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Error Code : [騎士の帰還と世界のゆがみ]

最後は意味わかんないかもしれませんが、主人公にかかってる制限の一つです。


「凍死は、洒落にならんて。」

―ランセル王国第三王子の手記、暗殺転送先の雪山にて―

「やっと着いたか……。ひどい目にあった……。」


 バルデスさんはぼろぼろのマントを引きずりながら最上階への最後の段を上りきった。すっかり疲労困憊のようだが、自業自得しか言いようがない。


「大体バルデスさんの所為ですけどね……。」


 主に竜牙兵を起動させたり、迎撃機構に干渉しようとしたり、転移魔法を使おうとしたり、壁をぶち抜こうとしたり、、、。

 凍りついた袖口を生活魔法『心地よい温風:ドライウィンド』で溶かしながら、ジト目で見つめる。


「……すまない。」


 しっかりと反省したのか、落ち込んだ表情で肩を落としていた。そんな風になるくらいなら最初から忠告を聞き入れてほしい。


 かくして僕は、召喚されてしまった聖騎士バルデスさんと共に、シェラ姉上の居室の戸の前にたどりついた。

 ここまでの豪華な内装からは考えられないほど簡素な木の扉を前に、バルデスさんと僕の緊張はいやがおうにも高まっていく。 なにしろ、何の変哲もない扉から放たれるプレッシャーは物理的圧力すら伴う代物だからだ。


―――確実に怒ってるよこれ!洒落にならない程度に!


 金属製のノブのみならず周辺の壁や床に至るまで凍結させるほどの、濃密な魔力。感情によって漏出した莫大な魔力は、扉による隔絶すら無視して、外部空間にまで影響をもたらしている。すなわち、


―――中は地獄か……。


 中はいったいどれほどの凍気が充満しているというのか。たぶん、入ったら死ぬ。氷耐性上昇させても一瞬で凍りつく。そのレベルの凍気である。


「……帰りたい。」


「……入りたくない。」


 彼も心の底からそう思っているのだろう。しかし、今の僕らに後退の二文字は存在しえない。それは死と同義であるからだ。ならばせめて、弁解の余地のある前進を選ばなくてはならない。


「くそ、動かないか。」


 しかし、僕らの体は、たった一歩を進めることすら拒絶している。目に見えるかのような濃密な死の気配に気おされているのだ。現実として、寒さ以外の要因で小刻みに震える体は意思に逆らっている。けれど、これであきらめるようなら姉上の家族なんかやっていられない!


「……やれる。……やれるんだ僕は!」


 身体強化気功術『内気法:活身鋼気功』を発動させ、内在魔力循環を強化、体内の気脈とリンクさせることで、増幅効率を上昇させる。これにより氷属性耐性を大幅に強化して耐え抜く作戦だ。

 覚悟を決めれば、心の中に芯がストン、と打ち込まれる。なえていた気力が湧きあがってくるのを感じる。そう、逃げたらどうせ死ぬんだ。謝れば生きる道が見えるかもしれないのなら。


―――死地に踏み込むことこそ、唯一の活路よ!


雷光閃く黄金の槍を叩き込みながら兄様が教えてくれた言葉を胸に、僕は死へと近づく一歩を踏み出した。


 ……兄様が直後に姉上に凍結されていたのは無視しよう。


「クッ!……ええい、死なばもろともよ!『着装・聖気外甲:』」


 彼も覚悟を決めたのか、白の燐光を全身から放ち始める。聖騎士の固有スキル、『聖気外甲』だ。光属性の魔力外甲を纏うことで、全属性の軽減を得られる汎用性の高いスキルである。習得には強い信仰と厳しい修行が必要とされているが、その効果は折り紙つきだ。それに彼の魔剣は氷属性であろうから、持っているだけでも氷属性への高い耐性を得られるはずだ。

