表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

Time Line : Normal Code [加虐的家族愛]

タイトルに意味は無かったりします。


「くそ、姉ちゃんが一番強いじゃないか!」

―『邪竜殺しの英雄』騎士パルムドール、怒れる姉に『竜殺しの聖剣:ドラゴンスレイヤー』を拳で折られながら。邪竜討伐記念式典にて。―

「……な…、ユ……。」


 春先の穏やかな日の光が、ほのかな温かさを与えてくれていた。


「こら……、早く……起き……。」


 こんな素晴らしい日は、温い布団にくるまっているのがいい。


 だから僕は三度寝を決め込もうと、外からの刺激を遮断するために布団を頭まで引き上げ……、


「ユゥーリィッ!」


 強烈な魔力圧を感知した僕の意識は急激に覚醒する。


 全身にたたきつけるような、呼吸を妨げるほどの魔力圧。


 退避行動をとろうと飛び起きようとしたところで、下から突き上げるような一撃が来た。


 全身に浸透するように背面部から均等に伝わる衝撃と周囲に拡散する目に見える風の刃の群れ。これから判断するに、面制圧型上級風魔法『暴風破城鎚・ストラトスハンマー』だろう。


 もしも背面で粉々に砕けているベットに対魔法刻印が施されていなければ、朝からミンチになっているところだった。


 空中に打ち上げられた僕は姿勢制御術式を起動しようとする。だが横から再びの殺気が迫る。


 舌打ちしながら、無音詠唱を破棄。緊急障壁を展開し、収束防御を行うことにした。


 三層対風属性物魔複合障壁を展開していくが、相手は数段早く魔法を構成していく。

 

 その隔絶した実力差に歯噛みしながらも、僕は生きるためにあがいた。

 

 世界にはびこるエーテルに思念で干渉。自身の内在魔力を織り込んだ魔力糸で魔法陣を描き、固定する。織りなす魔法陣は『拒絶と受け流し』込める意思は『破れぬ事なき守り』


 ぎりぎりで間に合ったが、所詮は緊急展開した障壁、接触した瞬間に砕かれる。減衰拡散した「暴風破城鎚」は部屋と僕を蹂躙していった。


 吹き飛ばされた僕は窓に顔面から突っ込む。ガラスでずたぼろになるんじゃないかと思ったが、幸いにも窓は割れずに枠ごと吹き飛んでくれた。かわりに窓枠に引っかかるようにして腹部を打ち付けた。


「っく……ぁっ!」


 腹部のダメージが予想以上に大きく、まともに息を吸うことが出来ない。


 さらに強烈な殺気と圧力。せめて相手を見ようと、体を回して正面に振り向きつつ、壁に沿って、体を落とし込む。


 風圧を頭上に感じ、破断音が響く。恐る恐る目を向ければ頭の上わずか数ミリに鋼色の板が、窓枠を叩き斬り、石材まで切り込んでいるのが見えた。


 いや、正確には金や緑石で装飾された、豪華な大剣だった。翠の魔力が刻印された魔術回路を駆け巡り『速度上昇』『貫通力強化』『重量変化二連・軽・重』『障壁破壊三連』『魔力爆撃』の魔術式が起動しているのが見て取れる。対魔導騎士用の術式セットだが、


――こんなの喰らったら死ぬっ!?


 もし回避行動をとらなければ、見事に両断されていただろう。回避を選択した自分をほめてやりたい気分だった。朝から開きにされるなど、笑い話にすらならない。

 運が良かった。もし「目標追尾」や「照準修正」が入っていれば、躱しきれなかったはずなのだ。


 改めて死を実感する。全身から冷や汗があふれだし、咽喉が干上がる。


「目が覚めた?」


 正面から声が飛んでくる。顔を向ければ、目の前に大剣を片手で引き抜く女性がいた。

白皙の美貌に、少し困ったような微笑みを浮かべた細身の女性。新緑の森のような髪をサイドポニーに。白のブラウスに赤いチェックのベストとスカートをあわせ、胸元を黄色のリボンで飾っている。全身から「困った」オーラを放ち、あらあら、という副音声が聞こえてきそうな、優しそうな微笑みを浮かべていた。


