六章 ハッピー貿易協奏曲
妹とのあらぬ関係の疑いを一晩かけて晴らした翌日、途理先輩の『話』を聞くために部室に来たのだが、なぜか歩歌が居た。せっかく途理先輩と二人になれると思っていたのに。
「なんで歩歌が居るんだよ?」
「や、歩歌っちが奇病に侵された時のお話をしたことを伝えたら『わても参加する!』と」
「わても参加する!」
「いちいち言わなくても分かっとるわ!」
「ノリ悪いよジンジンー。わてらの仲だしょ!」
俺は軽く溜め息をつきながら眉毛の辺りを掻いた。
「まぁまぁ仁人くん。今回のお話には歩歌っちも結構関わっていますし、ほら、ウチいつも何かしら持ってきてるじゃないですか。それが今回は歩歌っちだったということで」
「BOO! BOOOO!」
「なんだよー。そんなに嫌なのかよー」
しゅん、とする歩歌。
わざわざ机の上に載って体育座りをしている辺り、この状況を楽しんでいるのが丸わかりだ。
「もういいよ。途理先輩がちゃんと話をしてくれるなら」
「最近の仁人くんはやけに乗り気です? どうやら――魅力に気付いてしまったようですね」
「えっ!? あっ、いや、はい」
一瞬、途理先輩自身の魅力のことかと思ってしまった。『お話』のほうに決まっている。
「姉さん話マダー?」
お前がいるからこじれてるんだろうが。
「ではでは二人ともお待ちかねのお話としましょう」
芝居がかった仕草で一礼すると、途理先輩は自分語りを始めた――
『――平和な日曜の朝。ウチは歩歌っちと一緒にご飯を食べていました。
歩歌っちには、自宅の食料が無くなると現れてウチの料理に飽きると去っていく習性があります。例の如く、そんな日でした。
どうやら歩歌っちはテレビの占いに夢中のご様子。
「あ、わっちの運勢一位だっ」
「良かったですね。でもこういうのって同じ時間の別番組でも占いやってて、ほら」
少し意地悪な気持ちでチャンネルを変えてみます。この時間帯は別番組でも運勢占いが放送されていたりして、大体にして順位も違っていたりするものですから。
「ほー、別のとこでもわっち一位だっ」
「むむ。まぁ、たまにはこういう事も」
更に変えてみます。
「やったここもだ! 今日はわっちラッキーデイみたいだよ、姉さん」
「……っ」
無言のまま全てのチャンネルを回します。しかし、どの番組でも歩歌っちの運勢は一位。
「こ、こういう事も――」
「あっ、ほら見てみて姉さん、この携帯の占いでも運勢一位!」
「へ、へぇー」
こうも一位ばかりが続くと、何か作為的なものを感じずにはいられません。
そして嫌な予感も。大体こういう歩歌っちの何かが偏るときにはトラブルが起きます。
前の穴掘りの件にしても――そういえば最近は同じ飴ばかり食べてますよね』
「パインアメのこと? パインアメは凄いんだよ、とにかくさっ、味もなんだけど――」
おいおい歩歌の奴、途理先輩の自分語りの最中に割り込みやがった。
割り込まれると途理先輩は機嫌が悪くなるんだ。俺も最初の頃は腰を折っては可愛らしいジト目でにらまれていた。というかにらまれたくて、わざと割り込むくらいだった。
「あの、歩歌っち?」
「ん、なにさ?」
「ちょっとそのパインアメの袋を渡して貰えますか?」
「食べるの? はい、姉さん」
途理先輩はゆっくりとした口調で歩歌からパインアメの袋を受け取ると、投げた。
「ああああああっ!」
『――というわけで続きを話させて貰いますね。歩歌っち、これ以上割り込んだらこの町全てのパインアメを買い占めてから歩歌っちの手の届かない国へ寄贈しますからね。
んっ。ともかく、歩歌っちが偏ってしまったせいで、これから何かが引き起こされる事は、ウチの経験から見ればもはや必然と言えるのでした。
今回の場合は運勢占いが常に一位というもの――ろくでもないのは目に見えています。
「そうだ姉さん、競馬場いこっ!」
「今日は一日ずっとベッドで眠ってるんですかー勿体ないですねー折角の休みなのに――」
「え、何言って」
そっと立ち上がり、歩歌っちが息を吐くタイミングに合わせて掴みかかりました。これによって相手の感覚を崩し、容易に拘束する事が出来るのです。
「ちょっ! 競馬場は良いから! そだ、ほら、ホームランバー一本おごって貰えればきっと連鎖でいくらでもホームランバーが手に入るようになるから、姉さんおごって!」
