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ジブンガタラレと爆弾妹  作者: ありがち
8/10

七章 爆弾妹

 玄関のドアを開けるや否や、待ち構えていたらしい愉衣に抱きつかれた。

「お兄ちゃんっ」

「うおっ、豆腐が潰れる!」

 というか潰れた。

「いきなりどうしたんだよ。豆腐潰れたぞ」

「ごめんなさい……」

 俺の胸と腹の中間あたりに顔を埋めて謝る愉衣。

 自分で言っといてなんだけど、豆腐くらいで落ち込みすぎだろう。

「うぅ……」

「いや、別に潰れても食えるし。一緒に食うか?」

「おとーふ……」

 呻くような声だった。

 愉衣に抱きつかれながら、無言のまま、時間が過ぎていく。

 静寂の中、愉衣の鼓動を感じる。

 カチッ、カチッと時計の針が鳴らすような音――って、カチッ?

「えーと、愉衣?」

「……なに?」

 違って欲しいと思いながら、言う。

「お前の心臓の音、おかしくないか?」

 しかし。

「あはは……私、時限爆弾になっちゃった」

『時限爆弾になっちゃった』

 愉衣は嘘を吐かない。俺はそれを信じる。

「そか、時限爆弾か」

「うん」

「時間はどれだけ残ってるんだ?」

 言いながら、頭を撫でる。

「んー。あと九時間五十分くらい」

 愉衣は嘘を吐かない。

「絶対なんとかしてやるからな」

 俺はそれを信じる。



 途理先輩に電話をかけるのはいつぶりだろうか。

 もしかしたら携帯番号を教えて貰った時以来かもしれない。

 急いで携帯のメモリから途理先輩の番号を引き出し、掛けた。

「もしもし? 仁人くんです?」

「はいっ、あの、時限爆弾になってしまった人間の話って、ありますか!」

「ちょ、落ち着いてください。何か――」

「あるんですか? ないんですか?」

 思わず問い詰めるような言い方になってしまう。

「似たようなケースのものならありますけど――」

「話して下さいっ。お願いしますっ」

 携帯電話を耳に当てながら、無意識に俺は礼をしていた。

「個人単位ではなくなってしまうんですけど『終焉の日が何百年も前から定められていた世界』の話でも良いですか?」

 縁起でもない世界の話だ。

「その世界はどうなったんですか!」

「いきなりオチ聞きます?」

 途理先輩の声が、どこか心配しているような声に変わり始める。

「時間が、無いんで」

「仁人くん……。今回だけですからね、こういうのは。次はちゃんと部室でお話ですよ?」

「――はい」

 冗談めかして途理先輩の話を急かすことはあったけど、こうして本気で急かしたのは初めてだった。それなのに途理先輩が変わらず『次』を考えてくれている事が嬉しい。

「その世界の人々は、さすがに何百年も前から終了に向けて準備していただけあって、死への恐怖も無く、盛大な宴をしながら終わっていきました。表向きはですけどね」

「表向きは?」

「世界が終わるというシステムに対して疑問を覚えた人達も居たんですよ」

「その人達は、どうなったんですか?」

「秘密です?」

「ちょ、一番大事な所じゃないですか!」

「それは『次』の機会にという事で」

「途理先輩!」

 訴えかけるように、名前を呼ぶ。

「うー……。こんな仁人くん初めてです……」

 胸の辺りが痛む。途理先輩が折角『次』を作ろうとしてくれているのに、俺は自分からそれを台無しにしようとしている。

「あの! 何かあったんです? 仁人くん、本当に時限爆弾になっちゃったんです?」

「それは――」

「だったら、ウチが何とかします! 今どこですか!」

 頼もしい声だった。本当に。

 けど。

「いいです。先輩を巻き込むわけにはいきませんから――」

 通話、終了。

 すぐさま、途理先輩から電話が掛かってきたので、電源を切る。

「あー……」

 天井を仰ぎ見て、途方に暮れる。

 威勢の良い事を言っておきながら、結局何一つとしてそれらしい事は出来ていなかった。

「ドンマイドンマイ、お兄ちゃん。大丈夫、ピッチャーノーコンだよ」

 そんな事を言いながら、通話の最中どこかに行っていた愉衣が戻って来ていた。

「湯豆腐食べる? 電話してる間にこっそり作ってたっ」