 つまり、あとは僕らの覚悟一つなのである。


「逝くぞ!」


「ハイ!」


 何やら不穏な気配を感じたが、姉上に臆したのだ、と切って捨てる。そんなことを考える余裕はないのだから。

 対氷結障壁を展開した拳で、凍りついたドアをノックした。


「ぐぅっ……!?あ、姉上。ユーリー・アルテリア・クラニアムが参上いたしました。姉上にご来客でございます。此方までご案内いたしておりますが、入室してもよろしいでしょうか。」


 触れた瞬間に障壁が浸食され、皮膚が凍り付いていく。生革をはがされるような、神経に直接触れられているような激痛が指先から全身を駆け巡る。視界が明滅するほどの痛み。しかし、そんな些細なことは何の影響も与えない。僕は内気法をさらに活性化させ、凍傷を癒していくこちらから一気に要件を伝える。姉上は簡潔な報告を至上とする人だ。ゆえに一息で。

 

「ん?……あぁ、入るといい。」


 二人して驚愕の現実に固まっていると、扉の向こうから姉上が入室を促してきた。


 何やらお声だけはとても上機嫌に聞こえた。思わず隣の彼に視線をやると、彼は信じられ無い物を聞いた、とこぼした。顔がすごいことになっていたが、きっと僕もそうなっていたに違いない。


「聞こえなかったか?入ってこいと言っている。」


 今度は疑問の中に若干の険を含んだ声であった。せっかく拾った幸運をみすみす逃す必要はあるまい。


「「失礼します!」」


 僕たちは同時に声を張り上げ、速やかに入室した。そして速やかにドアを閉める

 手の皮が持って行かれるかと思ったが、うまくきれいに剥がれてくれたおかげで、凍傷以外は無傷である。

 姉上の部屋は塔の内装とは異なり、一般的な部屋に見える攻性だった。清潔感あふれる白の壁紙には、細やかな装飾の施されたタペストリーがかかっている。壁際にある深い飴色の木材で作られたキャビネットや本棚には貴重な魔導書や武具、宝物が飾られており、照明の柔らかな光を反射している。床には毛足の長い、深紅の絨毯が敷かれていて、僕らの足を、真っ直ぐに立っていないような感覚を覚えるほどに柔らかく押し上げている。全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している部屋の奥に姉上はいた。重厚な木製の執務机の上に書類をおいて、簡素な木の椅子に腰かけながら、此方を見やる。

 

「ん、よく来た。座るといい。」 


 姉上は僕らに着席を促した。促されると同時に、僕らは素早く着席っした。座ってから気づいたのだが、大きな応接机を囲むようにある椅子を含めて、この部屋のいかなる場所も凍っていないうえに、凍気を含んだプレッシャーもなかったのである。ドアに目を向けてみれば、どこにもあの凍結の惨状は見えなかった。いったい何が起こっているのか。理解できない状況に、僕は混乱していた。僕をしり目に、姉上は立ち上がり、バルデスさんに向って歩いていく。


「お待たせしてしまったようだ、私はヴァレリア・シェラザード・ファーヴニール。よろしく頼む。して、要件は何かな?」


 まるで姉上ではない、何かが乗り移ったかのような口調と雰囲気に、彼は固まってしまっている。かわいそうに。


「と、突然のご訪問、申し訳ございません。し、シルヴァリウス卿、お、お久しぶりでございます。」


「はて、どこかでお会いしたかな?申し訳ない。貴公の顔に見覚えがないのだが。」


 姉上の言葉に、顔面蒼白になりながら、バルデスさんは必死に言葉を紡いでいく。姉上もひどいものだ、いくら数年前とはいえ、元同僚の顔までわからなくなるとは。


「こ、これは、手厳しいですな。聖都神衛騎士、バルデス・グラッドストーンでございます。貴女様の従騎士でございました。」


「ん?……あぁ!あの子供か!すまない、すっかり立派になっていて、君だとわからなかったよ。それにしてもあの子がね、、、。」


 目を細め、なんともうれしそうに声を掛ける姉上。すでに僕の心は慣れ始めているのか、驚きが薄れつつある。


「まぁ、積もる話もあるが後にしよう。して、何の用でここに来た?というよりも、どうやってここに来たのだ。」


 突然、姉上の雰囲気が変わった。押しつぶされそうなプレッシャーが放たれ、凍てついた眼光が僕らの舌を縫いとめる。いつもの姉上に戻った、よかった。


「そ、それがですね、、、。」


 やめて、ちらちらこっちを見ないで!

