早朝の災難
とにかくかわいくて明るい男の子が書きたくて作り出した主人公です。
結構辛い過去もちですが、そのせいで誰かを幸せにしたいと過剰奉仕してしまう。人を憎むことを知らない、優しくけなげなところが見どころです。今まで付き合った彼氏たちにいろいろ教えられて、料理の腕も抜群。意地っ張りな画家先生とのからみと、主人公の相談相手の喫茶店件バーのママ(見た目は男の)の面倒見の良さもおすすめです。
「ミッシェルってつくづく男運がないわよね」
アパートの一階で昼は喫茶店、夜はバーを開いているアレックスは、濡れた布で殴られた目もとを冷やしている僕を眺め、まったく懲りやしないと言いたげに頬杖をついた。
たくましい体つきに華やかな化粧をほどこした戸籍上は彼の彼女は、とにかく面倒見がいい。そのため常連客も多くついて店は繁盛していた。今は開店前なので客は誰もいない。
「ホテル経営しているおじいさんと暮らすって出て行ったと思ったら、相手がすぐに死んじゃって舞い戻って来るし。次は食べるものにも困っているぱっとしない苦学生で、その後はマッチョな警官だったっけ?好きなタイプがないっていうか、歳も含めて守備範囲が広いっていうか、とにかく節操なさすぎなんじゃない?」
気持ちは抜群に優しいけど、口はあんまり優しくないかも。
「それで十分前までつきあっていたのがナイトクラブのバーテンダー、と」
あきれがこもった口調。
「別につきあってはいなかったよ。彼氏と喧嘩して家を追い出されていくところがないって困ってたから連れてきただけで。まさかその彼氏がのりこんでくるとはね」
まったく予想もしていなかった。
寝起きの悪い僕は朝が弱くて、シャワーを浴びて着替えてもしばらくぼんやりしてお茶をしていた。そんな緩いひと時を吹き飛ばす勢いでドアを叩く音が響いて・・・
「あの時は冗談抜きでドア叩き壊されるんじゃないかって心配した。それで慌てて開けたら問答無用でずかずか入ってきて、とても止められる勢いじゃなかった。彼氏さ、腕の太さが僕の太腿くらいあったんだ。背だってずっと大きかったし。市場で荷運びの仕事をしてる人なんだって。彼に殴られてこれくらいですんだのって、的の僕が小さすぎて手元が狂ったせいだよきっと」
服をさっさと身につけていてよかった。そうじゃなければベッドに踏みこまれて今頃殺されていたかもしれない。とにかく彼氏は痴話喧嘩の末追い出した彼とよりを戻し、手をつないで二人は家へと帰っていきました。めでたし、めでたし。
「まったく最低な男よね。ミッシェルが殴られて倒れてるのに、自分はちゃっかり仲直りしてさっさと見捨てて出てくなんてさぁ」
さすがの僕も、あのあっけなさにはあきれた。
「うーん、でもいいんだ。彼、すごくうれしそうだったし」
彼氏の元に帰りたがっているのはわかっていたから。
「こんなにけなげでかわいいのに相手も見る目がないったら。女の子みたいに細くてお肌もつやつや。唇なんてふっくら気持ちよさそうで私だってキスしてあげたいくらいよ」
それは次の機会にお願いします。
「歳だって若いし。じっくり見たって十四・五にしか見えない」
「背が低くくて童顔なのは気にしてるんだけど」
今年僕は十七で、年相応に背があって筋肉がついていればいいのにと思わなくもない。別に自分の容姿を嫌うほどじゃないけど、十四と十七の三歳の差って結構大きい。子供よりか大人よりかの微妙な境界線。まともに扱ってもらいたかったら、名前言うより先にまずは年齢公表からって妙な習慣がついちゃいそうだ。
「若く見えるんだからいいじゃないの。全身ごっつくなって顎が髭でごわごわになるのなんてあっという間よ」
そう言うアレックスの顎にはうっすら新しい髭が芽吹いている。
「それっていつ頃かな」
そうなれる感がまるでない。
「無精ひげとかちょっとセクシーだよね」
何気なく言うと、とたんにアレックスは嫌そうな顔になった。
「それってやる人によるわよ。汚い男が汚いかっこうしたら余計に汚くなるだけじゃない。それっておしゃれじゃなくて、ただの無精者よ」
反論の余地もなく、アレックスはぴしりと言い切る。
店の中には今焼きあがったらしい焼き菓子の甘い香りが漂っている。カウンターの奥にある厨房から、あわただしく立ち働いているらしい無口な見習いのジャンがたてる物音が、うるさいくらいに響いていた。まさか中で暴れてるんじゃないんだよね?