「食うよ」

 適当に醤油をかける。

「かけすぎっ!」

 そして一息で飲み干す。味はしない。

「うわーうわー」

「ごちそうさん」

 正直、どうしようもない。

 途理先輩の話。終わりを何百年も待ち続けた世界の人達の心境なんて理解出来ない。

 このまま妹が爆発してしまう事なんて、納得出来ない。

「なぁ愉衣、あとどれくらいだ?」

「塩分の取りすぎでお兄ちゃんが糖尿病になるまで?」

「お前が爆発するまでだよ!」

「九時間かなー」

「なんで、そんな平気そうに言うんだよ」

「平気じゃ、無いよ。爆発しちゃうしさ…」

 思わず、愉衣を抱き寄せる。

「わっ」

「どうすっか……」

 思考が混濁して、上手く回らない。

 愉衣を抱きしめながら、ここ数日を思い出して、けれど、いい加減うんざりするくらい、何も浮ばないままで、だからといって誤魔化して先送りに出来るような状況でもなくて。

「えっと、お兄ちゃん、とりあえず私、爆発しても他の人が危なくない場所に、行くよ」

 ないのに、そんな事を言われて。

 愉衣は、俺を突き放し――

「お兄ちゃん、今までありがと」

 ――と、愉衣は、言った。

 空っぽなのに色ばっかり鮮やかな声で、一度だって見たことがない笑顔をして。

 くるり、背を向け。

 俺から離れていく。

 僅かな歩幅で一歩一歩。次から次へ。一歩。遠く。

「――っ!」

「じゃ、ね」

 そんな後ろ姿は、知らない。

 カチッカチッカチッ。

 命を刻む音。

 愉衣の音。

 ――わかってんだ。

 考える必要なんて無い。

 ――いつも通りに。

 それが俺達の、非日常への対抗手段。

 迷うことなく愉衣の肩を掴んで振り向かせる。

「一人で勝手に行こうとすんな。俺も一緒だ。勝手に爆発しやがってみろ、後追い自爆すんぞ」

「もう、普段から軽く馬鹿だと思ってたけど、重い馬鹿だったんだね」

 歯に衣着せないが故の、いつもの毒舌だった。

 たった数日如きの非日常なんて、俺達の常識に引きずり込んでやれば、いつだって日常は再開するんだよ。

「んなこと、わかってら」



「うーん、人が居ない場所つったら何処だ?」

「山は火事になっちゃいそうだよね」

「爆発の規模にもよるだろ、それに火薬とも限らないし」

「だよねぇ」

 俺と愉衣は、当て所もなく歩き回っていた。

 既に辺りは暗くなっていて、昼間に比べて人通りは少なくなっているものの、完全に人が居ない場所は中々見つけられずにいた。

「あっ、あの公園、人いなさそう」

「行ってみるか」

 夜の公園というと、場所によってはカップルがごった返していそうな印象があるが、愉衣の見つけた公園は規模自体が小さいせいなのか、誰も居ないようだった。

 ベンチに座って一息つくと、愉衣が言った。

「なんか最近よく一緒にでかけるよね。この前は病院行ったし」

 確かにそうかもしれない。家で話すことはあっても、小さい頃に比べると、一緒に外へ出かけることは少なくなっていたように思う。

「そうだな」

「そうだよ」

 会話が途切れてしまった。

 しかし、何を話して良いものか分からず、結局無言のまま時間が過ぎていく。

 静かになり、カチッカチッ、と時計の針を刻むような音が気になり始める。

 残り時間を尋ねる気にもなれず、俺はそのまま音を聞き続けた。

「……お兄ちゃん、覚えてる?」

「何の話だ?」

「この公園だよっ。ほら、昔ここでよく遊んだでしょ」

「言われてみれば――」

 確かに、見覚えがあった。

 愉衣がまだ小学生になったばかりの頃は、頻繁にこの公園に来ていた気がする。

「ほらほらブランコっ……うわー錆びてる」

 言いながら駆け寄ってブランコをこぎ始める愉衣。

 誘われるように俺もブランコへ腰を下ろす。

「これ全力でこいだら鎖引きちぎれるだろ」

「あははっ。流石にそれはないでしょっ」

 酷く軋んだ音を鳴らしながら、愉衣はブランコをこぐ。

 そんな姿を見ていると、ここで遊んでいた頃の記憶が断片的に蘇ってきた。

 子供の頃はまだ、嘘とか本当とかそんな事を気にしないで過ごしていたよな。

 ほんと、暗くなるまでよく遊んでいたな。

 狭い公園を飽きもせず毎日毎日――――あれ?

