なんだか泣ける食事
「・・・」
目が覚めてもすぐに体が起こせなかった。
「だるい・・・」
結構長い時間眠っていたような気もするけれど、あたりはまだ明るかった。しばらく目を開けたままベッドに仰向けで寝転がっていると、先生がドアの影からひょこりと顔を出した。もうすっかりいつも通りで、着替えまでしてる。
「おい、いつまでのびてるつもりだ。飢え死にさせる気か?」
先生は僕が目を覚ましているのに気がつくと、実に無常なお言葉を下さった。
いったい誰がこんな風にしたんですか。言い返したいのを飲みこんで、深く息をつく。
「もうちょっと待ってください。っていうか夕食作るの無理かも」
思わず弱音が口をつく。
「夕食よりまず昼だろう」
「え?昼?えぇっ!もしかして次の日?」
僕はその事実を知って声をなくした。
「もしかしなくても次の日だ。まさに泥のように眠っていたな」
うう・・・信じられない。
思わぬ失態だ。自分のへたれ具合に情けなくなる。
「ちょっとかわいがりすぎたようだな」
先生は手の甲を僕の頬にあてた。
「お前が悪いんだ。俺を本気にさせるから」
どうしてこの人はこうもえらそうなんだろう。
「もっとしっかり体力つけるんだな」
ふふーんと鼻で笑われる。
「僕の体力がないんじゃないんです。掃除して疲れてたし、先生が・・・」
「俺がなんだ?」
先生は甘く微笑みながら僕の頬をなでる。
「その・・・」
急に恥ずかしくなって僕は口ごもった。
「ん?」
先生は話を続けるよう無言で催促する。話さないと許してくれなそうな雰囲気だったので、僕はやけくそ気味に口を開いた。
「手とか口とかで何度もいかせるから」
どう考えても僕の消費量が大きいって。
「俺はお前より十歳も年上なんだ。大人はどんな時でも要領よく楽しむものさ」
なんかむかついてきた。
「悪かったですね。体力の配分も考えずに感じまくって」
「いや」
先生の目がふっと柔らかくなる。
「かわいかったよ。ミッシェル」
絶対頭の中であの時のことを思い浮かべている顔だ。
「わかっただろう?私がどんなにお前を必要としているか」
「いじめたいの間違いでしょう!」
「お前がそうさせるんだよ。お前のあえぎ声が。感じている時のお前の表情が。色っぽくてもっと見たくなる。たまにはこういうのもいいね」
「いいもんですか。そりゃあ満足しましたけど、あんなこと続けられたら死んじゃいます。僕」
あっなんだか起きられそうだ。
ようやく体も目を覚ましたらしい。
「じゃあ少し押さえておこうかな。俺より先にいってもらったら困るから」
先生はそう言って僕の髪をなでた。
僕はのろのろと身を起こして床に足をつけた。
「起きるのか?」
「起きますよ。画家の大先生を飢え死にさせられませんからね」
一歩踏み出して思わずよろめいたら、先生が手を貸してくれた。
立ち上がって自分が先生の寝巻きを着ていることに気がついた。しかも上だけ。袖も丈も長過ぎてワンピースみたいになってるけど。どうやら先生が着替えさせてくれたらしい。
「仕方ないなあ」
先生は僕を腕に抱えあげてキッチンまで運んだ。
「座っていろ」
僕を椅子に腰かけさせて、がたがたと棚を空け中を覗きこんだ。がさがさいわせながら必要なものを取り出し、怪しい手つきでチーズを切りはじめた。何か作ってくれるようだけど、危なっかしくて気が落ち着かない。熱したフライパンに卵を割りいれたまではよかったけど、豪快に殻まで入ってしまって、慌てて素手で取り出そうとする。
「先生フォーク使って」
危うく手は引っこめられたけど、先生はみるからにむすっとしてしまった。
「僕手伝いますよ」
立ち上がろうとする僕を、先生は無言で威圧する。ふぞろいに切ったパンをオーブンに入れ、スティック状に切った生のにんじん一本分を皿に山盛りにし、ベーコンをこれでもかと念入りに焼く。
「先生なんだか焦げ臭いような」
ベーコンとは別口で。
「先生。オーブンの中のパンはどうなったんですか」
思い出してみると、取り出していた記憶がない。
「うるさい」
と文句を言いつつ、先生は即行でオーブンの扉を開けた。中から出てきたのはかろうじて食べられそうだけどほんのり苦そうなトースト。ほっと息をついて油断している間に火にかけて温めていたミルクがふきこぼれ、ようやく食事が出来上がった。
疲れた・・・。
全てがテーブルの上にのった瞬間、ようやく安心してその場でぐったりした。すっごくうれしいんだけど、正直自分で作ったほうが楽だったかも。先生が怪我をしないかって冷や冷やしどおしで、精神的に消耗した。
「冷える前にさっさと食べろ」
先生は向かいの席に腰をおろしたが食べ始める様子はなく、ただじっと僕の動きを見守っている。
うっなんか緊張する。
「いっいただきます」
僕は先生の視線を意識しながらカフェオレボールを両手で取り上げる。
にんじんスティックをぽりぽり食べて、完全に端が炭化したベーコンを口に入れる。焦げ目の強いトーストにたっぷりのバターとイチゴジャム。スクランブルにされた卵には取りきれなかった殻がじゃりじゃりといったけど、十分許容範囲だ。自分のためでさえ料理をしない先生が、僕のために一生懸命作ってくれたことがうれしかった。野菜を切る先生のぎこちない手つきや、卵を割りいれる姿が目に浮かんできて愛しかった。
感激した僕があまり黙りこんでいたので、先生は僕の顔色を気にしながら自分の作品に手をつけた。一瞬動きを止め、フォークをテーブルの上に戻す。
「無理して食べなくていいぞ」
ちょっと切れ気味になって声を尖らせる。思っていた以上にひどい出来で、自分自身に腹がたったようだ。
「切っただけのパンと冷たいミルクの方がましだったな」
「そんなことない」
僕は首を横に振った。
「すごくうれしい」
先生は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「気休めなんか言わなくていい」
そう言って皿を回収し始める。
「何すんですか。まだ食べ終わってないのに」
僕は目の前の皿を持って行かせまいと必死に引き寄せた。
「こんなものを食べたら胃が悪くなる」
「なりませんって。一流シェフが作ったどんなに豪華な食事とでも引き換えにするつもりはありませんからね。急いで食べるのがもったいなくて大事に食べてるんですから返してください」
「・・・」
先生は複雑な顔で皿から手を放した。黙って自分の席に戻り、パンを取りあげた。
「ありがとう先生」
もくもくと食事をしている先生に向かって僕は言った。
先生はふっと目をあげる。
「どうしてこんなに泣けるんですかね」
僕は慌ててにんじんスティックを口に入れる。ぽりぽりとかじりながら涙を必死に堪えた。
「泣きたくなるほどまずかったのか?」
「違いますって。先生が優しくしてくれるから」
誰かに何かを作ってもらう。
その人の心の柔らかな部分をおすそわけしてもらったような気持ちになる。
その誰かが、愛おしい人ならなおさらだ。
「普段の俺が、よほど人でなしみたいじゃないか」
先生は嫌そうに僕を見た。
「そんなことないですよ」
僕は照れくさくなって、思わず俯いてしまった。