入り口のドアにはめこまれたガラスが軽く鳴った。身をかがめて常連客のポールがのぞきこんでいる。アレックスの姿に気がつくと軽く手を振って挨拶し、左腕をあげてつけていた時計を指差した。
「もうジャンたら、また開店時間忘れて」
メニュー出しと店開けは、ジャンの仕事らしい。
開ける時間すぐ忘れちゃうからあの子を雇ってるのに・・・と本人が聞いたら気を悪くしそうなことをぶつぶつ言いながら、アレックスはドアを開けた。
「おはようポール。ごめんなさいね。ちょっと取りこんでいて」
アレックスは愛想よくそう言って彼を中に招き入れると、メニューを書いた看板を出して準備中の札を裏返した。ポールはその間に店の中に入ってきて、彼がいつも座っているお気に入りの場所に腰をおろす。ひとまず落ちついて目をあげた彼は、店の隅にいた僕に気がついた。
「おはよう。どうしたのその顔」
取りこみの理由はこれかと言いたげな顔で、僕を指差す。
「バカップルの痴話喧嘩に巻きこまれたの」
手のほこりをはたきながら、アレックスは店の中に入ってきた。
「ごめんねアレックス。すっかり開店準備の邪魔しちゃった」
近づいてきた彼女に謝ると、気にしなくていいわよと手首を上下に振って見せた。
「ポールだってそんなに気にしちゃいないわよ。ねぇ」
笑顔を向けられて、ポールは深々ため息をつく。
「まあね。もういいかげん慣れたよ」
定時に開店するのは珍しいのだ。
「気にはしてないけど、ミッシェルが入れたお茶が飲めれば最高にうれしいかな」
ポールは期待のこもったまなざしを僕に向けた。
「あのねポール。何度も言うけどミッシェルはうちの従業員じゃないのよ」
「知ってるよ。でも本当においしいんだよね。お願いできないかな」
上目遣いでみつめられる。
「いいよ。そんなに手間じゃないし。かまわないよね」
「まあ、あなたさえよければ」
アレックスは肩をすくめる。
「じゃあアッサムと、さっきからしてるいい匂いのもとを」
「マスコット・プラリネね」
アレックスはそう言って厨房に入っていった。
僕はカウンターの中に入り、やかんに水を入れて火にかけた。アレックスの店のメニューに紅茶はないけど僕がここに来た頃はコーヒーが苦手だったので、僕用の茶葉を今でも置いてくれている。まあ、入れるのはいつも客で来た僕なんだけどね。
ポールはいつも抱えている黒い鞄からノートを取り出して、テーブルの上に広げた。彼はそこそこ名の売れた小説家で、三ブロック先のアパートに住んでいるらしい。ネタにつまったり環境を変えたい時にお茶にやってきて、調子が出ると何時間も小説を書き始める。いつ顔を出してもたいていこの席に座っていて、そんな感じで大丈夫なのかと心配になるけど、本は何ごともなかったかのように出版されている。ポールがアレックスに進呈した本を何冊か借りて読んでみたけど、あまりにも内容が重すぎて僕の好みとは違った。まあもっと歳を重ねれば、そのよさがわかるのかもしれないけれど。
アレックスがケーキをのせた皿をトレーに入れて運んできた。表面にたっぷりとスライスアーモンドをまぶしたマスコット・プラリネは、粉砂糖で白い化粧をほどこされて見るからにおいしそうだった。スポンジ生地にプラリネを混ぜ合わせたバタークリームとアーモンドダイスで作ったヌガティーヌをはさんである。店でも人気のケーキだ。
「カップはこっちにしなさいよ。ケーキの皿と合うから」
そう言って差し出されて、新たにカップを温めなおした。
「あと、ポットにもう一杯入れてくれない?私も飲みたくなっちゃった」
「いいよ」
ちょうど飲み頃になったので、カップにお茶を注ぎ入れた。
ミルクと砂糖をそえて、アレックスがポールのテーブルまで運ぶ。
「これだよこれ」
一口飲んだポールは、幸せそうに吐息をついた。
「ミッシェルが入れてくれると砂糖がなくてもほんのり甘いんだよね。よそのはやたらと薄いか苦くて嫌な味が残るんだ。いっそのことさ、ここの従業員になったらいいのに。そしたらいつだって好きな時に飲みに来れるだろう?」
「そんな理由で人手を増やしてたら大変だよ」
僕はあっさり受け流してアレックスを見たが、彼女は意外と真剣な顔で、
「ミッシェルならいつでも大歓迎なんだけどね」
とつぶやいた。
「もちろん給料はそんなに高くないけど」
それが彼女の好意であることは明らかだった。今のままで十分店はまわっている。
「ありがとう。でも、何とかなるから」
視線をあげた僕は、壁の鏡に映る自分の顔のはれあがった目を見て一気にテンションが下がった。こんな顔でモデルに行ったら即クビだ。約束している二時までにはれが引くなんて奇跡が起ころうはずもない。今から並べたてられる嫌味の数々が浮かぶ。ため息をつきつつも紅茶を入れる手は自然と動いて、アレックスの前にカップを差し出した。
「不思議よね。同じ葉っぱ使ってるのにこの味の差っていったい何なのかしら。ああミッシェル。残りはあなたが飲むのよ。あとこれ」
アレックスは用意してあったケーキの皿を、僕の方へ押しやった。
「どうせあの騒ぎで、朝ご飯食べる間なんてなかったんでしょう?」
人に優しくされると、元気を出さなきゃなって気持ちが強くなる。
時間がたつにつれ、店は徐々にこみ合ってきた。アレックスは昼に向けての仕こみと客の応対で忙しくなる。
「アレックス。僕そろそろ行くね」
厨房でフライパンを振っている彼女に向かって声をかける。
「ケーキとってもおいしかった」
「そうでしょう?」
赤く塗った唇で、アレックスはにっこりとした。




