Time Line : Normal Code [家族の絆と旅の道連れ]
「見た目がまともだからって中身までまともとは限らないね。」
―彼女に振られた神殿騎士団読心術士の独り言―
突入してきた兄さんとしばし見詰め合った後、兄さんはおもむろに僕の手を引いて立たせた。最初は手で灰を払っていたが、面倒になったのか、『吹き払え清風:クリーニングウィンド』で纏めて窓の外に吹き散らした。
服の中にまで入り込んだ灰はさすがに取れなかったため、自分で『祓い清めの聖光:プリミティブライト』を行使。真白き光によって一切の不浄を焼き尽くす。
服や頭に灰が残っていないことを確認していると、兄さんが声をかけてくる。
「なぁ、何があった?」
「姉上に塔から打ち出されて部屋に突っ込んだところで、兄さんに灰だらけにされた。」
あまりにも理不尽な流れに、つい兄さんにジト目を向けてしまう。僕の視線に気圧されたのか、兄さんは顔をひきつらせながら一歩後退した。
「いや、お前の部屋からすげぇ音がしたからよ、、、。」
「にしたって壁ごと灰にしなくてもいいじゃない?」
「うぐ。」
焦っていたのはわかるが、仮にもSランク冒険者である兄さんなら『生命探査:ライフスキャン』でも『空間索敵:Xバンドレーダー』でも『気配察知:タクティカルサーチ』でもすれば室内の状況は手に取るように分かったはずだ。
僕は兄さんから視線を外すと背中を向けて、床に置いた『道具袋』の中身を確かめる。
生活に必要な、食料、衣服、本、その他もろもろ。
ギルドで稼ぎ出した金で買った、正真正銘自分のものばかりだ。
でも、思い出の品はかなり、なくなってしまった。
一人で過ごす先に、思い出の品を持っていけば、たぶん耐えられなくなる。そう考えていたから、部屋においていくつもりだったのだが。
「悪かったよ、すまん。」
兄さんは頬を掻きながらあやまってきた。
そう、思い出なんて、また積み上げていけばいい。
それほど大したことではないとわかっていながらも、僕はなかなか素直になれない。
僕は、サンアンジェルスへの入学許可証を確かめる。これが無くては、これからの旅の意味がなくなってしまう。『道具袋』の奥底の方に仕舞い込む。
「……いいよ、心配してくれたんでしょ?」
わかってはいるのだ。
兄さんは僕に何かあったのではないかと、そう思っていたから焦っていたのは。
それほどまでに大事に思ってくれているのは。
最後に、『道具袋』の口を閉じて、ベルトに固定する。落下防止の金具もしっかり止めて。これで旅の準備は万全である。
僕は立ち上がり、ちょっと嫌な笑顔を浮かべながら、兄さんに向き直る。
「でも、この埋め合わせは、何かしてもらわないとね?」
でもやっぱり、僕はまだ子供らしい。
つい、そんな兄さんに甘えたくなってしまう。
今日からしばらく、兄さんに会えなくなるのだ。
「マジかよ、おい……。」
僕の笑顔を見て顔を引きつらせると、がっくりと肩を落とした兄さんは、深くため息をついていた。
たまには落ち込んでいる兄さんを見るのも、そう悪い事ではないんじゃないだろうか。
―――普段は僕がその姿勢を取る側だしね。
「ねぇ、兄さん。」
すっかり風通しのよくなってしまった僕の部屋を出ながら、兄さんに顔を向ける。
「ん?」
何やら悩んでいたようだが、声をかけると不思議そうな顔をしながらこちらに向き直ってくる。
いつもいつも、何も考えていなさそうな顔をしているが、実は一番いろいろ考えている兄さん。
これまで、家族で一番一緒に過ごした時間が長い人。
そんな彼に。
「助けに来てくれて、ありがと。」
今の僕に出来る最高の笑顔と共に、感謝の言葉を贈った。
「んなぁ!?」
兄さんは顔を真っ赤にしながら硬直している。
「心配してくれてたんでしょ?」
そんな珍しい兄さんを見ていると、ついからかいたくなってしまう。
「いや、おまえ、ちょ!?」
「家族として、弟として、うれしかったよ。」
更なる追撃を打ちこんでみる。からかってこそいるが、言葉と気持ちに偽りなどなかった。
そんな一言を受けると、兄さんはため息を一つつくと、吹っ切れたような笑みを浮かべて、僕の目の前に立つ。
「そうか。」
照れ隠しの一撃でも来るのかと思い、目をつむって身構えていたのだが、一向に衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けてみれば、兄さんは
「……俺は、お前の兄さんになれたんだな。」
声を震わせながら、僕の頭に手を乗せていた。
そう、きっと、兄さんは不安だったのだろう。
僕らは血縁関係にない、偽りの家族。
そうであることを知られたくないという、不安。
否定されることへの恐怖。
みんながみんな、僕にその事実を隠そうとしていた。
「最初からそうじゃないか。」
そんなことはすぐに気付いた。
でも、血がつながっていないことなど、何の意味もない。
「……いや、そうだったな。」
みんなは、僕にとって大切な、かけがえのない家族なのだから。
思い出を失っても、また積み上げればいい。
そう、思い出を作るのに必要な家族が、この場所にいるのだから。
「帰ってくるよ。だから絶対に待ってて。それが、罰ってことで。」
いつかまた、祝杯を共に。
「……あぁ、それでお前がいいならな!いつまででも待ってやるさ。」
「行ってきます。」
「行って来い。元気でな?」
