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Time Line : Normal Code [予想外の恩寵と姉の想い]

うん、遅くなって申し訳ない。


展開もめちゃくちゃで申し訳ない。


「時として姉とは理不尽の塊となる」

― 聖女マリアンヌの弟『断空』ドリー ―

≪……的情報と肉体の完全同期を確認。直接干渉を終了し、通常モードに移行します。≫


―――あの声が聞こえる。


 優しい闇の中で微睡みながら、僕は彼女の声を聴いた。

 無機質で、それでありながらどこか感情を持ち合わせているような。

 いつ聞いても違和感を覚える、不思議な声。

 そんな声に、僕は古い誓いを思い出す。

 

―――いつか、いつの日か。


 あなたに声を掛けられますように。

 その悲しげな声を、変えられますように。

 ずっと小さなころに誓った、愚かな夢を胸に。

 僕は、現実世界へと意識を戻す。




―――さようなら、***。




 僕は彼女と優しい闇に別れを告げた。





 

「……うぁ?」


 目が覚めると、知らない天井が眼に入る。知らないはずの場所なのに、奇妙なほど安心感があった。

 周りを見れば、清潔感あふれるベットの上にいることがわかる。柔らかな温かさと適度な湿度に保たれている室内にいながら、灼熱に晒されていたかのような汗を全身に汗をかいていた。それに掛けられている布団の感触を感じないほどに疲労しているようで、全身に身じろぎするのも億劫な倦怠感を覚えていた。


―――水が飲みたい


 砂漠を彷徨う迷い人のように、咽喉に感じる焦熱を癒すために水を求めて、身を起こして周りを見回す。

 ベットサイドの小さな丸テーブルには、本来水差しが置かれていたであろう白いレースの敷物と、逆さまに置かれた透明なグラスがあった。飲むための器具があっても中身がなくては、、、。

 失望に全身から力が抜けて、起こしていた体が崩れ落ちた。

 ため息とともに、致命的なナニカが体から抜け落ちていくかのような感覚。

 錯覚だとわかっていても、死に近づいている恐怖に駆られてしまう。

 夢の中の出来事が、不意に頭をよぎった。


「!……うぁ……っ!?」


 不思議と悲しいのに、優しい気持ちが胸の奥からあふれてくる。自分でも理解できない感情の波に、涙が止まらない。

 押し殺して、それでも漏れる声。

 頬を伝う冷たい雫に、さらなる渇きを覚えながら。


 その時、ガチャリという音と共に、部屋の扉が開く。


「ッ!?起きたのね!ユーリー!」


 姉上が駆け寄ってくる。サイドテーブルに水差しを置いて、流れるように僕の手を取った。水にぬれたのか、わずかに赤みを差した姉上の手が、冷たくて心地よく感じる。

 

「どうしたの?悲しいことがあったの?」


 僕の顔を見て、涙に気づいたのか、姉上は顔をゆがめて、身を乗り出しながら僕を抱きしめた。


―――誰、この人?


 失礼な話だが、そう思ってしまった。

 明らかに柔らかな声色。これまでに聞いたことがないほどに。

 姉上は僕を安心させようとしてくれるのか、右手で頭を撫でながら、左手で力強く抱きしめてくれている。

 本来ならば、僕は安心と安らぎを覚えるべきなのだろう。しかし、今日の姉上は武装しているのである。柔らかな感触を与えてくれるはずの胸は鋼の硬さとなり、僕の顔面を押しつぶしているし、白魚のような指も鋼の籠手に代わっている。

 そして感情によって制御を失った姉上の全力で抱きしめられた僕は、頭がひしゃげるような痛みに襲われた。


「……んっ!?……ッ!」


 その痛みから逃れるために、僕は力の入らない拳で姉上の胸を連打する。コンコンと硬質な音を立てる胸。まるでレミエル姉さんのような(言ったら死ぬ)平たさと硬さである。


「恥ずかしがらなくてもいいの。今は、泣いてもいいの。」


 ぎりぎりと軋む背骨に違う意味で泣きたくなる。何とか拘束を抜けて、顔を装甲から引きはがす。

 

「……いや、し、死んっ、じゃぁ、んっ!からぁ?!」


「ひゃぁ!?」

 

