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LICORIS  作者: カムクラ
誤ちの訪問、あるいは来るべくして招かれた客人
2/16

ようこそ

『愛してるわ、私の可愛い子』




『この子はもう、飼えないんだ』




『僕が父さんの代わりに守るよ!』




『ありがとう、その言葉があれば先生は頑張れるよ』




『死にたいの』






*****




ガタリと揺れて、目が覚めた。

そういえば、今はバスに乗っているんだった。

次のバス停が終点である事を告げるアナウンスが車内に響く。



『次は、ヒガン町、ヒガン町。お降りの方は…』



ヒガン町。

初めて聞く名前だ。

まさか乗り過ごしてしまったのだろうか?


焦って、一瞬そんな事を思う。しかしすぐに否定した。

本来の目的地も終点で降りるはずだったから、間違っても乗り過ごすというのはありえないし、何度も確認したので乗り間違えたという事もない。

だが確かに車内の電光掲示板に出ている停留所名は「ヒガン町」だ。


ここは一体どこだろう。


しばらくするとバスはスピードを落とし、やがて停留所に泊まった。

窓から見える看板にも、やはり「ヒガン町」とある。



「お客さん、終点ですよ。降りてください」


「あ、はい」



運転手に急かされ、慌ててバスを降りる。

プシューという音と共に扉が閉まり、バスはさっさと行ってしまった。

どうせ終点だし、車通りも少ないのだから、ここがどこなのか聞けば良かった。

バス停には看板とボロボロのベンチがひとつ置いてあるだけで、どこを探しても時刻表がない。

困った。


しばらく一本道が続いた先に住宅地が見える。

仕方がないが、地元の人に聞いてみるしかないだろう。


歩き出そうとした時、背後から声をかけられた。



「あら珍しい。こんな辺鄙な町にお客さんかしら」



振り向くとそこには、ベビーカーを押す一人の女性が立っていた。

見た目はまだ二十代前半ほどで若く、焦げ茶色の髪にはゆるいパーマがかかっている。

そして恐ろしく見覚えのある、顔。



「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「…いえ、すいません。知人に似ていたもので」


「まあ、そうなの」



女性はくすくすと笑う。


知人どころではない。

その顔は、自分が幼い頃に亡くなった母親にそっくりだった。



「ところで、この町にはどんな用事で来たのかしら?」



笑いの収まった女性が、微笑みながら再び問いかけてくる。

自分の母親もこんな風に笑う人だった。

そんな事を思いつつ、その親切に甘える事にした。



「バスを乗り間違えてしまったみたいで…。次のバスがいつ来るかご存知ですか?」


「あら…、バスで来たのね。けれどごめんなさい。ここのバスがいつ来るかは私も分からないの。時刻表も無いでしょう?」


「…え?」



女性に不思議そうな顔をされ、瞠目する。



「そもそも、この町の人達はバスに乗らないのよ」


「バスが来るのに、ですか?」


「えぇ。バスは外から人を連れて来るだけ。けれど貴方は、いつもと少し違うみたいね」



女性の言葉にますます混乱した。

目的地には今日中に行ってしまいたかったのだが、これでは帰る事すら出来ないではないか。

それに「いつもと違う」とは、一体どういう事なのだろう。


むう、と唸り、困り果てた様子を見かねてか、女性が苦笑しながら住宅地の方を指さした。



「町長さんなら何か知ってるかも知れないわ。いつまでもここにいるのもアレだし、案内するから、行きましょう?」



ベビーカーを押して歩き出した女性のあとを追って、自分も歩き出す。






山と森と海に囲まれた、どこか世界から隔離された様な町。


『ヒガン町』に、今一人の人間が誘われ、足を踏み入れた。


道端に咲く季節はずれの彼岸花が、招かれた客を歓迎するかの様に揺れ、笑った。











―――ようこそ、ヒガンの町へ

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