 姉上の視線が僕をとらえる。受けるプレッシャーが段違いになった。詰問される時はこうなるのだが、、、。


「で?」


 決死の覚悟で口を開かなくてはならない。


「エントランスにあったベルを鳴らしたら、バルデスさんが召喚されました!」


 気合と根性でもって、口を開いた。


「ベル?はて?いや、待てよ。確か、、、。」


 姉上は壁際のキャビネットを開けて、ごそごそと何かを探している。ちょうど探しているあたりに、あのベルに似た形のものがいくつもある事に気が付いた。


―――ああ、終わった。


 やはり消えたベルは姉上のものだった。


「なるほど、そういうことか。」


 振り向いた姉上は、わずかな苦笑と共に、此方に視線を振る。

 普段は無表情のその美貌に薄く(たとえ常人にはわからない程度でも!)笑みを浮かべていた。凍てつくような眼光を放つはずの蒼い瞳も、気のせいか、柔らかな光をたたえているようにも見えた。


「うむ、端的に言おう。これは誤召喚事案だ。ベルを間違えて置いたようだ。すまない。」


 姉上の謝罪である。貴重なシーンだ。背に定規でも入っているかのような、きっちりとした謝罪の姿勢である。まさにお手本。


「それは、、、そういうことで?」


 バルデスさんが震えた声で問いかける。召喚されたことが間違いとは、、、。そうない事だし。


「いや、今度この子が『学園』に入学するのでな。その旅路をサポートするものを用意しようとしたのだが、、、。間違えて君のベルを置いてしまったようなのだ。」


 本当にすまない。いえいえ、御顔をお上げください。そんなやり取りを何度か繰り返して。二人は顔を見合わせる。


「さて、バルデス君。いや、今はグラッドストーン卿の方がよろしいかな?」


 いたずらめいた口調で、姉上が呼びかける。こうまで感情の動きが読みやすい姉上も珍しいのではないだろうか。……兄様や兄さんへの攻撃時以外だと。 



「恐れ多いお話です。バルデスと、呼び捨てていただければ。」


 バルデスさんも、表情が柔らかくなる。姉上は緊張をほぐすための冗談も使えるのだなぁ。新たな一面の発見が続く日である。


「君を希望の場所に転移させることが出来るが、どうするかね?」


 姉上は腰に差している、氷魔結晶でできた杖を抜いて問いかける。事実、姉上ならば、塔と杖の支援込みで、世界のどこへでも転移させることは可能だろう。


「では聖都の裏路地にでも。」


「良いのかね?聖女の部屋でも、修道女の沐浴場でも飛ばせるぞ?」


 昔覗いて見たいと言っていたそうじゃないか。そう、姉上はほほえましい物を見るような目で彼を見る。バルデスさんは顔を真っ赤にしてあわてていた。


「そ、それは!?まだ子供の時の話ではないですか!?」


「だから、叶えてやろうと言っているのだよ?」


「不要です!」


 堅物そうなバルデスさんも、かつての上司にして過去を知られている姉上にかかれば簡単にからかわれている。聖都の同僚にはあまり知られていなさそうな一面だ。


「そうか。……うむ、十分だ。久しぶりに会話できて楽しかったよ。」

「……いえ、此方こそ。」


 姉上はすっきりした表情で、がっくりと肩を落としたバルデスさんにいう。


「もう、会うこともないだろう。」


「!?御戻りにはならないのですか!?」


 姉上の言葉に、バルデスさんははじかれたように頭をあげる。

 帰ってきてから、帰るつもりはないと明言していたことは本当のようだ。瞳には決意の色がありありと見える。


「ああ、契約は果たした。もはやあの地に義理はない。」


「アストレイア様も、老公も、騎士団の皆も一目会いたいと、、、。」


 バルデスさんが必死に食い下がるが、姉上は全てを一刀の基に断ち切る。


「それでもだ。」


「……そうですか、残念です。」


 姉上の決意を見て取ったのか、バルデスさんは先ほどよりも深く肩を落としてため息をついた。どうやら、話は終わりらしい。


「始めるぞ」

 

