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先生の噂

 そのままポールの受賞祝いをしようということになり、いつも通り開店したバーにはポールの友人たちもやってきて、実状パーティ会場と化していた。

「あなたってもしかしてデザイナーのロベール?」

 ジャンヌはすっかりほろ酔い気分でやって来た客たちと意気投合している。

「そうそう。そのロベール。そう言う君はどこのジャンヌなの?」

 主役のポールはすでに飲むのをやめて、店の片隅に引っこみ客たちの会話に耳を傾けているが、彼の友人たちはそろいもそろってテンションが高かった。裸で踊りはしなかったが、陽気なオペラ歌手がグラスを掲げて自慢の喉を披露している。

「へー編集さん。君のところってさあ美術関係の本ばっかり出してる出版社だろう?ずいぶん畑違いだよね。ずっと思ってたけど」

「うちが出していた美術雑誌に連載小説書いてもらったのが縁なんですって。本人いわく、餓死寸前の売れない時期に拾ってもらったってことらしいんですけど、実際は破格的に原稿料が安くすむからなんですよ。なのに先生はとっても義理堅いんです。大馬鹿なんですよぉ」

 ジャンヌは手に持っていたワイングラスを傾け、一気に飲み干した。

「あはは、確かに奴は大馬鹿だ」

「うちの社長も大馬鹿仲間ですよ。私も拾ってもらったんです。前勤めていた出版社が倒産して。その頃業界全体が不景気だったんですけど、行くとこないならうちに来いって誘ってくれたんです」

「へえー男前だねぇ」

 ロベールは酔っ払い特有の大げささで感心した。

「男前の大馬鹿社長はあそこで飲んでる人です」

 陽気に指を差して手を振った。大馬鹿呼ばわりの社長は、何も知らずに機嫌よく手を振り返した。

「だから私もね、無理して雇ったけど得したって思われたくて頑張ったんですよ。人手も少なくて大変だけど、前の会社よりずっとやりがいあるんです」

「どこに勤めてたの?」

 ロベールは半分目を閉じたままふらふらしている。ジャンヌが出版者名を言うと、大きく両手を打ち鳴らした。

「あーあそこだろう。ローランド・ブルクハルトの画集出した」

「そうそこ! 社運を賭けた大博打だったんだけどね。効果が出る前に潰れ、ちゃいましたぁー」

 語尾がやけに明るくあがった。

「在庫があったら一儲けできるのにね。プレミア価格すごいよ。元値の何倍かな」

 店の中では大合唱が始まっている。すでにのりは居酒屋だ。

「ちゃんと飲んでる? ほら、おかわりおかわり」

 酒瓶を抱えたカールが二人のグラスに酒を注いだ。バーの客としてやってきて、自然とパーティにとけこんでいる。

「何の話してたの? 俺も混ぜてよ」

「いいわよ。あなたのグラスはぁ? 出して出して」

 ジャンヌはカールが持っていた酒瓶をひったくると、差し出されたグラスに並々注いだ。

「ブルクハルト? 彼って死んだんだろ?」

 カールは空けたグラスに手酌で継ぎ足して、とんでもないことをさらりと言った。

「え? うそっ。最近新作がお披露目されたばかりよ」

「放浪の旅に出てるってうわさだよ、恋に破れて」

 ロベールも聞き知った知識を披露する。

「奴が恋ってがらか。誰か刺し殺して逃げまわってるんだ」

「もしかして知り合い? ブルクハルトの」

「そんな奴知るか! 会ったこともない」

 カールは何故か逆切れする。

「事故って両目が見えなくなったって話も聞いたわよ。問い合わせしようにも、彼の居場所は知らないの一点張りで誰も教えてくれないらしいわ」

「じゃあやっぱり死んでるんだ。私が死んでもまわりには気取られるなって遺言残して」

「何のためだ?」

 ロベールはまるで信じていなさそうだがさしあたりきいてくる。

「敵に領地を取られないためじゃないの?」

 敵って誰? 先生は戦国武将か! 本当うわさっていいかげんだ。そのうち目から光線が出て焼き殺されるらしいなんて言い出しかねないぞ。

「ロベールは薬のやりすぎで路上死してたわよ。先月どこかの雑誌に載ってた」

「じゃあここにいる俺は生きる屍?」

「あはは・・・だったらうちの雑誌で霊界通信載せるわ、独占取材で。ギャラは破格の値段でお願いします」

「死人に金は必要ないだろう。いいよ。近いうちに取材に来て」

 軽い口調でロベールは答えた。

「独占取材、絶対忘れたりしないでよ」

 一瞬ジャンヌの目が光ったように見えたのは気のせいか。


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