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19/32

前日

 朝、いつものように目が覚めた。外はまだ薄暗いがよく晴れそうだ。

毎日このあたりをまわっている牛乳売りのおばさんから、ビンで一本分買う。今日の朝は焼きたてのロールパン。市場で買ってきた摘みたてのベリー。ハムと卵。生野菜のサラダ。オレンジジュース。テーブルには花を飾って・・・紅茶は何がいいだろう。

僕は今日の朝食を完ぺきなものにするために、頭の中でシュミレートしてみる。

 問題無く準備は進み、想像通りの朝食が出来上がったころ、先生が起きてきた。

 カップからたちのぼる紅茶の湯気。ほかほかのパンに、バターとたっぷりのジャム。ガラスのコップに飾った赤いベルガモットの花。ちょっとだけ充実したいつもと変わらない朝。

 僕と先生は意識して、普段と同じように過ごす。数日後に別れるようには見えないだろう。現実逃避だと言われても仕方がない。でも、残された日々を、だいなしにしたくなかった。

「ミッシェル、モデルをしてくれないか?」

 先生がキャンバスに向かっている。僕の姿を正確に写し取ろうと、真剣なまなざしで観察する。これも今では見慣れた光景。

そよと風が吹いてレースのカーテンを揺らす。暑さが一瞬和らぐ。

 穏やかな気持ちだけを覚えておきたい。寂しさなんかいらない。

 静かに時間だけが過ぎていく。

「明日は十時ごろパスカルが迎えにくる」

 最後の夜。杏のタルトを口に運びながら、先生はさらりと言った。思わず聞き流してしまいそうなほど。

「そうですか」

 僕は大きく切り取ったタルトを口にほおばった。もそもそと口を動かし、時間をかけて飲みこむ。

「じゃあ、朝ご飯は食べられますね」

「そうだな」

 先生は静かにうなずいた。


 ベッドに横になって目を閉じたがまるで眠れなかった。何度か寝返りを打った後、寝るのをあきらめて身を起こした。

 しんと静まりかえった夜。ミモザの花が綺麗だったあの夜のように、月の光が闇を照らしている。明かりをつけなくとも十分明るい。僕は廊下に出てアトリエに向かった。大きな窓ガラスに囲まれたアトリエは、月の光に照らされてきらきらと光って見えた。

僕は先生が絵を描く時に使っている椅子に膝を抱いて座りこんだ。実体がなくても、先生の気配が漂っている。抱いた膝の上に頬をのせた。僕をみつめる先生のまなざしが、筆を動かす形のいい指先が、今目の前にしているかのごとく浮かんでくる。

 僕は目を閉じた。その光景がさらにはっきりと見えるように。しばらくそうしているうちに、あいている背中が温かくなった。そのぬくもりが、目を開けたとたんに逃げ去ってしまいそうで、僕はじっと目をつぶり続けていた。

「ミッシェル」

 耳の後ろに吹きかかった息が、僕の髪をそよとないだ。

 僕は振り返りもせず座っていた。そうして誰もいなかったらと思うと怖くて。身動き一つせず、僕を抱きしめている腕の感覚を味わった。

「すまない」

 ぽつりと先生が謝る。

「いつまでもこうやって、お前をみつめて抱きしめていたい。でも、もう時間切れだ」

 あいつはそのうち君を捨てるぞ

 エリックの言葉が聞こえてくる。思っていたよりも、速かったな。僕は心の中で苦笑する。永遠に続く愛なんてありはしない。いつかはみんな、離れていくものだ。今さら驚くことでもない。ずっと前から別れは始まっていたんだ。先生は僕の心臓が一気に止まってしまわないようにゆっくりと距離を保ち、離れることに慣れさせた。僕が叫びださずにいられるのはそのおかげだ。