 そんなに毎日遊んでいたのに、どうして来なくなってしまったんだろうか。

 何か、切っ掛けがあったような、無かったような。

「……お兄ちゃん」

 気付くと、錆びた鎖の音はしなくなっていた。

「もう、五時間も無いの。だから、聞いて欲しいことが、あるの」

 最後の話みたいな切り出し方で、愉衣は語り始めた。

 俺の知らない、愉衣の話を――



『――お兄ちゃんは、私の言うことなら何でも信じてくれるよね。

 それって、多分きっと、私が『本当の事』しか言わないようにしてたからだよね。

 でもさでもさ、いくらなんでも、おかしいと思わない?

 私みたいな子供が本当だと思ってる事なんて、間違いだらけだって思わないの?

 私が爆弾になっちゃったって言った時でさえ、すぐに信じてくれたよね。

 気付いたら爆弾になっちゃって、理由も分からなくて、説明も出来なくて、不安で不安で、でもね、お兄ちゃんがいつもみたいに信じてくれたから、怖くなくなった。

 ううん違う、怖さが平気になった、かな。

 なんていうか、一番大切にしていた部分だけは、大丈夫だっていう安心感かな。

 ほんと、びっくりだよ?

 妹が爆弾になってるっていうのにさ、疑いもせずに信じちゃってさ、ちょっと私が怪我した程度なノリで治療法を調べ始めちゃってるんだよ?