聞く耳もたずにウチは歩歌っちを抑えつけると、こんなこともあろうかと、こういう時の為にテーブルの裏へ備えておいた縄を取り出して歩歌っちを縛り上げました。
「姉さん、ど、どゆこと?」
「とりあえず歩歌っちをベッドに運ばせて貰いますね」
「やめたげーっ!」
とにかく歩歌っちに先手を打たせてはいけないのです。歩歌っちにペースを奪われてしまったら、数々の武勇伝を打ち立ててきたウチと言えども大変苦労する羽目になりますからね。
こういう見方によっては厳しい行動を取ってしまうのも、トラブルを無自覚に引き起こし時には呼び込む癖をもった妹分の事を思ってなんです。
そんな訳で、お姫様だっこで二階のベッドへと歩歌っちを運んで行きました。
「なんか重いです? 小太り?」
「今日はまだ何もしてないのに扱いが酷すぎる……」
先手を取ったウチの行動に歩歌っちは何も出来ず、といった感じです。このまま行けば今日の所は無事平穏に過ごせそうでなにより。
安堵の息を吐きながら、ウチは部屋の扉を開きました。
「おはようございますよー!」
直後、中から朗らかな音色で挨拶が。
「姉さん……いつの間にこんな可愛い子たち連れ込んでたの?」
「いえ、ウチが連れ込んだ訳では……」
歩歌っちの視線の先――ウチの部屋の中には、見知らぬ二人の少女が居たのでした。
いや本当に、いつの間に入り込んだのでしょう。
二人とも黒いスーツを身に着けていて余計に怪しさが増しています。
けれど、そんな男装のようにも見える服を着ていても尚、少女らしさを隠しきれない相貌はアンバランスに幼く見えました。
背の順で並ぶと前のほうに来てしまう中学生といった感じ。
髪型は二人仲良くサイドアップで、挨拶をしてくれた元気な子が右留め、まだ一言も発していない大人しそうな子が左留めと、対になっています。
「これは失礼しましたー! わたくし達はそちらの縄で縛られている途理歩歌さんにお話があって参ったのですー」
やはりというか、なんというか、少女達の視線は歩歌っちに向けられています。
「だって、姉さん?」
「そ、そうですね」
「決して損なお話ではありませんよー!」
「あの……縄ほどいたげて」
ずずいと二人の少女に詰め寄られます。なんかウチが悪ものみたいになってるし……。
「とりあえず、お二人のお名前と目的を教えて貰えます? 歩歌っち解放はそれからです」
言いながら、歩歌っちをそっとベッドに寝かせました。
「さぁ目的を話すんだ! さもなければわっちは縛られ続けるぞ、縄という名の縄に!」
うるさっ。
「では本題に入る前に、まずはわたくし達の名前を。わたくしはロゼリと申しますー!」
「あ……と、わたしはリヤ、です。ロゼリ、これを」
名乗りが終わると、リヤちゃんはロゼリちゃんに何かを手渡しました。
「ありがとリヤ。それではお二方、ここから本題ですよー!」
「待ってましたっ」
わっと喜ぶ歩歌っち。もうここまで来てしまったら警戒していても仕方がありません。乗りかかった船というやつですし、話にのってみるとしましょうか。
ロゼリちゃんはリヤちゃんから受け取ったブツを、ウチ達に見えるようにと手のひらに載せました。
「これは――リモコンです? それにしてはボタン一つしかありませんけど」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれましたー! これは今回わたくし達が持ち掛ける取引に必要なスペシャルボタンなのですよー!」
「姉さん、早くほどいてっ」
ベッドの上で歩歌っちが暴れ始めました。スイッチならそれがどんな物であろうと押したがるであろう好奇心の塊にとって、縛られて動けない状況はかなり辛いはずです。
「えと、説明します。このボタン押すと、押した人の幸運がわたし達の世界に、送られます」
「えええっ、そんなの絶対押さないかんねっ」
「いーえ、押して頂きますー! わたくし達は幸運を輸入しにわざわざ異世界にまで来たのですからー! もちろん、輸入した分の幸運に応じてわたくし達から見返りを差し上げますー!」
「えっ、見返りっ? ほんとっ? 例えば例えばっ?」
