で依頼者にいくつか守ってもらう制約があります。※依頼者は必ずお読みください。この制約を守っていただかない依頼はお断りしています。
● 当事務所が行うのはあなたが憎んでいる人物に対する復讐のみを実行する。ただし、全てにおいて復讐を行う訳ではなく。以下に該当する事項のみ実行する。
1.対象者が殺人又は依頼者又は関係者の復讐心を煽る行為を行った。
2.殺人者の場合、警察に逮捕されておらず未解決又は迷宮入り、捜査対象にならなかった人物を対象にす る。
※1の事項における復讐心を煽る行いによる復讐についての判断はこちらで行います。ただし、こちらは殺人とは違い依頼承諾とならないケースが多いので予めご了承を
● 復讐については粛正という形で対象者を殺すこともあります。
● なお、当事務所に依頼されたことを依頼主以外の人物に漏らしたり警察に連絡した場合は依頼を破棄し、速やかに依頼者の処刑に移らせていただきます。
● 当事務所は粛正に当たり必ず現場に自分達が行った犯行であるという証拠を残します。それによって警察が事件の関係者として依頼者又は親族に影響を及ぼしますが、当事務所はその責任に一切を応じません。これは依頼者に復讐を行ったという罪の十字架を背負ってもらうためです。
● なお、上記の罪から恐れて以下の行動を取った場合については以下の粛正を行う。
1.依頼終了後にこの依頼書や当事務所からの報告書の破棄による隠蔽や他人に全ての罪を擦り付けるなどの行いをした場合には依頼者の処刑を実行する。
2.依頼終了後に依頼者が自殺した場合は依頼者の親族を含めた大事な人を粛正の対象として処刑する。
● 以上の事項に同意できるかたは依頼作成書に依頼内容を事細かに書いていただき、届いた時と同じ封筒に入れて投函して下さい。
● 依頼に応じるかの判断につきましては1週間以内に返答します。応じる場合のみこちらから改めて返信し、細かい説明や依頼料についてのお話しをします。返信がない場合はこの依頼を受けないという事でご理解ください。 黒猫探偵社
雪子は迷っていた。文面に書かれていた『復讐を行ったという罪の十字架』という言葉である。いわば人殺しという十字架を彼女が背負うという事を意味している。確かに自分だけ安全な場所で高みの見物をして第3者に面倒事を押し付けるのだから。そんな甘い話はこの世にあるわけが無い。雪子としても既に自殺と断定された事件を洗い流してもらうのだから当然である。問題は彼女だけでなく家族に被害が及ぶという点である。彼女自身まだ未成年でありもし彼女が逮捕された場合1番迷惑するのは両親であるのはまず間違いない。そう考えると依頼書に書くことをためらわせる。しかし、彼女は姉が奪われたことによって彼女達家族に生まれた不幸を考えると憎悪がさらに湧いてくる。その憎しみがペンを依頼書に走らせた。彼女は今回の依頼を受けるに至った経緯やそれに伴う不可解な事を全て書き殴った。書き終わった後は書かれた通り封筒に入れ家の近くのポストに入れた。
『何だろう、この達成感。今までに無い感じ。自分の欲望に素直になるのはこんなに気持ちいいものなの、胸の鼓動が止まらない』
こんな思いは一生味わえないかもしれない、それでも二度と味わいたくない喜びでもあった。