第1章 優しい人(5)
なんてかわいいんだ! 天使すぎる。もうこのまま死んでもいい!
「藤沢君、どうしたの?」
笑顔のまま優しく問いかけてくる。そうだ、メールアドレスだ。ここまできたらせめてメールアドレスは知っておきたい。でも、急にメールアドレス教えてなんて言ったら気持ち悪がられるだろうか。とにかく沈黙だけは避けなければならない。
「あ、あの」
とにかく声は発したがこの後なんて続ける? メールアドレスを教えていただけないでしょうか、でいいのか? それとも今日の天気とかから話して少しずつメールアドレスに話を持って行けばいいのか? 急すぎて何も思いつかないが今はとにかく天気の話をしよう。
「今日、いい天気だね!」
「え?」
岸さんが困ったように外を見る。俺も遅れて外を見る。今日は稀に見る土砂降りである。
なんで天気の話したんだ! 今日は朝から土砂降りだっただろ。気づけよ。傘も意味ないぐらいの土砂降りで朝から文句言いまくってただろ! なんでここで忘れるんだよ。
助けを求めて桐斗の方を見ると、桐斗は頭を抱えて声を発さずに叫んでいる。
叫んでる場合じゃないだろ! 知恵を貸してくれよ! 使えない奴だな!
「藤沢君、雨が好きなの?」
岸さんに目線を戻すと、不思議そうな顔で質問してきた。その手があったか!
「そ、そうそう! 俺雨好きなんだよね!」
岸さんは笑顔で頷いてからさらに訊いてきた。
「藤沢君は雨のどこが好きなの?」
そうきたか! 笑顔で訊いてくる辺り、俺が本当は雨が嫌いで、なんで今日警報出ないんだよって思っていた事は察していないみたいだがどうする? このままだと自滅だ。完全に墓穴を掘っている。順調に墓穴を掘り進んでいる。メールアドレスだぞ。メールアドレスを訊きたいんだぞ俺は! メールアドレスを訊くきっかけが欲しいだけなんだ。しっかりしろ藤沢直人。できるぞ。俺ならできる。雨って水の子供みたいでかわいいじゃん、はどうだ? そうだ、これで行こう。比喩を使っていて知的アピールもできるし一石二鳥だろ。最終的にメールアドレスを訊けばいいんだから。よし、行くぞ!
1度落ちついてから岸さんに言った。
「雨って、メールアドレスみたいじゃん?」
間違えた! 完全に間違えた。メールアドレス考え過ぎて混ざった! どうするんだよ。これもう完全に墓穴どころじゃない。墓穴完成して体半分入っちゃってるよ! むしろ棺桶にセメント流しこまれてるぐらいヤバいぞ! 変な汗出てきたし、どうしたらいいんだ。
岸さんが完全に意味不明という顔をしている。何とかしなければ。考えろ。突破口が何処かにあるはずだ。絶対にできる俺なら――。
「へぇ、そんな考え方があるんだ。藤沢君ってすごいね」
納得してるぅぅぅ! 何に納得したか全く分からないが何かに納得してる!
そんな俺を見ていられないとばかりに桐斗が飛んできた。
「っていうことで、メールアドレス交換しようよ!」
いや、無理矢理すぎるだろそれ!
「いいよ」
頑張りも虚しく、俺は桐斗の介入によってメールアドレスを交換することができた。