 ぽす。


 姉上に顔を向けて抗議の声を伝えようとすると、バランスを崩したのかベットの上に押し倒される。。

 顔が近い。普段表情が乗らない鉄面皮を今は童女のように輝かせている姉上。宝石のような光を放つ蒼い瞳はわずかな熱を帯びて、口元は大きく緩んでいた。血色の好い唇に薄く紅を乗せている。初めて見る表情の姉上は、不思議なほど魅力的に思えた。


―――まつ毛長いなぁ。


 ぼーっとした頭でそんなことを考えていると、姉上は、泣きそうな表情を浮かべていた。


「ねぇ、ユーリー。」 


「なに?姉様」


「約束して?無事に帰ってくるって。」


 真剣な声色で、瞳を揺らしながら、そういってくる姉上に、僕は何と答えればいいのだろう。唐突な状況に変化に、僕は冷静な思考が出来なかった。


「帰ってくるよ。」


「きっとよ?」


「うん。」


 何とか絞り出した答えは、なんの変哲もない平凡な物。けれども、姉上はそれを望んでいたらしい。

 念押ししてくる姉上に、コクリとうなずきを返せば、ほっとしたみたいで、全身からこわばりが抜けていくのがわかる。


「そっか。うん。待ってるから。」


「夏休みには、一度帰ってくると思うよ?」


「お土産期待してる。」


 文字通り期待に目を輝かせている姉上に、僕は苦笑を漏らすほかなかった。

 本当にこの人はあの姉上なのだろうか?初めて見る表情ばかりで、混乱に拍車がかかる。

 最後に一度、強く抱きしめて(実に硬かった)僕を開放した姉上は、立ち上がると大きく伸びをした。普段決して見られない動作。それすらも、僕の目をひきつけてやまないほどの流麗さだった。


「そうそう、一つ言わなくてはいけないのだけれど。」


「なに?」


「今回、復習をする時間はありません。」


「だろうね。」


 いつもの無表情に戻り姉上は僕に告げる。


 窓の外を見れる窓(塔でたった一つの!)からは、すでに昼間の日差しが差し込んでいた。朝食をとってからすでに二刻はたって……


「ちなみに、倒れてから三日たっています。大陸間定期船団の出航も確認済み。」


「間に合わないじゃないか!?」


 気づいたら三日たってた。


 入学式に間に合う最後の定期船団に乗り遅れたことが判明する。次の船団は一週間後であった。


「どどどどどどどどうしよう姉上ぇ……。」


 入学式に間に合わなければ、いかなる特例も認めずに入学を認めない旨が入学許可証に記されていたことを、思い出す。

 たとえ航空艦や連絡馬車を乗り継いでも、一月はかかる距離をさらに十日以上の短縮でいかねばならない。

 帝都―学園間の直通航空便も存在するが、帝国貴族限定のチケットが必要であり、予約必須な入学時期は昨年には売り切れている。

 すなわち、ここで僕の入学は取り消されたも同然なのである。

 

「まぁ、落ち着きなさい。」


 あわてる僕を、姉上はまた抱きしめて落ち着かせようとしてくる。


「ぐぉ……。」


 ぎりぎりと締め上げられた肺から空気が抜けていく。

 酸素が足りない分、思考に回せる余裕がなくなり、ある意味で落ち着くことが出来た。


「うん、大丈夫。移動手段はあるし、あとは気合と根性があれば間に合うはず。」


「何か手段があるの!」


 いったいどんな手段があるというのか。


「飛行可能な魔獣に乗っていけば、問題なく間に合うでしょう?」


「えっ?」


 何を言っているのか?

 世界そのものに干渉することが可能な、物理法則を超越した存在。魔力によって存在を保つ、半実体精神生命体。人間に対して友好的でないとされるそんな存在に乗って、エルサルティーナ大陸に向かう?


「いや、死んじゃうから。」


 人間に見つかれば、確実に現地軍の攻撃を受けるであろう彼らに乗っていくなど、彼らの友人として見過ごせない。あと、魔獣を殺せる攻撃にさらされれば、余波で死に兼ねない。


「あぁ、大丈夫。人間なんかに傷をつけられるような軟な

子じゃないから。」


 それはそれで問題じゃないだろうか。

 要は帝国が誇る西方艦隊と、悪名高き西部貴族領邦軍を相手取って無傷で行けるということ。それが出来るのは、最低でも伝説級の存在だけである。

 一般的に災害級と呼ばれる魔獣は、冒険者AAランク六名パーティ、または一個師団によって迎撃される。小国なら亡びかねない存在であるが、大国ならば領内に時折出没するレベルでしかない。

