第1話 「再び降りだす雨」
学校に着いたのは、既に一時間目が始まった後だった。このまま教室に行くと色々面倒なので、代わりに保健室に向かった。朝から体調が悪かったのもあるが、なにより早く着替えたい。さっきからびちょびちょに濡れた制服が体に張り付いていて、寒いこと寒いこと。
ドアを急いでノックする。はい、という返事を確認して、ドアを開けた。
「ん、坂原君だぁ。どうしたのぉ?」
この綺麗なお姉さんは、永塚美希という名前で、保健室の先生だ。歳はだいたい二十歳くらい(だと思う)。なんでこんな美人のお姉さんが、この学校の保健室に勤務しているのかは謎。入学式早々、階段を踏み外して膝を擦りむき、保健室を訪れた俺のことを何故か気に入っている。
「いえ……、その、雨で少し遅れちゃって……、制服もびちょびちょだし……」
「ああ、なるほどねぇ。じゃあ一時間目が終わるまでのんびりしてていいよぉ」
「どうも、ありがとうございます」
本当に優しい先生だ……。すぐに上履きを脱いで中に入り、そのまま一番近いベッドまで歩いて、端に座った。
通学用のリュックの中から、体育着を取り出す。幸い、こっちは濡れていなかった。すぐに制服を脱ぎ、体育着を着た。
「私の前で大胆に脱ぐねぇ」
永塚先生は面白そうに言った。
「別に……、いいじゃないですか」
「私が若い衝動を暴発させたりしたらどうするのぉ?」
「……や、やめてくださいね」
暴発って……。
「あ、そうだ先生、ちょっと体温計貸してくれませんか」
「ん? 熱でもあるのぉ? ……ほら」
「あ、どうもです」
ボタンを押すと、ピッ、と電源が入った。……おお、ちゃんと電池が残ってるな。当たり前だけど。
「んー? 坂原君、何かいいことでもあったのぉ?」
「え、いいこと?」
「なんだか幸せそうな顔してるわよぉ」
幸せそうな顔……? そんな顔してるだろうか。幸せなこと、幸せなこと……。「道の途中で見ず知らずの可愛い女の子に突然抱きつかれてキスされた」って幸せだろうか。……うん、幸せだね。
「ほらほら、そのうっとりした顔。彼女でもできたのぉ?」
「いえ、別に、なんでもないですよ」
「ふんふん、そうかそうかぁ」
ピピッ、と体温計が鳴った。えっと……、三十七度ジャスト。
「ふぁあぁぁあ……、風邪でもひいたかなぁ」
「どれどれ。ん? 微熱だねぇ」
「朝からどうも調子が悪くて……、午前中はここで休んでてもいいですかね」
「学校休めば良かったじゃない。あ、もしかして、わざわざ私に会いに来てくれたのぉ?」
ばっと嬉しそうな顔になった。
「いや……、別にそういうわけじゃ……ない、ですけど……」
「……なーんだ、違うんだ」
今度は明らかにがっかりした顔だ。……この人、顔に出やすいな。単純だし。
「ふぁあぁぁあぁ……、ん、もう駄目だ……」
急に睡魔が襲ってきた。それに抗うことなく、そのままベッドに横たわり、意識を手放した。
その時、ちょうど授業終了のチャイムが鳴ったが、もちろん、俺にはまったく聞こえていなかった。
――雨が降っている。どうやら、雨の音で目が覚めたようだ。
枕の下に手を入れ、携帯を……、そうだ、ここは保健室だ。
起き上がって時計を探す。後ろの壁に掛かっていた。時計の針は、十二時五分を指している。
「はぁ……、また雨か……」
ピンク色のカーテンを開けると、昼なのにどんよりと暗い空が見える。雨はかなり激しい。
と、その時突然、後ろから肩をちょんちょん、と叩かれた。
「海人」
「え……、ユレリア……?」