兄さんは最後に一度、ぽんと頭をたたくと、踵を返して自室に向かっていく。
僕は兄さんが自室に入るのを見送ると、顔を一度張る。
バチンと大きな音がした、力加減を間違えたようで、かなり痛い。でも、
「気合は入ったね。よし、いこう。」
最後に一度だけ、自分の部屋を見渡す。いくつかの家具の残骸が残され、火にあぶられて黒く護げ跡が残る部屋。
いくつもの思い出が思い出されるが、僕はそれらを振り切り、部屋を後にする。
―――姉上に怒られないように急がないと。
廊下に出て現在時刻を『今何時?:マジッククロック』で見れば、約束の時間まであと五分。
発着場までの距離を考えると、あまりのんびりはしていられない。
踵を返し、部屋の窓から跳躍。
『天駆瞬動:エアリアルダッシュ』で空中を踏切り、『二倍加速:ダブルアクセル』でさらに加速、その速度を殺さないように『加速跳躍:ブーストジャンプ』で上方向に。『方向転換:クイックターン』で後ろを向けば、館の屋根越しに門が見えた。
門に向って『超駆加速:オーバードブースト』で突撃する。中庭から『速射サボテン』の対空砲火が放たれるのが見えるが、速度差がありすぎて当たることは無い。ほんの数瞬で南側の館を超え、『速射サボテン』の射撃範囲から逃れる事に成功する。
『超駆加速』によって得られた速度が空気抵抗で失われるのに任せ、無駄に長い正門までの道を行く。『戦技:アーツ』による空中機動をやめ、柔らかに地上に着地。
正面に目を向ければ、これまた無駄に巨大な石造りの正門がそびえていた。
即座に『二倍加速』で速度を得て、開け放たれた正門を駆け抜ける。長い跳ね橋を三歩で抜ければ、無駄に広い発着場にたどりつく。
発着場は、正門のすぐそばに広がる石畳の広場である。滑らかに磨き抜かれた、正体不明の石が敷かれたこの場所は、変質的なまでの水平を保っているらしい。以前兄様が教えてくれた。一個艦隊が優に展開できる広さがあるが、何に使うつもりなのだろうか。長年の疑問である。
それはさておき、正門を出て、比較的直ぐの地点に、姉上と一人の女性が立っていた。急いで近づくが、徐々に疑問が生じてくる。
姉上はいつもの通り。完全武装で無表情に立っていた。
問題はもう一人の女性である。姉上と同系統の美人で、なぜか黒系統のメイド服を着ているのだ。まさかとは思うが、彼女が旅の道連れなのだろうか?
そんな疑問をかかえながら、僕は姉上の前に素早く停止する。
そんな僕を見た姉上は、怜悧な美貌に酷薄そうな笑みを浮かべてのたまう。
「よし、時間内によく来た!喜べ、これが貴様の道連れだ!」
隣に立つメイドを僕に向かって突き出してきた。メイドさんは僕に向き直ると、その冷たいアイスブルーの瞳を向けて、
「初めましてご主人様。私、『凍剣銀鱗竜:シルバースケイル・フロストソードドラゴン』のエレトレイアと申します。」
その均整のとれた痩身を折って礼をつくしながら。
「今日からご主人様の奴隷として、誠心誠意、お仕えいたします。その、生活のお世話、朝勃ちの解消から夜のご奉仕もさせていただきますので、御随意にお申し付けくださいませ。」
わずかに頬を染め、瞳を潤ませながらとんでもないことを言い出した。
≪Sub event : 家族との和解1をクリア≫
≪いくつかのイベント条件の解放を確認≫
≪再演算を行います≫
≪……演算中≫
≪……演算中≫
お久しぶりです。
ついに手を出してもオッケーな女性が登場。
ユーリーはオトナのお姉さんに手取り足取り腰取り、大人の階段を上るのか?(嘘)
用語解説
『吹き払え清風:クリーニングウィンド』
生活魔法の一つ。風を作って空気の入れ替え、冷房代わりに使用される。
精密な魔力制御が出来れば、文中のようにゴミだけを外に吹き出すこともできる。
『祓い清めの聖光:プリミティブライト』
聖属性スキルの一つ。もともとは瘴気や毒を打ち消すための魔法。
聖属性魔法である『冷厳なる小聖域:スモールサンクチュアリ』に比べると範囲が狭く、瞬間的な効果しかないため人気が低い。
そもそも高位僧侶系職か、清掃スキル完全習得以外では習得できないレアスキルでもある。
『生命探査:ライフスキャン』
あらゆる生命を探知する探査戦技。
生命力の高い存在を大きく拾ってしまうため、瀕死の存在や植物、不死、鉱石系の存在を探知できない。
『空間索敵:Xバンドレーダー』
魔力波を放ち、その反射波を観測して動体を認識する戦技。
重い金属を挟むと探知精度が極端に下がる。
『気配察知:タクティカルサーチ』
生物が放つ魔力を探知し、その位置や脅威度を測定できる戦技。
『今何時?:マジッククロック』
先天スキルの一つ。現地点の正確な時刻を24:00表示で教えてくれる。
なぜか使える人と使えない人がいるスキル。
世界でもごく一部の人しか使えないため、どの国でも確保に必死。
『戦技:アーツ』
戦士職が気力を使って用いる戦闘スキルの総称。
人間には不可能な動きを可能にする。
熟練値による差が大きく、修錬あるのみ。
どんなアーツも必ず同じ軌道を取るため、熟練者からすればただの的である。無論、威力はバカにできないため、回避不能な状況に追い込むことで確実なとどめにもできる。
『凍剣銀鱗竜:シルバースケイル・フロストソードドラゴン』
伝説級の魔獣である『氷雪の始原龍』の眷属。
全身から青い剣状の結晶を生やしている、二足歩行のドラゴン。
その戦闘能力は神話級に届くと言われている。