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LICORIS  作者: カムクラ
誤ちの訪問、あるいは来るべくして招かれた客人
3/16

Mr.

案内されたのは小さな役場の様な建物だった。

女性は入口のスロープを登り、手招きをしながら中へ入っていく。

後を追うと、中では女性が誰かと喋っていた。

女性が喋っている感じからして、相手はさっき言っていた町長の様だった。

そこまではいい。

問題はその町長だ。


女性の目の前にいるであろうその町長は、服と帽子が浮かんでいるだけの姿だった。

黒いシルクハット。

半袖の白いシャツ。

ノースリーブな黒のジャケット。

黒のズボン。

それから、白い手袋と黒の革靴。

肌が出ているはずの部分に肌色は見えず、背景が見えるだけである。



「町長さん、あの子よ。ほら、こっちへいらっしゃい」



女性に手招きされ、町長を凝視しながらそちらへ近付く。

女性の真横に立った時、町長の、七分袖のシャツの先に浮く白い手袋が、おそらく顔があるであろう辺りにまで浮かんで頬を掻く仕草をした。



「そんなに見つめられると照れますね」



見つめてしまうのも無理はない。なにせ相手は、生まれてこの方初めてお目に掛かる“透明人間”なのだ。

声だけ聞くといい年の中年男性の様に思えるが、姿が見えないので何とも言えない。



「それじゃあ町長さん、この子の事をお願いしますね。私はそろそろ家に戻らなきゃ」



女性は二人に手を振ると、そのまま出て行ってしまった。

町長が衝撃的過ぎて、お礼を言うのを忘れていた。


次に会ったら、名前を名乗って、お礼を言おう。


女性が出て行った扉をしばらく見ていると、町長が咳払いをした。

見れば棚を開けて中をゴソゴソと漁っている。そして一枚の紙を取り出して、ペンと一緒に応接用の机の上に置いた。



「リーベから話は聞きましたよ。あぁ、リーベというのは貴方をここに連れて来た先程の女性です。それで、貴方は外からいらっしゃったとか。ここには外からのお客様は滅多にいらっしゃらないので、残念ながら宿泊施設がありません」



説明をしながら、どうぞ、と椅子を勧められたので素直に座る。



「リーベに聞いたとは思いますが、この町に来るバスは不定期です。最後に来てから最低でも一週間は来ませんし、来ない時は数週間や数ヶ月来ない事もあります」


「そんな…」


「お客様はお帰りになる事を望んでいるそうですね。そうなりますとバスが来るまでの間、この役場の宿泊室に止まって頂く事になりますが、宜しいでしょうか?」


「え?さっき宿泊施設は無いって」


「えぇ。ありませんが、時々、本当に稀に貴方の様に外からいらっしゃる方がいるのです。その為、使われていなかった役場の別館を宿泊施設として改造したのです。大抵の方はそのままここに定住するのですが、この町に居場所が出来るまでそこに泊まって頂く事になっています」


「居場所…」


「では改めて、宜しいでしょうか?」


町長が首を傾げる。いや、多分傾げた。

宜しいかどうかと聞かれても、他に宿泊出来る場所が無いならばここで頼むしかないだろう。

お願いします、と頭を下げると、先程の紙とペンを目の前にスッと差し出された。



「それでは、ここにお名前と性別、年齢やその他諸々を項目に沿ってご記入お願いします」



「宿泊申込書」と書かれたその紙は明らかに手書きのものを印刷したような紙で、基本的な個人情報の他に「好きな食べ物」などというよく訳の分からない項目まで書かれていた。


記入し終えた紙を町長に渡す。

町長はそれに目を通す仕草をすると何かサインをした。



「イオリ様ですね。承りました」



書類を書類棚に仕舞い、腰に付けていた鍵の束を取り出す。



「町の簡単な説明をしながら、部屋までご案内致します。どうぞこちらへ」



町長が立ち上がり、受付カウンターの傍の扉を開けて、さらに受付カウンターの奥にある扉まで歩いていく。

少し距離を取りながら後について行くと、カウンター奥の扉の先には廊下が続くのではなく、小さな中庭があった。

青々とした芝生と、それによく合う小さな花壇がある。


そういえば、来る途中の道端に沢山の彼岸花が咲いているのを思い出した。

季節外れの彼岸花が咲く場所。

だから、『ヒガン町』なのだろうか。



「さて、まずお話しておかなければならない事があります。宿泊施設ですが、ここで宿泊しているのはイオリ様だけではありません。きっと他の方と顔を合わせる事もあると思います。私もここで寝泊まりしていますしね。その点はご了承下さい」


「はい、大丈夫です」


「小さい町とはいえ、夜は危険です。慣れない土地でしょうから、尚更に。外を自由に歩き回る事は一向に構いませんし、むしろ大歓迎ですが、どうか暗くなる前には帰ってくるようお願いしますね」


「…分かりました」



中庭を横切り、別館の扉を開ける。

宿泊施設に改造された別館は、どうやら二階建てらしい。

町長は建物に入ると別館の二階に上がり、階段から少し離れた部屋の前で止まった。部屋の掛け札には「3号室」とある。

鍵の束から鍵を一本取り、イオリに差し出す。



「これがこの部屋の鍵となります。正玄関は階段を降りて正面です。先程通ったのでそこはお分かりですね。一階にはお手洗いと浴場、それから食堂があります。そこまで広くないのですぐ分かるでしょう。私は日中は大抵役場にいます。何か困った事があったら聞きに来て下さいね」


「ありがとうございます。えーっと…」


「あぁ、私の事は『町長』か、『Mr(ミスター).』と呼んで下さい。みんなそう呼びますので」


「分かりました。ありがとうございます、Mr.」


「どういたしまして。ここ、ヒガン町はとても不思議な町です。イオリ様にとって何か良い事があるといいのですが。では、私はこれで」



そうして町長…………Mr.は、小さくお辞儀をすると役場に戻っていった。


彼はきっと紳士的な男性なのだろう。

対応はとても丁寧で、リーベとの会話の感じからしても(何を話しているかは聞こえなかったが)町の人に慕われている様だ。

しかし姿が見えないせいかどうにも掴み難い雰囲気がある。

ふわふわとした、得体の知れない何かを相手にしている様な、そんなもやもやを胸に抱えつつ、貰った鍵で部屋の鍵を開けた。


中は一人部屋としては丁度いいくらいの広さで、ベッドと小さなテーブルに椅子、クローゼットなどがあった。

トイレやシャワー室などは無い様なので、共用なのだろう。


トイレと浴場、食堂もあるらしいが、それらの場所の確認は後にして、ボスン、とベッドにダイブする。

数日分の着替えはあるので、服に困る事は無い。お金もそれなりに持ってきてはある。

通帳ももちろん持っているが、果たしてこの町に銀行はあるのだろうか。


Mr.の言っていた事を思い出す。

「ヒガン町は不思議な町」

透明人間がいるなら、人面犬だとか、そんなものもいたりするのだろうか。

それはそれで、なんだか面白そうだ。






普通ならあり得ない、非日常の、しかも帰れるかどうかも分からないこんな状況下。


自分の身に起こった出来事を、どこか楽しんでいる自分がいた。

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