第2話 「もう一度」
「え……、ユレリア……?」
見間違えるはずがない。そこには、今朝登校中に自転車で危うくぶつかりかけ、何故か突然抱きついてきて俺のファーストキスを奪った可愛い女の子、ユレリアがいた。
「海人……!」
……また抱きついてきた。
「ち……ちょっと待て……、なんでお前がここにいるんだ」
「お前……って呼ばれるのは、嫌い。ユレリアって呼んで」
「そ、そうか、ごめん。じゃあ……、ユレリア?」
「ん?」
「いや……、なんでユレリアはこんなところにいるんだ? だってまさか、ここの生徒ってわけじゃ……ないよな」
どう見ても高校生の年齢じゃない。ぱっと見、小学生。
「海人……、私は……その……」
ユレリアはゆっくりと俺から離れ、
「私は……、幽霊、なの」
と言った。
……幽霊?
「詳しくは……話せない。でも、いままでずっと、私のことは……、誰も、見ることはできなかった。それが幽霊なんだって、ずっと思ってた」
「ゆ、幽霊って……。でもほら、俺はちゃんとユレリアのことが見えてるよ」
「そうなの。こんなの初めてで……、だから、嬉しかった」
「……」
その時、ベッドを囲っていたカーテンが、少しだけ開いた。顔を覗かせているのは永塚先生だ。
「あら、やっぱり起きてたのねぇ。さっきからぺちゃくちゃ話し声が聞こえるから……。坂原君、保健室では静かにねぇ。あんまりうるさいとそのいちゃいちゃトーク用の携帯没収するわよぉ」
「あっ……、す、すいません……」
先生はそれ以上何も言うことなく、悪戯っぽい笑顔を残してカーテンの隙間から消えた。
「彼女には……、私は、見えてないみたいね」
「えっ、そ、そんな……」
でも確かに、ユレリアのことは何も追及しなかった。普通なら、「あら、可愛い彼女を保健室まで連れ込むなんて、坂原君もやるわねぇ」とか言い出しそうなものだ。やっぱり、ユレリアは俺だけにしか……?
「海人にも、さっきは見えてなかったみたい」
「さっき?」
「私が、その……、ほら、き、キスをしたあと」
ほのかに頬を染めている。……可愛い。
「そうだ、そういえば……。あのときは確かに、突然いなくなったみたいで……びっくりしたよ」
「ほら……。やっぱり、あのときはどういうわけかまた見えなくなったのね……。怖かった……。また二度と誰にも会えなくなるんじゃないかと思った……」
また涙目になっている。ユレリアは、そっと目を閉じた。
その姿はどこか哀しそうで……、とても、寂しそうだった。
だから……、キスをした。
「……!」
今度は、目は閉じなかった。またユレリアが消えてしまいそうで……、俺も、怖かったからかもしれない。
そして、そっと離れた。
「か、海人……?」
今度も頬をほのかに……というより、真っ赤に染めている。
「あっ……ご、ごめん! その……、つ、つい……」
って……、何をやっているんだ俺は……。
「海人……、顔が真っ赤よ……?」
「そ、そうか……? いや……、ユレリアの方が……」
「……か、海人の、せい……だよ」
そ、そうだよな。恥ずかしい……。でもユレリアが超可愛い。
「あ、雨……やんできた、みたい」
さりげなく話題を逸らすユレリア。とかいって、全然さりげなくないところがまた可愛い。……そうだ、全部この可愛さのせいだ。
「そうだな……、って……ユレリア?」
「な、何?」
「えっ……、ど、どうした……?」
俺は慌ててユレリアの左手を手に取った。大丈夫だ、ちゃんと触れる……けど……?
「えっ? な、何?」
手が……、透けている……? いや、手だけじゃない。
――全身が、透明になって……?
「ゆ、ユレリア……? き、消えかかってないか?」
「消えかかってる……って……?」
ユレリアは自分の姿を見た。が、自分では分からないようだ。
「いつもどおり……、だけど……」
しかし、ユレリアの影はだんだん薄くなって……、
「ゆ、ユレリア……」
――そして、ついに消えた。