が、


 その手の大剣と、その緑柱石のような瞳を加虐心で輝かせていたら、イメージ戦略としては大失敗ではないだろうか。


 朝から襲撃をかけてきたのは案の定、我が家の残念美人だった。


「おはようフェリス姉様。覚めたよ、完璧に。危うく死ぬかと思ったけど。」


「あら、あの程度なら死なないわよ。可愛い弟のために、ちゃんと魔力爆撃にしておいたのですもの。まぁ、ひと月は身動き一つ取れなくなるでしょうけど。」


 僕の抗議の声に、傍若無人な姉様はあまりにも非道な発言で返す。


「可愛い弟に大剣をぶち込もうとしないでよっ!?」


「可愛い弟だからぶち込むんじゃない。それも全力で。」


 姉様は胸を張りその豊かな胸を揺らしながら、不満げな顔で即答してきた。


 愛してくれてるのはわかるけど、そんな自信満々に胸を張って言われてもうれしくもなんともない。特に命がかかるような事柄の場合。


「別に骨も折れてなければ内臓もおかしくなってないでしょ、ご飯出来てるから、早く下りてきなさいな。」


 姉様はいうだけ言って部屋から出て行った。トントンとリズミカルに階段を降りていくのが聞こえてくる。


 僕は呆然としながら、頭の中に浮かんできた予想を、おそらくは当たっている馬鹿げた事を、口にした。


「まさか、朝ご飯が出来たから、起こしに来ただけ……?」


 それが事実ならあまり呆けている時間は無いことに気付く。


 寝巻を脱ぎ捨てると、クローゼットを開け放ち、中から着替えと取り出していく。まずはついさっきの襲撃で汗だくになった薄い肌着と、下着を取り換える。


 まず前日に鏝を当てた白のシャツを着込む。良い綿を使っているらしく、光沢があって着心地はとてもいい。袖が若干膨らんでいて、胸元には銀糸で龍と剣菖蒲が縫い取られている。全体的にゆったりとしたデザインでお気に入りの逸品だ。


 鮮やかな青色のパンツは、少し細めのデザインでありながら、伸縮性の高い素材のおかげで動きやすい。不思議なくらいに汚れず、通気性がいいのに暖かい。


 赤と茶色のベルトは銅色のバックルがついている。細かい彫刻がかっこよくて、一番好きなベルトだ。なにより長年使っているのに鱗状の模様に傷一つ付いていない。大事に使っているのもあるが、これ自体が頑丈なのだ。


 黒の紐ネクタイを、銀の台に嵌った琥珀のブローチで止める。紐ネクタイは複雑な編み方がされた、おばあ様の手作りで、琥珀のブローチはカルロ兄上からのプレゼントだ。お守りとしての効果があるらしい。


 護法石のはめ込まれた銀色と金色のバングルを両手にはめ、彫刻が施された蒼水晶のペンダントをつける。バングルはそれぞれ、銀色はシェラ姉上から、金色はヴィルヘルム兄様から、ペンダントはレミエル姉さんから贈られた。これも必要な時に僕を守ってくれるらしい。


 フリッツ兄さんがくれたのは深紅石が嵌った赤銅色の短剣だ。兄さんが昔使っていたかなり強力な魔力媒体らしく、全属性への魔力転化もスムーズに行えるすぐれものだ。使い古しで悪いな、と言っていたが、まるで新品のように輝いていたし、何より兄さんの身を守っていた歴戦の相棒である。持っているだけで、兄さんが見守ってくれているような安心感がわいてくるのだ。


 ……もっとも、それを伝えると照れ隠しに殴り掛かってきたけれども。


 おじい様からもらった竜皮の編み上げブーツを履いていく。黒に近い緑色の、金属光沢をもった竜皮はおじい様が昔倒した鋼殻竜のものらしい。とんでもなく頑丈で、ヴィルヘルム兄様の雷撃魔法を蹴り散らせるほどの抗魔力がある。


 最後にフードつきの淡い緑色のマントを羽織れば着替えは完了である。このマントはフェリス姉様が使っていたマントらしい。守護方陣が縫いこまれており、纏うと微弱な風が周りを動くのが分かる。大気依存系の攻性術式は完全に無効化できると胸を張っていた。


姿見の前に立てば、完全武装の僕がいる。ぼさぼさの長髪は、少しぐらいなでつけたぐらいではどうしようもないのはわかっている。だから無理やり頭の後ろで縛ることにしている。そうすれば多少なりとも見れるようになからだ。


そこでふと、頭を疑問がよぎった。


「……、なんでこんな格好してるんだろう。僕?」


――ちょっと待て、よく考えればおかしいぞ。そもそもあの寝坊助で昼まで寝てることの多いフェリス姉様がこんな朝早い時間に起きていて、しかも僕を起こしに来る?


