第1章 優しい人(6)
岸さんが他の友達と帰ってから教室の隅で膝を抱えた。結果オーライだが、正直自分の情けなさに心が折れそうである。俺はメールアドレス1つ訊けない男だったのか。
「どうしたんだよ。頭からキノコ生えそうなくらいジメジメして」
「いや、俺って自分で思ってたよりも情けない男だったんだなと思ってさ」
アドレスぐらいさらっと聞いてかっこいい自分でいたかった。理想の男でいたかった。そんな俺に、桐斗が急に熱意をこめる。
「何を言ってるんだ直人! その頑張りが大切なんだ。私のためにここまでしてくれる男の子かっこいい~。これが世の女性陣の心である。落ち込むことはないぞ!」
「いや、2次元しか知らないお前に女性陣の胸中語られても……」
「お前の努力は実ったんだ! これからはいつでも連絡取り放題。話し放題。どこに落ち込む要素があるって言うんだ! 終わりよければすべてよし。そうだろう直人!」
俺の言葉を完全に無視しているが、そこまで熱意をこめて言われるとなんだかそんな気がしてくる。そうだよな。だって、俺は岸さんのメールアドレスを手に入れたんだ。色々あったが結果的に勝利したんだ!
俺は机に手を突いて立ちあがり、桐斗と目が合うや否や強く抱き合った。
「友よ!」
「お前ならできる!」
教室に残っていたクラスメイトから冷たい目で見られたのは言うまでもない。
メールを送ると岸さんは必ず返信をくれた。どうでもいいことでも丁寧な返信が返ってきて、いつしか岸さんとメールするのが日課になっていた。俺1人では岸さんのメールアドレスを知ることはできなかっただろう。行動力がある桐斗にとりあえず感謝である。
桐斗は本気で俺と岸さんの事を応援してくれているようで、よく2人きりになれるように気を遣ってくれた。そのおかげで自然な形で岸さんと下校することができたし、その度に会話は盛り上がって途切れることは無かった。話したくて、聞きたくて、もっとこの時間が続いて欲しくて、帰路の短さが憎らしいほどだ。
最初はただ話しているだけで良かったけれど、それだけではあまりにも時間が少なすぎた。もっと一緒にいたい。もっと岸さんのことが知りたい。そう思えば思うほど授業中でも岸さんを眺めていることが多くなった。俺の知らない岸さんをもっと知りたい。岸さんもそう思ってくれていたらいいな。そんな風に思うのは初めてで、不意に目が合って岸さんが笑顔を向けてくれると、体が熱くなって心臓が胸の中で暴れた。
俺は、岸さんが好きだ。どうしようもなく好きでたまらないのだ。この気持ちをどうしたらいいのか良く分からないけど、とにかくもっと話す機会が欲しかった。誘うなら映画だろうか。突然誘ったら岸さんはなんて言うんだろう。迷惑だったりするんだろうか。
「直人、今こそ男の本気を見せる時だ!」
桐斗がそう言ってチラシを机に叩きつけた。周囲が昼休みで騒がしい事もあって、目立つことは無いが、広げた映画のチラシは完全に浮いていた。