 姉上が杖を一振りすると、床面に複雑怪奇な転移魔法陣が描きだされる。


<開け、第一の門>


 姉上が口を開くと、古代魔法言語が紡がれる。発声が聞き取れるわけではないが、意味だけが理解できる言語。


 姉上ではない、全く別の誰かの声が、僕の頭に響き渡る。


≪プライマリーポータルを開放します、座標認識、グッリドポイントを固定します。≫


 昔から、魔法を使うと聞こえる、不思議な声。

 彼女の声に従って、広がっていく魔法陣。


<開け、第二の門>


≪セカンダリーポータルを開放、座標認識、グリッドポイントを固定します。≫


 力が流れ、光となって現実世界に現出する。


<繋げ、我とかの地を>


≪ポータル間接続路を構築、解放します。≫


 僕にしか見えない黄金の光の粒が、誰にも見える魔力を集め。 あまねく広がる銀河を揺らす、エーテルの波濤のように。

 世界の理すらも歪め、誰かの望む結果を引き出した。


<遠きかの地に、送り届けよ。>


≪対象に情報保護を付与。第一、第二門領域を障壁隔絶。域内存在純度の上昇を確認。転移可能レベルに到達しました≫



≪iやあiiiadfq:rがwrggdvsどpr」wwpgびぇfwqえfkfiwegl/wg!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!≫



 ねじれ、曲り、引き伸ばされた空間が悲鳴を上げる。

 誰にも聞こえない、もう一つの声。世界の悲鳴。





―――世界が、遠くなる。





「うむ。……そうだ、皆に伝えてくれ。達者でな、と。」


 遠くに姉上の声が聞こえる。

 あいまいになる認識。 


「お任せください。」


 彼の声が聞こえた。





―――彼って誰だ? 





「……では、行くぞ?」


 彼女の声が聞こえる。わずかに悲しみを含んだ。





―――彼女って誰だ?





「閣下!……いつかまた、お会いできることを願っております。」


 彼の声が響く。何かを伝えようとする意志がエーテルを震わせる。この震えは心地いい。


「……しつこい奴め、、、。」


 彼女の声が響く。小さな震え。伝えようとして、伝えたくない。不思議な願い。

 

 彼の姿が消えていく。門の先へと。エーテルの波濤に流される木切れのように。

 

 彼の姿が消えると同時に、魔法陣も消えていく。


 世界のゆがみが戻り始め。世界に歓喜が響き渡る。決して戻らない、わずかな歪みを、傷跡のように残しながら。





―――僕は誰だ?




「ん?…い!……し…!?」


 彼女が強い驚きと怯えを発している。感情に震わせられたエーテルが舞い踊る。エーテルと同化しつつあった僕は、その奔流にかき乱される。


「……!?」


 誰かが僕を抱き上げた。涼やかなミントの香り。

 柔らかな慈しみが、僕を包み込む。

 



―――ああ、だから。





―――世界に干渉する魔法は、好きじゃない。





―――暗い闇が、優しい闇に、僕は落ちていく。






銀の中の二つの蒼い星が、雫を落としていた。





―――****、泣かなくても、いいじゃないか。





今度こそ、闇の底へと、落ちていく。










≪英雄級生命:ユーリー・アルテリア・クラニアムのエーテル体拡散を確認。≫

≪Absolute Time Lineに異常発生。条件を再設定。修正不能。要因を排除。≫

≪Re Code [罪深き霊魂の再集結]を起動。英雄級生命:ユーリー・アルテリア・クラニアムのエーテル体を再構成します。≫

≪……再構成完了。霊的情報と融合させ、肉体に再インストール。≫

≪……インストール完了。処理前後の齟齬なし。Absolute Time Lineへの干渉排除。≫

≪全システムへの影響を排除。時空停止を解除し、演算を再始動します。≫






いや、話がすすまねぇ。



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