 しかし、その上の伝説級であれば一個軍団、またはSランク以上の六名パーティが必要とされ、神話級ともなれば討伐出来ればSSSランク確定、即伝説の人物となる。

 それほどまでに、一般社会において危険視されている存在である彼らであるが、伝説級ともなれば人語をを解し、生活圏を侵されなければ戦闘態勢に移行することもない。

 もっとも、拠点を変えるようなことがあれば、周辺の生物が一斉に逃げ出すために小都市が滅亡することもある。


「いや、彼らに御願いするわけにはいかないでしょ?」


「皆が志願してきたから、選別するのが大変だったんだけど?」


 皆には感謝してもし足りないようだ。


「まぁ、クルクス海を越えられれば、あとは竜騎を借りられれば間に合う……」


「ん?学園結界寸前まで、何人かを乗り継いでもらう事になってる。」


「……どうして?」


 間違いなく大きな問題が起きる。人類の生活圏に真っ直ぐ侵入してくる伝説級。防衛体制をとる諸国軍。迎撃を物ともせず学園結界に向かう魔獣とそれに乗るこども。学園前に降り立った子供は間違いなく捕縛されるであろう。僕でもそうする。


「頑固な子がいたせい。」 

 

「……そう。」


 振り切るしかないのか?道中お願いすれば、何とかなるかもしれない。多少でいいから、僕の言うことを聞いてくれる人だといいんだけど。

 きっとどうしようもない事を考えていると、姉上は壁際にある机から銀色のベルを取り出して、一振りした。

 涼やかな音が、魔法的な音律を紡いで、エーテルを震わせて響き渡る。


「何を?」


「ユーリー・アルテリア・クラニアム三等教練兵!」


「はいぃ!?」


 姉上はこちらを振り向くと、教練の時に見せる厳しい表情で、大音響を発する。思わず背筋を伸ばし、傾注の姿勢を取った。


「本日13:00に、貴様の移送作戦が実行される。12:45までに高空耐寒装備で正門前発着場に集合せよ!」


 聖都神衛騎士団時代に戻った姉上はとてつもないプレッシャーを放ってくる。


「閣下!質問よろしいでしょうか!」


「いいだろう。言ってみろ。」


 それでも、無事に学園にたどりつくために必要なものを手に入れなくてはならない。


「作戦中に現地軍による捕捉、迎撃の懸念があります。ステルス、ないしはジャミング用魔導兵装の携行は可能でしょうか?」


「不要だ!本作戦に参加する人員で、貴様が最も脆弱である。輸送要員の防御結界があれば地上軍ごときに遅れは取らん。阻むものあらば強行突破せよ!」


 どうやら神話級が来るらしい。彼らの神気や魔気をごまかせるような魔導兵装は持ってないから、持っていくだけ無駄である。


「作戦中の指揮権は私にあると考えてよろしいでしょうか。」


 切実な問題である。指揮権がないと、彼らを引き離すことが出来ない。つまり問題が大挙して襲い掛かってくることになる。


「現地において、作戦遂行に支障が出る場合の一時指揮権はある。ただし、階級は彼らが上である事をわすれるな。」


「了解!」


 危険性をはらんではいるが、予想よりはましな回答に安堵しながら、僕は敬礼を贈る。


「よし、構えろ。」


 姉上は答礼したのち、部屋の片隅に掛けてあった紙製の『神鍛の蛇腹折剣:ゴルディオンハリセン』をおもむろに持ち上げ、確かめるように一振りした、はずだ。振り始めと振り終わりが同時に見えたとしても。


「はっ?」


 身構えようとしたとき、すでに姉上は腰を落とし、蛇腹折剣を振りかぶった体制で目の前にいた。認識したときには、腕を振りぬいた姉上がいる。それを理解したころには、窓から塔の外に吹き飛ばされていた。


 あまりにも早すぎる展開に思考が追いついていかない。


「ぐふぇあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?」


 僕は全身に空気抵抗を受けながら、高速で空を舞っていた。ぐるぐるとぼやける風景をあいまいに認識しながら『緊急回復:エマージェンシーヒール』と『自動再生:オートリカバリー』によってメタメタになったはずの内臓と筋肉を再生し慣性制御と飛行魔法を使おうとするが、全ての術式が千切れ飛んでいく。


―――なんで!?