あり得ないことが起きていることに僕は愕然とした。


「そんな馬鹿な……、ありえないっ!?」


――今日はは何の日だ?誰かの誕生日?いやあり得ない、最近フレッド兄さんの誕生日を祝ったばかりだ。祝い事はこの先当分ないはず。そもそも、姉様の行動を考えれば、今日は何が起きる!?リヴァイアサンでも暴れるのか?天軍が槍でも降らせるのか?やっぱり世界が終わるのだろうか?


等となかなかまとまらない考えをこねくり回しながら、ヒントを求めて部屋を見回す。


粉々になったベッド、原型をとどめていないのが改めて恐ろしい。いろんなものが突き刺さった壁と床。風通しがすこぶる良くなった窓。半壊している机と本棚。口が開いて中身が飛び出している革の鞄。


「……、あ?」


革の鞄?なんでこんなものが僕の部屋にあるん……


「っあああぁぁぁぁ!?忘れてた!?」


 鞄の口から飛び出していた紙を見て、僕は忘れていたことを思い出す。黄金の装飾が施された劣化防止と虚偽記載、複製禁止の刻印が刻まれた魔導証紙に記載されている紋章は八星輝く盾に羽ペン二本、世界に名高き独立学究都都市・サンアンジェルスの紋章である。


 その紙には「汝、ユーリ・クラニアムをサンアンジェルス魔導学院の新入生として認める。」と記述されていた。


 そう、この僕ユーリ・クラニアムは今日この日、独立学究都市サンアンジェルスの学生として、故郷を離れるのである。


「……今日出発だったね。そういえば。」


 大事なことを完璧に忘れていた。昨日などあれほど楽しみでなかなか寝付けなかったはずなのに。しかし、起き抜けにあれだけの暴威に襲われたのだから、仕方がないのだろうか。


「……そうだよ、仕方ないよね。思い出したわけだし、問題もないか。」


 飛び散った中身を仕舞い込み、鞄についたほこりを払って、大破した机の上に置きなおす。空間圧縮と重量軽減が重ね掛けしてあるAAAランク冒険者御用達の逸品は、とにかく何でも入り、旅のお供にはぴったりだろう。


 実際、着替えやら何やらを全部詰め込んだわけだが、羽のような軽さだ。


「さてと、この部屋ともしばらくお別れだな。そしてあの朝の儀式とも。……ありがたい。」


 姉という、恐怖からの解放にしみじみとしていると、階段側から声がかけられた。


「ちょっとぉ、早くしなさい。みんな待ってるのよ!」


「うわぁ、ごめんなさい!?すぐに行きます!」


 フェリス姉様の怒れる響きに体の底から震えながら、僕はすぐさま部屋を飛び出し、階下へと向かっていく。


―――さて、今日のご飯はなんだろう?


 そんな、日常的な、益体もないことを考えながら、南向きの窓を見上げる。


 穏やかな春の青空、巨大な竜達が、天を駆けていく。


 今日も空は高い。絶好の旅日和だ。

まだおはようまでしかしていないとは、、、。


出発の日は長い。


解説

『暴風破城鎚・ストラトスハンマー』

風属性面制圧用上級魔法。高速移動する無数の風の刃を無理やりまとめて叩きつける力押しの魔法。ここでは魔力で構成された風刃が肉眼で見えているが、使用者の技量が高いために魔力が半実体化しているためである。通常は肉眼では見えない。

莫大な魔力消費と見合うだけの被害半径を持ち、上級魔法としては威力は低いものの行使難易度が低く、一定以上の風適正もちならば習得を推奨されている。

高い技量と深い風の理解を持つものが行使すれば、対魔導刻印を施されている要塞正門を賽の目状に斬り崩せる。


『翠風の祝福・リーンフォース』

姉が持つ大剣。風属性で固定された実体化エーテル剣であり、世界最高クラスの宝剣。柄や鍔の部分は『神錬合金・オリハルコン』製。斬撃武器としての機能も高いが本来は風属性に特化した『魔導兵装・マギリングウェポン』である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