「家電、食料、日用雑貨品、宝石――などなど形あるものでお返し致しますー!」
「わっほい! 姉さんっ」
ほどいて欲しそうに歩歌っちが見つめてきました。
いや、今さらっと言いましたけど、このお二方は異世界から来たって。しかも形の無い幸運を形在る物品に交換してくれるって。
うさんくさい……。
「ちょっといいです?」
「なんでしょー?」
「どうしてわざわざ異世界のここに来たんです? ロゼリちゃんの世界でだって、誰かにそのボタンを押して貰えば幸運は手に入りますよね?」
「それには訳があるのですー。訳あり商品なのですよー。わたくし達の世界ではもう幸せは発掘されきってしまっていて、幸せの総量は増えようが無くなってしまっているのですー」
「幸せ資源、枯渇して、ます」
そう言う二人の様子はどこかションボリして見えました。ウソを言っているようには見えません。
ロゼリちゃん達の世界では、きっと幸せというものは数値か何かで計る事ができるようになっているのでしょう。それなら、押した者の幸運を移動させるスイッチがあっても変ではありません。別世界に幸運求めてやってくる事も。
「っと、姉さん、わわっ」
大体の事情は理解出来たので問題なしと判断。歩歌っちを縛っていた縄をほどきました。
「んー、自由だっ」
「それでは歩歌さん、いかが致しましょうかー!」
「じゃあじゃあ、超超超超超高性能パソコンが欲しいっ」
物欲にまみれた従妹の姿を、ウチはそっと遠くから見守ります(精神的な意味で)。
「おやすいご用ですー! ではこのボタンをバシッとー!」
「ていっ」
勢いよくボタンを叩く歩歌っち。
すると、数秒経ってからベッドの上に何やら包みが現れました。
「おおおおっ、本当に来たっ。ノーパソが入ってる――ね」
包みを開けた途端、歩歌っちのテンションが下がりました。
「どうしたんです? 望んだものじゃ無かったんです?」
「いや、想像した通りなんだけど、なんでだろ、あんまり嬉しくない……」
「あっと! 説明し忘れでした! 届いたモノの分だけ歩歌さんの幸せっぷりがわたくし達の世界に送られているので、実際に手に入れたものを使って幸せを感じなおさないとですよ!」
なるほど。気持ち的には差し引きゼロという訳ですか。
「そっかー。じゃあ次は何にしようかなっ」
なんという強欲。次なる要求に向けて歩歌っちはうんうん唸っています。
「ようし、それじゃ今度は超高級海鮮丼なんて、どうかなっ」
「おっけーですー! ではではボタンをパパンッと!」
「せやっ」
数秒して机の上に現れる超高級海鮮丼。
流石に全ての幸せが発掘されきっている世界だけあって、何でもありみたいですね。
「ぉ、海鮮丼だ」
そして下がる歩歌っちのテンション。ややうけ。
「さてさて、歩歌さんどうしますか? まだ行きますー?」
「うーん、とりあえず食べながら考える。むぐむぐ」
「しかし凄いですよ歩歌さん。想像以上の幸せエネルギーが送られてるみたいですよ!」
「ほんとに、凄い、です」
「伊達に今日の運勢占い全て一位じゃないって事かなっ」
そんな歩歌っちと二人の少女の様子を見ていて、ウチは少しずつ疑問を抱き始めました。
「何十億人いる中から、どうして歩歌っちを選んだんです?」
「そんなことですかー! ざざーっと世界中の住民票をデータベース化して、あとは今日の歩歌さんの様に多くの占い等で同時に最高の運勢になる人が来るのを待っていたのですよ!」
「という、わけ、です」
これでもかと言わんばかりに、地道な手段ですね。
「実際にこうして歩歌さんは、二度もボタンを押しても不幸に襲われていませんしー!」
「作戦、成功」
嬉しそうに手を繋いで跳ねる輸入商の二人。
というか占いって、これ、もしかして――
「ちょっと待っていて下さいね」
言いながら部屋を出るウチ。
気になったので、とあるものを用意する事にします――
それから、リビングで工作にふけること十数分。
「よしよし、うまく出来ましたね」
完成したブツを持って、ウチは三人が居る部屋に戻りました。
「お待たせしました」
「おかえり姉さん。何してたのさ?」
「ふふ、これです!」
言いながら、ウチはブツを突き出します。
「なにこれ、ティッシュ?」
「ティッシュの箱を使っているだけです。ほら、こうして――」