 かと思ったら、今度は病院に連れて行かれて、しかも当然のように、何か凄そうな女医さんを指名しちゃうしさっ。

 あー、これもう、お兄ちゃんと一緒なら怖いものなんか無いって確信しちゃったよ。

 枝毛を再生させちゃうようなジュースもってきちゃったしっ。

 いきなりマッサージなんて言い出した時も驚いたっ。

 変な気なんて無いのはすぐ分かったけどさ。ドタバタしてたらお母さん来ちゃった時のお兄ちゃんの表情は傑作だったよ。身内補正で二億点だよ。うむり。

 ほんとーに、ありがとね。

 ……あはは、やっぱり最後って分かってても、これを言うのは、怖いなぁ。

 お兄ちゃんにずっと隠してた事、言おうと思っても、違う事喋ってて、先延ばしにしちゃってる。

 はー。ほんと、もう時間ないのにね…………―――』



 俺のやって来たこと、なにも好転していなかったのに、愉衣は。

 ありがと、なんて。

 なら、せめて、自分の出来る事を全うさせて貰うとするか。

「話を聞くのだけは得意なんだよ、俺」

 ずっと隠していた事があるのを後ろめたく思っているせいか、愉衣は視線を地面へ向け、口を閉ざしていた。

「ま、聞くだけで何も出来ないんだけどな」

 冗談めかしておどけてみせる。

「何も出来てないなんて、嘘だよっ。私は本当に――」

「なら、隠すことなんて無いだろ?」

「う、うん」

 愉衣は大げさに息を吸って、喉を震わせながら声を吐きだした。

「――はっ、白状! 嘘を吐いたことを、私はずっとお兄ちゃんに隠してましたっ。ねこ、さわだ。さわだ。さわだは私が犯人なのっ、ごめんなさいっ」

 支離滅裂すぎて、断片的な単語しか理解できない。

「なぁ『さわだ』って、昔飼ってた猫か?」

「うん……アレは全部私が――」

「何言ってんだよ、サワダは――――」

 サワダで思い出した。この公園で遊ばなくなった理由。

 確か、遊んでる最中に愉衣がやってきて、やたらと強く服を引っ張ってきて。

「私がっ。私が私が――」

「だーっ、今思い出してんだよ、静かにしろ」

 愉衣の顔を鷲づかみにしてやる。これで喋れまい。

「むぎーっ! むぐぐっ! むぐぐぎーぃ!」

 ――服を引っ張ってきて、愉衣はこう言ったんだ。

『サワダが居なくなっちゃった!』

 猫は気儘なもんだから、その内に戻ってくるだろって言っても、愉衣が探すって言ってきかないから、仕方なく町の色んな場所を探すようになったんだっけ。

 割りと長く探し続けていたから、他の遊び場とかを知ったりして、公園で遊ぶ習慣も無くなってしまったんだ。

 結局、サワダは見つからなかったけど。

「ぷはっ! やっと外れたっ。話聞くって言ってたのに顔掴むとかっ!」

「悪かったな。でも愉衣、サワダが見つからなかったのはお前だけのせいじゃないだろ」

「違うよ、全然、私が『サワダが居なくなっちゃった』なんて言ったから……」

「それが俺に隠してた嘘だっていうのか?」

「そうだよっ『サワダが居なくなっちゃった』のは私が、私がっ――」

「違うだろ! サワダが居なくなったのは本当の事だろ!」

「サワダは居たのっ。うちに居たのっ!」

「居なかっただろうが!」

「だから私のせいなのっ」

「訳わかんねぇよっ」

 一体どういう事だよ。

『サワダが居なくなっちゃった!』愉衣が言って、探したら確かに見つからなくて、だからこの言葉は嘘じゃない。

 一緒に探した俺の記憶は確かだ。

 書き換えられてでもいない限りは――それこそ、嘘くさい妄想だ。

 だったら何が嘘なんだ? 愉衣は何を隠していたんだ。

「だって、お兄ちゃんが私の事ほったらかしで、同い年くらいの子たちとばっかり遊んでたからっ」

 これも本当の事だ。サワダが居なくなったのは、割りと体を動かす遊びをし始めた頃の事で、幼い愉衣は見ているだけの事が多くなっていた。

「相手してもらいたかったから『サワダが居なくなっちゃった』って嘘を吐いたの」

 愉衣の悲痛な表情は、本当の事を言っているようにしか見えない。

 けれど、どう信じたら良いか俺には分からなかった。

 言っている事をいつも通りにそのまま信じるとするならば。

 サワダが居なくなったのは嘘で、サワダが居なくなったのも愉衣のせい。

「だったら、愉衣がどこかでこっそり今もサワダを飼っているとか?」

「ううん……違う。サワダは居なくなって、見つけられないままだよ」

 支離滅裂。いや、考えろ、俺。愉衣が俺を騙すわけがない。

「何なんだよ。全然わかんねぇよ。じゃあ居ないって嘘を吐いてサワダを隠したのか? それで、隠した場所からサワダが居なくなってたって事か?」

 これなら、意味が通るはずだ。

「そんなことしないよ……私は『サワダが居なくなっちゃった』って言っただけ」

 だから、それじゃ、嘘には。

「嘘ついたら、ほんとになって、サワダ消えちゃった」

 ――――――――なんだ、それ。

「――――っな訳ねーだろ!」

 全力で否定する。

「ねぇよ。絶対無い。ありえん。アホか。バカか。ねぇよ!」

 全力で信じない。

 なんだこの妹は。自分が言った嘘が本当になった?

「途理先輩の自分語りよりありえない!」

「そ、そんな人知らないっ」

 気付くと愉衣は半ベソをかき始めていた。

 こんだけ今まで嘘を吐かないで過ごして来た癖に、子供の勘違いみたいな事を嘘だって言い張って、本気で隠して、言うだけで泣きそうになって。

「お前ほど嘘が似合わない奴は居ないんだよ!」

「でもっ」

「でもじゃねぇ! 愉衣が吐いた嘘が本当になる? んなことある訳ないっつの!」

 そんなんだったら、俺が今まで愉衣と過ごして来た日常が非現実の塊だったことになるじゃねぇか。愉衣との日々は、いつだって現実だった。ここ最近の数日含めたって混じりっけ無しの現実だったろうが。

