Time Line : Normal Code [朝食の一幕]
何気ない朝食に見えても、、、。
「食事ってのは、楽しむもんだ。」
―『暴食王』ガス、口論した貴族たちを食べながら―
部屋を飛び出した僕は慣性制御魔法を起動する。
飛行魔法と併用することで、廊下と階段を止まることなく移動していく。
一階部分がかなり広いため、一刻の猶予もないが故の緊急措置だ。普段は決してこんなことはしない。
――何しろめちゃくちゃ疲れるし。
飛行魔法と慣性制御魔法。
同じ制御系に属する魔法を同時に処理するのはとても疲れる。かなりの魔力を魔法回路に走らせながら、よく似ている複数の魔法式を並列処理しなくてはならないためだ。
起き抜けの頭を酷使しながら、食堂の扉の前に着地する。
深呼吸を一つ、乱れた呼吸を抑え、髪を手櫛でいじる。身だしなみを整えて、覚悟を決める。
目の前には重厚な樫の扉がそびえている。天井近くまである両開きのそれには、鋼の竜が生えていた。竜が銜えているノッカーを打ち付け、入室の知らせとした。
重く響く音が二つ、その音に続くように僕は食堂に入った。
「おはようございます、おじい様、おばあ様」
入室と同時に頭を下げて朝の挨拶をする。まずは上座にいるおじい様とおばあ様だ。
「おはよう、ユーリー」
「おはようユーリー。さぁ、早くお座りなさい。」
おじい様は黒目黒髪の、厳しくも優しい方だ。ずいぶんとお若く見えるがかなり生きているとのこと。白のシャツに黒曜石のブローチ、黒地に金の縁取りがついた魔導士用のローブをまとっている。おばあ様がジャンと呼ぶが、名前を教えてもらったことがない。何度も聞いているが「人に力ある名を教えてはいけない。」とごまかされる。
おばあ様は腰まである長い白髪を、後ろに結い上げている。目じりにしわが寄っている程度で、とても若く見えるが、おじい様と同じぐらい生きているらしい。白の導師服に紫の前掛けをつけている。おじい様はミリィと呼んでいるが、同じく名前を教えてくれない。
ふたりとも優しく挨拶を返してくれた、申し訳なく思いながら自分の席に向かっていく。
「おはようございます、ヴィルヘルム兄様、フェリス姉様。」
おじい様たちに次ぐ上席に座る二人に挨拶をする。
「遅い、皆を待たせるな。時間を考えて行動しろ。」
「うぅ、すみません。」
開口一番、黄金の目を細め、いら立ちを整った顔立ちに表したヴィルヘルム兄様から叱責をうける。規律を重んじ、他人にも自分にも厳しい兄様はずいぶんと僕を鍛えてくれた。おかげで普段ならば遅刻などしないのだが。それにしても今日も細身の長身を覆う黄金の全身鎧がまぶしい。
「まぁ、今回はイレギュラーがあったようだからな。ただ次はない、席に着け。」
謝罪を入れてくれたのか、すさまじい眼光をフェリス姉様に向けながら、着席を促してくれた。
「あら、この子が起きないのが悪いのよ。姉である私の手を煩わせたのだから、当然の報いではなくて?」
魔獣ですら逃げ出す眼光を受けながら、妖艶に、悪魔のように微笑む姉様。見た目と中身のギャップが激しすぎる。嫁の貰い手がいないのも当然、、、。
「黙れ、貴様のしたいようにしただけだろうが。」
「まぁ、そうだけれども。なにかいけないのかしら?」
「貴様ぁ……!」
バチバチと火花を飛ばしながら、魔力放射を高めていく二人。
我が姉、兄ではあるがとにかく心臓に悪い。何気ない会話から突然、無詠唱で対陣用殲滅魔法を連射しつつ高速戦闘を繰り広げるためだ。それもところ構わずに。いつ暴虐の嵐が吹き荒れ、そのとばっちりを食うか分かったものではない。
二人の魔力が干渉し、今にも炸裂しようとしていたその時。瞬間的に気温が低下した。
「……。」
「やめなさいな、ヴィル?」
兄様の背後にシェラ姉上が、姉様の後ろにはカルロ兄上が立ち、二人の魔力を分解消滅させていく。シェラ姉上から放射される冷気が室温を低下させているのだろう。兄様はすでに白い息を吐きながら震えていた。
腰まである銀髪を揺らめかせながら、姉上の絶対零度の紫の瞳が兄様を射すくめる。
「し、しかしだな、シェラ。」
「問答無用、頭を冷やせ!」
兄様は声を出す間もなく氷像と化した。即座に冷気を消し、姉上は兄様を気にすることなく席に着く。
「……」
「なによ。」
