#10
午後10時、本来なら誰も居ないはずの学校の校舎に何人かの生徒が近づいて来る。
「でも、良いんですか?この時間に学校に来ても、いくら柏木先輩からのメールとは言えこんな時間に呼び出されるなんておかしくないですか?久保先輩」
「仕方無いよ、柏木さんが大事な話だって言うからね。僕だってこんな時間に行くなんて少し怖いけど」
由美子の問いかけに答えるのは、柏木、渡部と同じくミステリー研究会の3年生部員の久保直樹である。大柄な体格に見合わずおとなしい性格の男子生徒である。今、この場所には桜井雪子、弓永由美子、久保直樹、藤岡隆一の4人である。
「そう言えば、渡部先輩はどうしたんですか?」
「彼なら警備員の橘さんに事の次第を話してるとこだけど、どうも、遅いな」
「みんなで様子を見に行ってみませんか?」
雪子の提案に皆賛成し、全員で警備員室に向かう。
「ですから、僕らは柏木さんに呼ばれてここに来てるんですよ。お願いしますよ」
「いや、しかしだね。上の規則で夜7時以降の生徒の校舎への侵入は教員の許可が必要であって」
警備員の橘とのやり取りが全然進まないことに渡部はいら立ちを覚えていた。
「渡部君。まだ、許可が下りないのかい?」
「そうなんだよ。柏木くんはもう来てるのに、彼女は橘さんにちゃんと許可を得てるんですよね」
「ああ、顧問の畑中先生の手伝いということになってるが」
「僕らも同じ扱いにすればいいじゃないですか?」
「いや・・・しかし、先生の判断なく勝手なことをするのは・・・」
話は全く進んでいかない。それを部屋の奥で見ていた和がある提案をする。
「橘さんそれだったら、俺達が一緒に付いて行ったら良いんじゃないですか?」
「それは、どういうことかい?木村君」
和はここでは木村太一という名前を使っている。ちなみに圭は和泉康太という名前である。
「つまり、俺達が付き添いでその畑中先生って人の下に行けばいいんじゃないですか?そこに彼らの言う柏木さんって子もいると思いますし」
「なるほど、分かった。じゃあ、和泉君と私は一緒に彼らに付き添ってくれるかい?木村君はここで待機してくれ」
「分かりました」
圭と橘は生徒達と彼等が待ち合わせ場所に指定されたミステリー研究会の部室に向かっていた。ミステリー研究会の部員は安心したのか会話をしながら向かっているが雪子だけは先ほどから警備員として付き添っている圭のことを気になっている。そうこうしている内にミステリー研究会の部室に到着する。ドアを開ければ柏木がいると思っていた部員達はすぐに思いもつかないことが起きていたことを理解した。
そこには柏木の姿は無く、暗い部屋の中にノートパソコンが付いているだけであった。
「何だ、君達。彼女はいないじゃないかい?それにパソコンも付けっぱなしじゃないか」
「それはないですよ。僕が木村と放課後に来た時に部長さんが居ましたがパソコンを切って、この部屋から出て行きましたよ」
「その後、他の生徒が入ったりしてないのかい?」
「それも無いですよ。彼女が出る時にカギを閉めてそのカギを職員室に持って行ってましたし、僕らが夕方に確認した時にちゃんと職員室にありましたよ」
「じゃあ、柏木さんはここに来てるってことだよね」
部員達もこの不可思議な状況に戸惑っている頃、藤岡がその電源が付いてるパソコンの中身を見ようとする。
「こ・・・これは!」
藤岡の驚きの声にこの部屋にいる全員が藤岡の下に集まる。そこにはカナで何か書かれていた。
『ワレ ハ アクリョウ。ワレ フタタビ マイモドル。 イケニエ ヲ サガシニ アノバショニ』
「学園の悪霊?まさか、柏木先輩が?」
「バカ言うな、そんな噂話が本当な訳が無いだろ」
渡部は自分の恐怖心を取り除こうと強気になっている。しかし、この怪文章の内容が気になった雪子は部室を出て廊下の窓から旧校舎の方を見ると普段絶対に灯りがともるはずがない旧校舎の生物室に明かりが灯っていた。
「あれ・・・・柏木先輩!!」
雪子の大声に今度は全員が彼女の見ていた旧校舎の生物室を見る。そこには薄暗い部屋の中で首を吊るしている女子生徒の姿が見えていた。そしてその横には巨大な刃物を持った男性が見えていた。彼らの存在に気付いたのかその男はこちらに顔を向けた。
「キャアー」
由美子の悲鳴が廊下中に響き渡る。その男の顔の半分が焼けただれており、およそ人間と区別が付かない形状になっていたからである。
「早く助けないと」
「橘さん、旧校舎の生物室のカギはどこに?」
「いや、和泉くん。そんなことをしていては彼女の身が危険だ。ここは急いで旧校舎に向かい扉をこじ開けた方が速い」
橘の意見に圭は納得して。全員で先ほど見えた旧校舎生物室を目指していた。2階に上がると生物室近くの社会科資料室から畑中先生が姿を見せた。
「どうしたんですか?皆さん」
「閉鎖している生物室に誰かいるんです。先生も手伝ってください」
「分かりました」
畑中先生も加わり生物室を目指す。生物室に到着すると、橘、圭、畑中の3人で勢いよく扉に体当たりをする。3回目でようやくドアをこじ開け中に入ると先ほどまであった首吊りの女子生徒と謎の男は消えていた。
「何故だ、さっきまでここにいたのに?しかも、カギが掛かっていたのにどうやって?」