「ーっ、現実的に考えて、愉衣が俺を何年も騙し通せる訳がないんだよ。嘘を吐いたこと自体がそもそも成立しない。本当も何も無いんだよ――っつう理屈だ!」

「訳あるよお! う、ぐずっ。あるぅーっ!」

「勘違いつってんだろ!」

「だっで、ざわだっ。ざわだがーっ、わたしのばるるーっ」

 涙声すぎて何を言っているのか分からねぇ。

「そこまで言うんだったら、証明してみろよ。愉衣のつく嘘が本当になるって事を」

「……私が嘘吐くとロクな事にならないし」

「爆弾になったのは嘘でしたー、とかなら良いだろ?」

「……だって、それ、本当だし」

「確認するぞ……サワダの嘘が本当になったから、嘘を吐かないようになったんだよな?」

「そうだよぉ、私のぜいでざわだ――」

「だー、泣くな。サワダが原因なら、わざと嘘を吐かないようにしてたって事だろ?」

「……うん」

「だったら、吐こうと思えば嘘、吐けるんじゃね?」

「う……でも、どうやって嘘ついたらいいか……分かんないし」

「いや、だからな」

 初めて吐こうとした嘘すら勘違いとはいえ本当になって、それでずっと本当の事しか言わずに生きてきたんだから、嘘の吐き方が分からないのも仕方ないんだろうけど。

「なら俺の言うことを真似して言ってみろよ。何にも考えずにさ」

「真似してって、例えば?」

「今日は良い天気だなー」

「え? 曇ってて星も見えないよ?」

「わざとやってるだろ?」

「だ、だって、嘘、やだよっ!」

「だーかーら。嘘が本当になるんなら、それこそ時限爆弾だってなぁ――!」

 それから俺は、ひたすら愉衣に嘘を吐かせようとしたが、結局のところ一時間ほど同じような問答を繰り返しただけで、嘘を吐かせる事はできなかった。



「……」

「……」

「……お兄ちゃん?」

「……なんだよ?」

「なんか、ごめんね。嘘吐けなくて」

「もういいって。あんだけやって嘘が吐けないって事は、サワダの事も勘違いって事になるだろ?」

「そうなのかなぁ」

「そうだろ」

「そっかぁ――少し、気が軽くなったかな」

「おー良かったな。そういや時間は?」

「ダイハードを最初から最後までギリギリ足りなくて見られないくらいかな?」

 思いっきり爆発ものじゃねぇか。

「爆発は自前ってことだね! ややうけ?」

「笑えねーっ」

 つっても、俺も爆発は怖く無くなってきているんだよな。感覚が麻痺してきただけかもしれないけどさ。

 愉衣がどうしようもないくらい完全に、嘘を吐けない奴だってのが分かったし。

 サワダの件だって、嘘を吐こうとして吐けなかっただけだ。

 何のことはない。どこにだってある勘違い。

 途理先輩が紛れ込んだりした異世界とは違う。この世界の人間に吐いた嘘を本当にさせる能力があるなんてのは、あり得ない。偶然が作用して、そう見える時があるだけ。

 愉衣が爆弾になってしまった理由は分からないままだ。

 もしかしたら異世界から何らかの干渉があったのかもしれないし、愉衣が気付かない間に紛れ込んでいてしまったのかもしれない。

 どっちにしろ、確かめようが無いけど。

 途理先輩なら、分かったんだろうか。あの人は本当に凄いから――

「あー! みっけたーっ! やーっと見つけました! 仁人くん!」

 って、公園の入り口方面から見知った声が。

「ええええっ、途理先輩っ!? ななななななんでっ!」

 考えた瞬間に現れるとか、凄いってレベルじゃねーぞ!

 ……っていうか強引に電話切ったから、何となく気まずい。

 にこにこ顔で寄ってくる途理先輩。

「えーと、お兄ちゃん、この人は?」

「ウチは仁人くんの学校の先輩です!」

 出会ってはならない二人が出会ってしまった気がする。

 ダイハード見てる暇も無いくらい時間が無いのに。

「へー、彼女さんなの?」

「ちちちちち違うっ」

「どもりすぎだよ。逆に怪しいよ」

 身内に好きな人の事を弄られるとか嫌すぎる。勘弁してくれ。爆発してもいいから。俺も一緒に爆発するしな。頼むよ、精神的に爆発する前に。

「……残念ながら彼女と違うんです? えっと、この子って仁人くんの妹さんです?」

「妹の愉衣です途理さん。あの、私、お兄ちゃんとデートしてる最中なんですけど?」

「何を言ってんだっ――」

 ――いや、むしろソレで良いのか? 

 精神的には良くないけど爆発的に考えると、話を合わせて途理先輩にはここから去って貰ったほうが安全なんだから。

 俺ならともかく、途理先輩まで爆発に巻き込む訳にはいかないし。

「あー、うんデートデート。妹とデートたまんないっすわ! 途理先輩、という訳で!」

 テンションをメチャクチャ空回りさせながら叫んだ。

 もう色々と吹っ切れてきたわ! 畜生!