「……」
「……もう、私が悪かったわ。」
「……それで、いい。」
未だに僕には理解できないやり取りの果てに、姉様は魔力を霧散させる。琥珀の瞳を緩めながら、兄上はかすかに微笑んで席に戻る。
「おはようございます、シェラ姉上、カルロ兄上」
二人が席に着いたのをみて、挨拶をする。
「おはよう。」
「……。」
先ほどよりは温度を感じられる声で姉上が挨拶を返してくれた。その冷たい視線は標準だが、口元が緩んでいるのでまだ柔らかい印象を受ける。
今日は珍しいことに、銀の薄鎧をつけて、青のマントをつけていた。凛々しい顔立ちと相まって、物語の騎士様にしか見えない。間違っても救われるお姫様は似合わないだろう。
兄上は口を開かず、頭を小さく縦に振った。基本的にしゃべらないが、ちゃんとこちらを見てくれているのはわかる。茶色の長髪は無造作にたらされ、黒の肌着と裾の膨らんだズボンをサスペンダーで止め、その上に茶色の革ベスト、砂漠色の毛織上着を着ている。
「おはようございます、フリッツ兄さん、レミエル姉さん。」
最後の二人に、自分の席に着く前に挨拶をする。
「おう、おせーぞ、ユーリー。凍気に対抗できる保温魔法を掛けんの面倒くさいから、次から早く来い。」
「おはようユーちゃん。言いたいことはいくつかあるけど、先に朝ご飯をいただきましょう。」
伸びをしながら、保温魔法を解除する兄さん。真っ赤な髪は逆立っており、筋肉質で均整のとれた長身を紅の装甲で覆っている。深紅の瞳に涙を浮かべながら大きなあくび、ずいぶんと退屈だったらしい。
対して割と厳しい目を向けてくる姉さん。青い髪を短く切っており、その澄んだ青い目と涼やかな顔立ちに反して活動的な雰囲気を振りまいている。外見年齢にしては起伏の乏しい体をゆったりとした水色のワンピースで包んでいるが、今日はその上に薄桃色のショールをかけていた。
二人からの返答をもらってから、僕は席に座る。
「……くぁッ!?」
見れば、ヴィルヘルム兄様が自力で氷像から回復してきた。
さて、全員がそろったところでいよいよ食事の時間だ。
「では、祈りをささげよう。」
おじい様が音頭を取ると、皆目をつむり両手を組み合わせた。
『いと高き所に座します古き神よ、我らの糧を産み出す大地を作られたことに感謝します。善き英雄と永き隣人に祝福あれ。全ての魂に安息が訪れんことを。』
一斉に誓文を唱えた。これが我が家における食事の儀式だ。創造神と英雄に感謝を捧げ、今日の幸福を祈る。こうして一日が始まり一日を終えるのが我が家の決まりだった。
さて、何よりもまず朝食のメニューを確認しよう。
目の前には大皿一枚と小皿が三枚、ミルクと薄紫色の液体、ベリージュースが入った陶器のポット、銀のゴブレットとナイフ、フォーク、スプーンがいくつかある。
大皿には大日鶏の卵を使った目玉焼き、アーマードボアのハムとベーコン、フィジカルポテトを使ったマッシュポテトがこれでもか、というぐらい乗せられていた。
まずはおばあ様が焼いた食パンと共にこの皿を攻略していく。ハムとベーコンは前回の訓練でフリッツ兄さんに狩らされたやつをおじい様と一緒に加工したものだ。比較的若い個体で、肉が柔らかい。
フィジカルポテトはカルロ兄上と一緒に、土系魔法の練習で栽培していたものだ。
身体にほんの少しの成長促進効果を与えてくれるため、よく食べられている。
大日鶏はシェラ姉上と一緒に飼育している家畜たちの一種で、世界的に普及した卵と食肉の供給源だ。肉も卵も大きく取れるうえ、成長も早く、極めて効率の良い家畜なのだ。それに卵も肉も味が良く、骨からはいい出汁が取れる。
大皿を半分ほど片づけ、小皿の一つ、サラダに取り掛かる。
こちらもカルロ兄上と一緒に育てた、香辛根と水活菜がみずみずしく、しゃっきりとした歯ごたえを返してくる。
かかっているのは南方の香辛料を利かせたドレッシングで、これが癖になる味をしている。
一息に片づけ、パンをもう一つ取る。
前を見れば、フリッツ兄さんがすでに平らげていた。僕の二倍は乗っているのに、いつも一番早く食べ終わるのだから理解に苦しむ。
身体活性と精神集中に効果を発揮するテクニカルハーブを隠し味に使ったキャスター・コーンポタージュとパン、大皿の残りを食べ切り、最後の小皿に乗った何とも食欲を減退させる、煌く青いゼリーを口に放り込む。