橘を始めとした先ほどミステリー研究会の部室から見ていた全員がこの場の光景に疑心暗鬼している。
「やっぱり、学校の悪霊が・・・・」
久保が1人怯え切っている様子だった。
「きっと、柏木さんは学校の悪霊のことを調べていたから奴に殺され・・・」
「貴様、いい加減にしないか。そんな噂話が本当な訳ないだろう。だとしたら、彼女の死体と奴はどこにいったんだ?えっ!!」
渡部が強い口調で久保に詰めよる。
「ちょっと、藤岡先輩落ち着いて下さい」
「先生、柏木先輩は確か先生のとこにいらしてたんですよね?」
雪子は畑中先生に尋ねた。
「そうだが、君達との約束があると言って30分前には出て行ったはずだよ」
30分前と言えば彼らミステリー研究会の面々が学校に到着した時刻である。
「じゃあ、先輩はどこに?」
「いや、私に言われても・・・・」
「とにかく、今日は一旦引き上げないか?もし、嘘なら明日、柏木くんに確かめればいいじゃないか?」
「ですが・・・・先輩」
「どうせ、さっき見た物も僕らを呼びつけたのも柏木くんのいたずらなんだよ」
渡部の意見に全員が納得して今日は一旦引き上げることにした。
「悪いね、和泉くん。初日からこんな遅くまで。戻ったら木村くんと一緒に今日はもう上がって良いよ」
「はい。あのう・・・橘さん」
「何かな」
「さっきの部屋はずっとカギが掛けられていたんですか?」
「まあ、例の噂のことがあって20年前から開かずの部屋になっているよ」
「でも、カギはあるんですよね?」
「ああ、あの旧校舎の教室のカギは職員室ではなく。全部警備員で管理しているんだよ」
「それは、今、使ってない教室もですか?」
「そうだよ、何か気になることでも?」
「いいえ、別に」
警備員に戻り、言われた通りこの後圭と和は今日の仕事を終えた。その後、帰り途中に圭は先程までの出来事を和に話していた。
「薄気味悪いな。それにしても、俺がいた時も誰も正門から出ていく姿は見てないぜ」
この学校には正門と裏門に監視カメラを設置している。誰がそこを通ればそこに映るはずだか、誰も映っていなかった。しかし、校庭の裏に抜け道があると橘が教えていた。もし、彼女がいたずらでやったならそこから出て行ったのかと2人は考えていた。
「そんなことが、大変だったわね」
圭は今日のあったことを事務所メンバーに話していた。4人は疑問を話していた。
「それにしても、ちょっと妙よね。いたずらにしてはちょっと過激過ぎるわ。もし、いたずらだったとしても彼女と一緒に行った人物がいるはずよね?他に学校にいた人はいなかったの?」
「いや、あの学校にいたのは俺達警備員の3人、ミステリー研究会の生徒、それと次の日の授業の準備していた畑中先生だけだ。もしかしたら、裏の方からこっそり入ってきたとしか考えられないかな」
「九十九君、彼女はそんなことをするような人に見えたの?」
「分かんねえ、ただなんか隠し事をしてるように見えたな。それに今回彼女らの調べる調査に彼女は乗り気じゃないらしいな」
「何を調べたかったのかしら?」
「それなんだけど、咲。明日俺と一緒に学校に入ってくれないか?」
「ええ、私が?」
圭の提案に発言に咲は非常に驚いていた。それは他の2人も一緒に。
「ちょっと、圭何考えているの。咲は情報収集が仕事でしょう。いくら、あなたがいるからって咲を学校に入れるのはかなり危険よ」
「九十九君と咲が入ったら学校内は授業所じゃないわね。問題児が2人も校舎に居られたら生徒達はかわいそうね」
「こら、悠ちゃん。それは聞き捨てならいな。私は圭ちゃんと違って一般常識はあるほうだぞ」
咲は悠の発言に少し腹を立てていた。
「前に飯を食いに行った時にあの店員の態度が気にいらないって言って店のコンピューターにウイルスを侵入させたバカは誰だ」
「あれは、その、店員の態度が・・・それに他の皆だって私と同じ気分だったぞ」
「それより、何で咲を学校に?咲じゃないといけない仕事なの?」
「実は例の部長さんが俺らと話している時に慌ててパソコンを切ったんだ。もしかしたら、何かあのパソコンの中に俺らに知られたくないことがあるのかと思って。もしかしたら今回の依頼に役立つこともあると思ったんだ」
「確証はあるの?」
「いや、仮に複雑なパスワードが必要になると俺だと時間掛かると思ったから、咲ならほんの数分で開けるから」
「そんな手間かけなくても、これさえあれば一発だ」
そうすると咲は圭の前に一本のUSBメモリーを見せてきた。
「これをそのパソコンに刺せば、あっという間に中身のデータを抜きとれるぞ」
「サンキューな」
「ただ、完全にデータ取り込んだ状態で抜かないとダメだからね。途中で抜いてもデータが壊れて使い物にならなくなるし、逆にパソコンの方にも悪影響が出るぞ。これは元々私がハッキングやデータ収集の為に作った特注品だから。大事に扱ってよ」
「分かったよ」
圭は咲からUSBメモリーを預かった。
「お前らは明日何時くらいに来るんだ?」
「12時45分だから。昼休みの時間ね」
「その時間は私達の前に姿を現さないでよ九十九君。話がややこしくなるから」
「残念ながら、俺は仕事中ですから」
「それは私にとってうれしい誤算ね」
とてもうれしそうな悠の顔をいつものことのように見つめる圭は相変わらず仲である。
来週は月末なので2本連続掲載を予定しています