 僕は首を傾けて、背後に立つ先生の顔を見あげた。僕を見おろす優しい二つの目。その白い部分が光って見える。もうすぐ見られなくなるんだ。まるで実感が湧かないけれど。

でも今は、先生が確かに目の前にいる。

 先生の体温を感じたくて手をのばした。痩せた頬に触れる。

先生は片手をあげて、その手を握りしめた。

 お互い目が合ってどちらともなく唇を重ねた。なでるように軽くふれあい、顔をあげる。

 先生は椅子の上から僕の体をすくいあげた。僕は心地よい鼓動を続ける先生の胸に頬を押しつけ、もたれかかる。

先生の寝室に運ばれてベッドの上にそっとおろされ、キスされながら服を脱がされた。大きな手のひらが、僕の全身を優しく愛撫し、器用な舌先が硬くなった僕の右胸の突起をもてあそんだ。ゆっくりとわき腹をなでた手のひらは腰骨に沿っておりてきて、柔らかな下腹部に触れた。そして、すでに反応している僕のものも。根元から先端に向かって指先でたどった。

「あ・・・」

 ぞくりと背筋に甘い戦慄が走る。手のひらはじらすように離れていって、僕の内腿をなであげた。

「ああっ」 

 生み出される快感ともどかしさが僕をあえがせた。

「先・・・生・・・」

 たまらず睨みつけると先生はゆっくり見せつけるようにして触れられるのを待ちきれずにいる僕のものを口の中に含んだ。

「あっ、んんっ」

 舌先でなめられてびくりと体が揺れた。じらされてはちきれそうになったものは、わずかな刺激にも敏感に反応する。

「あっ・・・ああ」

 巧みに動く舌先が、否応なく僕の感覚をあおりたてた。

「ああっっ!」

 体が痙攣し、脱力感が襲いかかる。先生は喉を鳴らして僕の快楽の証を飲みこんだ。

「ずいぶん抱いてなかったからな」

唇をなめて、息を弾ませている僕をみおろす。先生は僕の両足をつかんで押し広げるとその間に膝をたてた。深くキスをしながら、すでにふっくらと花開き始めた僕のアナルに指先を突き入れる。

「うっ」

 やわやわと閉じた通路をうごめく指先は、すでに知りつくしている僕の敏感な場所を探りあてて刺激した。その場所がとろけきるまで熱心に感じさせ、指先を抜き取ると僕の腰を抱えあげた。そして、熱く立ちあがったものを押しあてる。

「はっ・・・うふっ」

 痛みよりも強く快楽を感じていた僕は、それだけでいってしまいそうだった。腰を抱えていた先生の手が、ふいに僕の脇腹をなでた。

「あっ・・・」

 たまらず身をよじった。

「まったくお前は感じやすいな」

 先生は小さく息をついた。

「そんなにきつく締めつけないでくれないか?」

 額に浮かんでいる汗を眺めて先生も感じているのだと思った瞬間、心臓がどきりと跳ねた。

「おい」

 するりと先生の手が僕のものをつかんだ。

「はっ・・・」

 上下にしごかれて、そのままいってしまう。

ぐったりとする僕にかまわず、先生は腰を使って僕の中を思うままにかきまわした。

「ふぅっ」

 力をなくしていた僕のものが、再び反応しはじめる。

「ああっ・・・先生」

 体が熱い。僕は先生にしがみついて、さらに強い刺激を求めた。涙ぐみながら喘ぎ声をあげ、ピッチをあげて抜き差しするリズムにあわせて自然と腰が揺れる。

「いいよ。ミッシェル」

 快感を長引かせようと息を詰める先生の顔は色っぽくて、僕が先生にそういう顔をさせているのだと思うと誇らしくなる。引き結ばれた薄い唇。きつく寄せられた眉間。そして、僕の名前を呼ぶ低く重みのある声。つながっている間中先生の全ては僕のものだと感じて。

「あっあっあっ」

 体が細かく痙攣して意識が遠のいた。

「ミッシェル、ミッシェル」

 強くかき抱かれ、せっぱつつまった熱い声が、僕の耳をうった。

「うっ」

 うめき声とともに先生の体が強張った。激しい勢いで打ち出されたものは、受け入れている僕の内部を激しく打った。

「うう・・・ああっ」

 下腹部を濡らす熱い欲望。放った後も、体の震えが止まらない。

 そしてまた自然に抱き合い、激しく求め合った。


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