身体強化用のハーブと魔力強化用のベリーを混合させたこのゼリーは、その日一日のトレーニングの成果を底上げしてくれるのだ。
……その代償としてとにかくまずいのだが。
口の中で唾液と反応させないと効果が出ないため、ゼリーを何度か噛み、口の中を回していく。唾液と反応する事で、えぐみや渋みが消えていくのだが、それまでに感じた不快感は消えない。
悪夢の残滓を消すために、キングスベリーを絞ったジュースをゴブレットであおった。三杯も飲めば、流石に後味は消え去った。
「御馳走様でした。」
いつもながらのおいしさを堪能し、皿から一切の食材を異に収めた僕は、
「相変わらずよく食べるね。そのちっこい体のいったいどこにはいってるのやら。」
僕が食べ終わったのを見て、姉さんがあきれた、とでも言いたげな声を出した。人の事を食欲魔神のようにいうのはやめてほしい。
「ちっこいゆうな!でも、フリッツ兄さんは僕の倍は食べてるけど?」
「あ?」
楊枝で歯をすいている兄さんを手で示すと、
「ん、あれは規格外だから。」
「あぁ、そうだったね。」
「ちょっと待てぃ!?」
なにやらうるさいが、姉さんが一言で僕の疑問を解決してくれた。まず比較対象がおかしかったのだ。兄さんは生命体としておかしいのだから、比較するなら暴食獣とかにするべきだった。
「後で覚悟しとけよ……。」
なにやら恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、気のせいということにしておこう。
食事を終えたシェラ姉上が、僕に話しかけてきた。
「ユーリー、家でなら構いませんが、これからは他人と食事を共にするのです。」
新雪のように白い指先が、ジュースの入った白銀のゴブレットを取り上げ、
「あちらでは教えたことを守りなさい。食事時に不快な気分にされるのは嫌な物ですから。」
「はい、気を付けます。シェラ姉上。」
もっとも心配はしていませんが、と付け加えて姉上はベリージュースを飲んだ。
その動作は無駄がなく、優美ささえも感じさせるゆったりとしたものだった。
要するにゆっくりと食べろ、ということなのだろう。はたから見れば、食欲をなくすような食べ方に見えるかもしれないのは理解している。
何しろもっと凶悪なペースで食べる人がいるのだから。
他人にいやな感情を抱かせる意味はないし、これからは気を付けていこう。
そう決意して、僕は全員が食べ終わるのを待つことにした。
「さてと、ごちそう様。出発まではあと二刻程あるけど何をしてようかな。」
出発まであと二刻。迎えの人が来るまではまだ時間があった。
「なら俺と最後の訓練でもどうだ?」
「兄さんとやったら二刻じゃすまないでしょ?」
無限ともいえる体力で襲い掛かってくる兄さんを相手に、本気で立ち向かうのを訓練と言っていいかは疑問が残るが、まず二刻では終わらない。
いつも日が暮れるまで追い掛け回されるのだから。
「なら私と最後のレッスンです。来なさい。」
シェラ姉上は問答無用で決定を下すと、自室に戻っていった。
まあ、出発前に常識というものをもう一度確認しておかなくてはなるまい。
なにしろ、僕は、
「……この島から出たことないしなぁ。」
生まれてこの方、この島から出たこともなければ、家族以外の人間と会話したことがないのだから。
……魔獣とは会話してるけど。
なにやら前途に猛烈な不安を感じながら、僕は二階の姉上の部屋に向った。
登場している能力強化系食品は、EXランクダンジョン竜王大陸最奥部大森林に自生している超高級品。
超一流の冒険者が命懸けで自分のために収穫してくるもので、王侯貴族程度では手が出せない。
キングスベリーは老化速度の低下、アーマードボアは皮膚強度の上昇、フィジカルポテトは取得熟練値上昇と取得経験値上昇、テクニカルハーブは魔力永続増加・微も付与されている。
こんな代物を主食としているため、最奥部の草食動物は長命かつ死ににくい。経験を積んだ個体なら下位竜種程度を単騎で殺害可能。
キングスベリーとテクニカルハーブを主食としている、ハーミットストリクスの長老級(千年級)であれば、人語を解し、無尽蔵に古代語高位魔法を織り上げる脅威となる。