箱の中から適当に、一切れの紙を取り出します。紙には、ウチが予め文字を書いてあります。それをわざとらしくならないように読み上げます。
「わー、大吉です(棒)」
「おみくじ! さてはわっちの運で遊ぼうってか!」
早速かけ寄ってくる歩歌っち。
「ちょっとタイムです! ええっと、ロゼリちゃんリヤちゃん、ウチの幸運っぷりどうです?」
ウチの推測が正しければ、これでウチの幸福量が増えているはずです。
「変わりなしですがー!」
「ええっ!」
どうやら推測は間違いのよう。折角作ったのに……。
「姉さん、こういうのは一気にいかないと!」
すると、ウチが落ち込んでいる隙に、歩歌っちがふぐ刺しを食べる金持ちみたいに何枚もおみくじを引きました。
「おおおっ! 七枚全部大吉だーっ!」
「凄いですよ歩歌さん! さっすが世界一幸運な人ー!」
「さすが、さすが」
沸き立つ三人を冷めた目で見るウチ。
そりゃ大吉になるはずです。だって、おみくじの中身は全部大吉なんですから。
――ウチのしていた推測。それは運試しのような占いで良い結果が出れば、そのまま幸福の量も増えているというものでした。その為に中身が全て大吉の出来レースおみくじを作ったのですが、ウチの幸福は増えませんでしたし、歩歌っちの場合も同様でしょう。というか、ウチの時はロゼリちゃんもリアちゃんも褒めてくれなかったのに、どうして歩歌っちの場合は――
「なんとーっ歩歌さん、さらに幸福っぷりが増してますよー!」
「ええーっ!」
なんでウチが増えてないのに、歩歌っちは増えるんですっ。
「もっと引いちゃうよっ! ――やった、大吉二十連っ!」
箱の中からおみくじを取れるだけ取っていく歩歌っち。
と、何か小さな爆発音ようなものがロゼリちゃんのほうから聞こえました。見てみると、懐の辺りからうっすらと煙があがっています。
「ぎゃー! 幸運そくてー器がおーばーふろーを起こして壊れたー!」
「ちょ、もう、引かないで……」
「うはははははっ。まだまだいくぜよ!」
「だらー! 歩歌さんんんんんー!」
「やば、やば。これ、ボタン押されたら、わたし達の世界、ぱんくしちゃうかも」
ウチが作った出来レースおみくじのせいで何かすごい事に……。
「とととと、とにかくっ、そくてー器壊れちゃいましたのでー! えーと、わたくし達はこれでお暇させて貰いますねー!」
「ばい、ならっ」
二人は想定の範囲外な状況には弱いのか、もう帰ろうとしています。
「えーっ! ちょっとまって、まだまだ欲しいものがー!」
追いすがる歩歌っちを尻目に、二人の輸入商はポケットから何かを取り出すと、床に向かって投げつけました。
すると、二人は煙となって消えていきます。
「居なくなっちゃった……」
「いいじゃないですか、別に。どうせこのおみくじは大吉しか入っていないので大吉しか出なくて当たり前なんです。そんな思い込みで増えるようなエセ幸運を渡さずに済んで良かったじゃないですか」
「……せめて騙しきってほしかったよ」
その場にへたり込む歩歌っち。
もしかしたら、運勢占いも本当にたまたま偶然一位になっていただけかもしれません。
「ごめんなさい。とはいえ、こんな気持ち次第で増えたり減ったりするものが向こうの世界では総量がきまっているんですよね」
「うーん? よくわかんないけど、パソコンは残ってるしラッキーかなっ。もらい得っ」
早速パソコンを弄り始める歩歌っち。
上機嫌の歩歌っちは放っておいて、ウチは別のものへ目を向けたのでした。
――輸入商の二人が幸運を手に入れるのに使った、ボタンが一つしかないリモコンに』
「そのリモコンがこれですよ、仁人くん!」
途理先輩は勢いよく件のリモコンを取り出して俺に見せつけた。
「……なんで持って来てるんですか」
「急いで帰ったせいであの二人忘れちゃったみたいです?」
いや、そういう意味じゃなくて、そんなのこれ見よがしに歩歌がいる場所で出したら。
「姉さん押させて!」
「駄目です!」
思った通り、途理先輩の持つリモコンを奪おうとする歩歌。
しかし、簡単に顔面を掴まれて阻止されていた。
――素手顔面。
「途理先輩!」
「仁人くんもですか!」
違う、俺はボタンを押したい訳じゃなく顔面を掴まれたいだけだ!
