第5話 「回想」
梅雨が明けて、一週間が過ぎた。
今日は土曜日。俺の通っている高校は、基本的に土曜日の授業はない。でも俺は今、雲ひとつない青空を見上げながら、通学路を自転車で走っていた。
そう……、あの日の朝――ユレリアと出会った朝を思い出しながら。
やがて、俺の自転車は、そのときの道路に差し掛かった。そこで自転車を止める。
そこには、あの日とまったく同じ景色が広がっていた。前には川に掛かる小さな橋があり、後ろを振り返れば、大きさも色もさまざまな家が立ち並ぶ。一つだけ違うのは、あの日は雨が降っていたということだ。
ふと俺は空を仰ぐ。……雲ひとつない青空は、どこか寂しい。
どうして俺はこんなにも、あのたった一人の少女に執着しているのだろうか。頭から彼女――ユレリアのことが離れない。自分を幽霊だと名乗り、儚い微笑みを浮かべるあの少女は、今どこで何をしているのだろうか。
「なんだかな……、本当に、何だったんだろう」
まったく、しょうがない女の子だ。こんなにも俺を悩ませて、心を奪って、自分の存在を俺の記憶に深く刻みつけて。これじゃあ、もうユレリアのことを忘れることなんてできないじゃないか。
「ふふっ。……また、会えるかな」
言葉にして、やっとそれが俺の願いだと分かった。それは、もしユレリアが本当に幽霊だとしても、変わらない。
ユレリアも俺に会いたがってるかな、なんて思って、俺は一人で微笑んだ。
――なんだか久しぶりに、すがすがしい気分になった。
*
その日の夜、天気が急変し、久しぶりの大雨が降った。屋根に雨粒が叩きつけられ、せわしなくバラバラと音を立てている。
もちろん、早寝の海人は既に深い眠りに落ちていたので、目を覚ます気配すらなく、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
そんな寝顔を眺めていると、私はとても穏やかな気持ちになる。
「海人……、本当に会えて良かった」
私はベットに腰掛け、海人の手を握った。温かい手だ。
「会えて、嬉しかった」
涙が出てきた。私はそっと目を閉じて、海人と初めて会った日を思い出す。
あの出会いがなければ、私は今までと同じように、すべての人から無視され続ける幽霊のままだっただろう。住む世界が違うことを思い知らされ、自分が孤独であることを知り、そして寂しさですべてを支配されていたあの頃の私は、もう私ではない。今は、私には、海人がいる。
「海人……、あなたには雨の日しか会えないみたいだけど、私のこと、忘れないでね」
私は、眠る海人の頬にそっとキスをした。
そしてそのまま、海人に体を預けて、自分も眠りに落ちた。
*
――ふと、右手に温かさを感じた。それは、とても優しいぬくもりだった。