 まるで突っ込みを完結させようとするかのように。あらゆる干渉を許さない芸能系神格の加護が付与されている。確かめてみれば身体的なダメージは確認できず、神格級防壁も展開されているのでこのままぶつかっても被害はなさそうである。

 

―――め、迷惑なっ!


 僕の姿を見て腹を抱えて笑っている芸能系神格を幻視してしまう。わたわたとて手足をばたつかせ、なんとか姿勢を取りなおそうとするが、やはり加護によって絶対に正しい姿勢が取れない。

 気が付けば軌道は降下に入っていた。体の回転速度も遅くなり、周囲の状況が把握しやすくなる。重力による加速をはるかに超えた勢いで落ちていく。着弾地点は僕の自室の窓。ご丁寧にも神力によるガラス様結界が張られていて、きれいな室内突入が見れるだろう。


「うわぁぁぁぁぁああぁあぁぁ!?」


 思わず両手をぐるぐると振り回してしまった。近づくガラス様結界。腕の回転が合わず顔面で結界を突き破る。上半身が窓を抜けた時点で窓枠に、体に寄せていた膝をぶち込んでしまい、膝を起点に縦に三回転半。頭を下に向けながら、部屋の壁にたたきつけられた。

 ビターン、とそう日常で聞くことがないだろう音を響かせて、僕は壁に全身をめり込ませる。明らかに蜘蛛の巣状のひびか僕を中心に広がっているだろう。


 しばらく張り付いた後、壁から剥がれて前のめりに床に落ちる。しびれたような感覚に襲われて、ぴくぴくと痙攣する事しかできない。


≪≪≪≪≪HaHaHaHaHa!!!!!≫≫≫≫≫


 打ち上げられた『突剣魚:レイピアフィッシュ』のように痙攣していると、神々の笑い声が聞こえた。今度は本当にエーテル経由で聞こえているのがわかる。最悪に腹立たしい。

 ずがががが、と騒々しい音が、廊下側が聞こえる。おそらくフリッツ兄さんだ。ドアに目を向ければ、ガチャガチャとドアノブを回していた。自動鍵がかかっているので、簡単には開かないはずなのだが、、、、。


「クソッ!開かねぇ!?」


 苛立ちの声と共に抜剣音。ドアから赤光が弧月を描くと同時に、ドアと壁が同時に灰になった。


「なにがあった!ユーリー、、、?」


 全身から陽炎のように火属性の魔力を立ち上らせた兄さんが、深紅の大剣を構えながら突入してきた。そして床に這いつくばり、産み出された灰にまみれた僕を見て困惑する。


 朝の襲撃と僕の窓からの突入、そして兄さんの炎熱斬撃でぼろぼろになった部屋。一面灰色の中に転がる無傷の僕を見た兄さんの表情はなかなか見られない、間抜けなものだった。


 

≪神格級生命:芸能神リタ・ファルスによる干渉を確認。≫

≪Absolute Time Lineへの影響を演算。≫

≪簡易加護付与であることから影響はないと判断。≫

≪個体管理レベルを優先監視対象に。≫

≪加護に関する演算を再度行い、修正を行います。≫

≪……演算中≫

≪……演算中≫

≪……演算中≫

≪……演算中≫



用語解説


『神鍛の蛇腹折剣:ゴルディオンハリセン』

工作大神グラムステイルによって作成された芸能神の神威を宿したハリセン。実体化エーテル繊維でできた紙でできており、はり倒した相手に芸能神の加護を与えることが出来る。はり倒されると、ド派手に吹き飛ぶが、本人に被害は一切ない。代わりに周囲に大きな被害をもたらす。解除されるには誰かにリアクションを返される必要がある。


『突剣魚:レイピアフィッシュ』

竜王大陸にて一般的に食される魔獣。硬質化した鋭いくちばしで獲物を突き殺して捕食する。大型の水生魔獣でも大きな群れに襲われれば危険な生物。味は地球のサンマに似ている。


『緊急回復:エマージェンシーヒール』

致命的なダメージを、一日に一度だけ完全回復できる高位回復魔法。

莫大な魔力を瞬間的に引き出されるが、レベル200以上の回復職なら皆習得している。


『自動再生:オートリカバリー』

盾系職のもつスキル『自動回復:オートリジェネ』が完全取得後に進化する自動発動型スキル。

内臓や骨格のダメージを時間経過とともに修復する。

これにより高レベルの盾職は、魔獣と同じように、攻撃を受け、傷を治しながら戦うことが出来る。

『自動回復』の三倍の魔力消費がある。

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