――数分後。
「反省しましたか?」
「「……はい」」
並んで正座させられる俺と歩歌。
さすが幾多の武勇伝を作って来ただけあって、細身の割に途理先輩の腕力は中々だった。握られ心地も中々だった(顔面の)。
「とにかく、勝手にボタンを押さないように! ウチが検証した結果、このボタンの効果は輸入商ちゃん達が使っていた時と変わっているんですから。多分、二人が持っていた別の装置との併用で効果が変わるんだと思うんですけど」
「検証とかいって姉さん押したんじゃん! だったらわても!」
「……これを押すと、向こうの世界なのかこっちの世界なのか、とにかくどこかから吸収してきた幸運を少しだけ得られるようになっていたんです。サイコロを転がすとゾロ目ばかり出るようになりましたから――」
「よし、ギャンブルやで!」
ひゃっはーと飛び上がる歩歌。また顔面掴まれるぞ。
「――最後まで聞いて下さい。幸運を得れば、どこかで誰かが不幸になっているかもしれないんですよ。このリモコンを作った世界では幸せの総量が決まっていたんですし」
「でもでもでも! こっちだと気分で増減するし? 押してもいいんじゃねーさん?」
「そうかも知れませんけど、確証がないです。誰かを不幸にしてしまう可能性がある時点で論外です。なので、このリモコンは封印です」
「えー」
残念そうに俯く歩歌。流石に誰かを不幸にするとなっては諦めるのか。
「っとみせかけてっ」
「ああっ!」
歩歌のヤツ、無理矢理ボタンを押しやがった!
「これだけ前フリされてたら? やっぱし? 雰囲気的に? 押さなくちゃ? 的な?」
「明らかに押すなムードだったろうが!」
と俺が言うや否や、何かのメロディーが鳴り始めた。
「ん? メールかにゃ?」
どうやら歩歌の携帯からだったらしく、早速取り出して見始めている。
「おおっ、懸賞でウェブマニー五百円が当たった! 今夜はすき焼きだよジンジン!」
「五百円ですき焼きが食えるかよ。この人数だと肉無しになるだろっ」
「まぁそこは気合いでさっ!」
「こらーっ! 悪用しないで下さいっ!」
目の前で見せつけられると、このリモコンが本物だと言う事を認めざるを得ないな。
「二人とも、また反省したいんです? 少なくとも懸賞が当たる程度の幸福があったってことは、同じだけの不幸が誰かに降りかかってるかも知れないんですっ」
「姉さんだって検証で押したし? わても懸賞だし? アイコってことで!」
「がーん!」
いや途理先輩、口でがーんは――いや、途理先輩ならアリだな。うん。
ちなみに、ウェブマニーの行方は五百円分の豆腐となった。
ウェブマニーでそんなもん買えるのかと思ったが、それは別として五百円拾ったつもりで買うんだ、という事らしい。
そんな訳で歩歌にお裾分けされた豆腐を持って、俺は家に帰るのだった。