「くっはー、折角の妹の匂いが薄れる! 途理先輩の匂いがまざっちゃいますよ!」

「……ウチはコレを届けにきただけですから。はい、仁人くん」

「――これって」

 途理先輩が俺に向かって差し出したのは『輸入商の使っていた、ボタンが一つしか無いリモコン』だった。

「それじゃ仁人くん『次』にでもっ。ではでは妹さんとお好きなだけクンカしてて下さいねっ」

 俺に押しつけるように途理先輩はリモコンを渡すと、あっという間に去っていった。

 心なしか声が低かった気がする。電話を切ったこと、やっぱり怒っていたんだろうか。それに、折角来てくれたのに追い返す感じになってしまったし。

「お兄ちゃん」

「え?」

「途理さん、すっごい怒ってたね」

「すっごいって程じゃなかっただろ」

「……かなり強いプレッシャーを感じたんだけど、気付かなかったの?」

「そうか? 普段と比べてちょっと声が低いくらいだったけど」

「にぶすぎる……でも、お兄ちゃん好きな人いたんだね」

「なっなっいっなっなっゆっゆっ!(何を言っているんだ愉衣!)」

「普通わかるよ、あれだけ動揺してたら。いいの? 追っかけて誤解とかないの?」

「うっせ。ここまで来て何を言ってんだよ。最後まで一緒だって言っただろ」

「そっかぁ」

「けどな、今日が最後の日になることは無くなったかも知れないぞ?」

 途理先輩が届けてくれたものがあるから。

 押せば幸福を手に入れられるリモコンボタン。これを、愉衣に押させれば良いんだ。

「ちょっとこれ、押してみ?」

「これって、さっきの途理さんの? 何、このリモコン」

「途理先輩は本当にすげーんだよ。いいか? 一緒に行った病院の女医さんを紹介してくれたのは途理先輩なんだよ。何でも直しちゃう古の秘薬をくれたのも途理先輩なら、更に言わせて貰えば、妹を揉むなんていうトンデモな行動に出ちまったのも途理先輩の話を聞いたが故なんだよ。凄まじい程の影響力だろ? そんな途理先輩が持って来てくれたのが」

「そのリモコンだよね? ノロケはいいからどういう効果があるかさっさと言ってよ」

 くっ、話を遮られてしまった。ノロケているつもりは無かったんだが。でも確かにこっちが喋りまくっている時に割り込まれると微妙な気分になるな。

 何度か途理先輩の話に割り込んだ事があるけど、なんとなく気持ちが分かった。

「聞いて驚け? このリモコンのボタンを押すと、幸せになる。つまり爆弾も――」

「じゃあ押さなーい」

「治るって訳って何で押さないんだよ! デメリット無いし(あるけど)」

「押したら多分、即爆発しちゃうよ。お兄ちゃんと一緒に爆発できること――最後まで一緒って言ってくれたの、嬉しいって思っちゃってたから」

 俺が。

「あはは……酷い話だよね」

 言ってしまったから。

「でも、いいんだよ? 途理さんのこと追っかけても。それはそれで、私幸せだし」

「こんな時にだけ、嘘つくな」

「ほんとー、だって」

 なんでだよ。なんで、愉衣が爆発すんだよ。ふざけるなよ。

 爆発するのが怖くない? それこそ嘘だ。俺だって、愉衣だって。

 手元のリモコンボタンを見る。別にこれが悪いって訳じゃない。途理先輩だってよかれと思って届けてくれたんだ。でも、なんつーか。八つ当たりって分かってても。

「こうしたくなるよなっ」

 リモコンを空に向かって力の限り投げる。

 どこまでも高度を上げて飛んでいく――なんて事は無く、当然この世界に存在している重力に引っ張られて地面に落ちた。

 普通の物なら壊れるくらいの勢いだったが、流石に異世界製品とだけあって頑丈でへこみ一つ出来ていない。

 何回か跳ねて、愉衣の足下で勢いが止まった。

「お兄ちゃん、物を粗末にしちゃいけな――――て、えっ、えっ、えっ?」

「いいだろ別に。頑丈っぽいし」

「そうじゃなくてっ、私っ」

 やけに大きな声で愉衣は叫ぶ。

「爆弾じゃ、なくなったっぽい!」

「え? いや、でも――」

 爆弾じゃなくなったって言うんなら――さっきからずっと変わらずに聞こえ続けている時計の針が刻むような音はなんだ?

 違う事といえば、心なしか、さっきより音が大きくなっている事くらいって――あ。

「爆弾、俺のとこ、来ただけっぽい!」

「なんてこってぃあ!」

「こってぃあ! ちなみにあと三十分きってんぜ?」

「私の時より短くなってるし!」

「つう訳で、愉衣、家帰っていいぞー。爆発は俺がやっとくからなー」

「私だって最後まで一緒だよ!」

「人生にやる気無いなら家帰っていいぞー」

「やる気だけは人一倍あるよっ!」

 言うだけ無駄だよな。俺が愉衣なら絶対に最後まで居続けるし。

「ったく、意味無いのに何で俺が爆弾になってんだ」

「もしかして:お兄ちゃんがリモコンを投げた時に地面にぶつかってボタンが押された」

「すげーそれっぽい。めっちゃそれっぽい。確実にそれだ」

「そうだっ!」

 何かを思いついたように、愉衣はリモコンを拾い上げて、押した。

「――おかえり私」

 残り時間を刻む音が小さくなった。愉衣のほうに爆弾がいったのか。

「返せよ俺の爆弾」

「元は私のだし」

「あー、途理先輩の仮説当たってたんだなぁ」

「仮説?」

「そのボタン押すと幸せになるだろ? その分、誰かが不幸になるんだと」

 要するに。

 愉衣にとっての幸せは、俺が爆発しないこと。

 俺にとっての幸せは、愉衣が爆発しないこと。

 不幸はその逆で、愉衣にとっては俺が爆発してしまうこと。

「だからさ、愉衣が俺を爆発させないようにって爆弾を受け取っても、愉衣が爆弾になっちまう時点で俺にとっては不幸なんだよ。よく出来てるよな、ソレ。役に立たないけど」

 全く、どこの爆弾たらい回しゲームだよ。

「あはは、もう怖いの通り越して笑えてきたっ」

「うはは、と言いつつ俺から離れようとすんなよっ」

 全力で駆け寄って抱きしめる、というか拘束する。

「むぎゅぐ」

「はー、妹の匂いたまんねー!」

「お兄ちゃんの匂いも炊きたてのご飯みたいだよ! ちなみに残り一分っ」

 まるで走馬燈みたいに、この数日が頭の中を流れ去っていく。

 なんも出来なかったけど、それでも最後は何だか悪くない。

 愉衣がいるからか、最後まで一緒に居られそうだからか。

 最低限。人生送りバント。

 結果――爆発。

「――楽しかったぜ、人生!」

 心残りと言えば、途理先輩に気持ちを伝えられなかったくらいだ。

「途理先輩、どうせなら最後にポニーテールに顔を突っ込んで匂いを嗅ぎたかったっ」

「……お兄ちゃん」

「何だよっ、別にいいだろ? 最後なんだからテンションあげてこうぜっ!」

「いや、だからね、残り三十秒なんだけど、その前に、ほら、見て」

 ったく、この最後だっていうのに微妙な顔しやがって。

 なんだよ。なんだ? え?

 うぁ……。

「えと、きちゃいました。物陰からずっと見てました。仁人くん……嗅ぎます?」

 愉衣の視線の先には、自慢の腰まで届くほどに長いポニーテールを腕に抱えながら俺のほうへ向けている途理先輩が居たのであって……。

「ちちち、いや、ちがくなくて、いや、これは、ですね? ほら、爆発?」

「はい、どうぞ、ウチです? こちら側のどこからでも抱きしめられます?」

 あばばばばば。

「ぷっ、くくっ、あはははははっ、お兄ちゃん最後までしまり無さ過ぎっ」

「う、うるせーよ、とっ途理先輩!」

「はい、なんです?」

「ここ、爆発するんで離れた方が」

「良いんですよ。ウチだって何も出来なかったみたいですし、それに――」

「はいはいっ、お二人さま、残り五秒なので一緒にカウントダウンお願いしますよっ! あと私爆発しないからっ、最後だしとりあえず言ってみる!」

 あんだけ嘘を吐くの嫌がってた癖に!

 ――盛大な宴という訳にはいかないが『数百年前から終わりの日が決まっていた世界』とやらを倣って、楽しく爆発させて貰おう。

「――スリー」

「――――ふたつ!」

「――――――――いちっ」

 バラバラのカウントダウンで。

 俺達は――――――――――――――――――――――――爆発した。ぽむっと。

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