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ジブンガタラレと爆弾妹  作者: ありがち
3/10

二章 夢想無双の自分語り。

「つまり――古代エジプトでは――であり――死者の書が――」

 教師の声がどこか遠くに聞こえる。

 ――妹が爆弾になってしまった。

 結局あれから一睡もしていない。

 一晩中インターネット漬けで爆弾化の手掛かりを探し続けていたが、有益な情報は見つからなかった。

 当然だ。普通は人間が爆弾になるなんてあり得ないんだから。

 そうして得られた作業の対価は、波のように押し寄せる眠気のみ。

 ともかく、この授業を乗り越えれば昼休みになる。そしたら少しで良いから眠ろう。

「ふぁあ……」

 眉間にシワを寄せつつ、授業の終わりを待ち続ける。

 ――リーンゴーン。

「起立、礼、着席」

 お待ちかねの号令と共に机に突っ伏した。

 昼飯を買いに行く気力すらない。このまま寝よう……。

 が、眠りにつこうとしていた意識は、すぐに現実へ引き戻されてしまう。

「時代はパインアメだよね!」

 真後ろの席からテンションの高い声が聞こえてきたのだ。

 今は誰かの相手をしている余裕は無い。無視しよう。

「ジンジン! ほら、せっかくの昼休みなんだからお昼ご飯食べな! 食べよう!」

 ……名指しされてしまった。

 こっちがローテンションの時は厄介な奴なんだよな。

「起きないと駄目だよ、寝る子が育つのは栄養を取ってるからなのにー」

 仕方なく顔を上げて、半目で心底眠そうな顔を作ってから口を開く。

歩歌ぽか……、徹夜してて眠いんだよ……。あと、ジンジンって呼ぶな……」

「わかってないなー、そういう時こそパインアメだっつーの! つの! 幸い今日は一粒万倍日。この意味が、わかるかな!?」

「…………」

 俺は再度突っ伏した。

 もういい、狸寝入りを決め込もう。

「っつーの! つの! つの! おーい、つの!」

 平常心、平常心。

「パインアメ十キロで八千円、安いよね! 美味しいから、私だけでも全部余裕で食べられるんだけど、やっぱり日頃色々お世話になってるし、ジンジンには分けてあげようかなぁって思ってたんだよね!」

 騒音だって聞き続けていればじきに慣れるはずだ。そして俺は眠るんだ。

「そうやって寝てるフリしても無駄! 口の中にパインアメダース単位で放り込むぞ! おらっ、起きろ! おらっ、おらっ! ジンジン!」

 ゆさゆさ、ゆさゆさ(体を揺らす音)。

 げしげし、げしげし(頭をつつく音)。

 わしわし、わしわし(エアーシャンプーの音)。

「痒いところとか、あるかな? 僕、内緒にするから教えて……?」

 あー、もう限界だ。仏でも今のをワンセットとは数えねぇ。三度と数える筈だ。

「シャァラァアアアアッ!」

 跳ね起きて歩歌を睨みつける。

「あ、やっと起きた。おはよー」

 わざわざ叫んだ効果はゼロ。それどころか教室中の視線が俺に集まっていた。

 なんてことだ、俺はただ昼休みの間だけでも眠りたかっただけなのに……。

「まぁ元気出せや。ワシがついとる」

 広島弁風にセルフフォロー(神経の逆撫で)をしてきたのも歩歌だ。

 歩歌は気分によって、一人称をころころ変える癖がある。いろんな意味で鬱陶しい。

 基本は『私』から始まり『俺、僕、アタイ、ワシ』等、枚挙にいとまが無い。

 しかし『ウチ』という一人称だけは使わない。

 歩歌の従姉妹が『ウチ』という一人称を使っているから、だそうだ。

 俺の所属している部活の途理先輩のことなんだけど。苗字まで同じ途理なので、従姉妹だと教えられるまでずっと歩歌と姉妹だと思い込んでいた。紛らわしい。

 ――途理とり 歩歌ぽか

 歩歌は何かと無自覚にトラブルを引き起こしては、姉貴分の途理先輩に助けてもらっているようだった。途理先輩に、歩歌を助けた際の武勇伝を何度か聞かされた事がある。

 それはともかく、外見だけを見るのならば歩歌は可愛らしく見えなくも無い。

 というかハッキリ言って可愛らしいあたりが始末に終えない。

 人好きのする愛嬌がある瞳に加えて、やや短めのツーサイドアップを揺らす姿は一部男子には相当人気があるらしい。

 何かと騒がしい奴だが、遠目からだと愛想良く笑顔を振りまいている様に見えてしまうのも、被害者を増やしている要因だろう。

「……ねぇ、パインアメ食べないの?」

 というか、さっきからコイツはパインアメパインアメと、一体何なんだ。

 パインアメがどうしたっていうんだ。

 心なしちょっと悲しそうにしやがって。

 見ると、パインアメの入った袋が握り潰されてしまっていた。

 仕方ない、一粒くらいは貰おう。

 このままパインアメを食べずにいたら、なんとも居心地が悪くなりそうだ。

 別に、こいつが悲しむのが可哀想だからとかそういうのではない。

「……食べるよ。一個よこせ」

「へへっ、じゃージンジンには丸々一袋あげよぉ! これがあれば一日分の栄養素だけでなく、気力素も取れるからね! 私に感謝しながら一粒一粒食べてね。ちなみに今日は一粒万倍日といって一粒食べると効果が万倍になる日なのさ。知ってた? 僕は昨日ググって知った!」

 栄養素って、ただの飴だろ。大げさな。

 試しに一粒、口に放り込んでみると――

「な……、何……っ! あま……ずっぱい……だとっ……!」

 口に入れた瞬間に、パインアメを侮っていた事を俺はすぐさま知るのだった。

 ほのかに香るパイナップルの風味。それだけではなく、カットパインのような円形状になっている事よって更にパイナップルらしさが増している!

 ――これは、美味い。

「……まぁ流石にこれだけじゃ腹は膨れないな。美味しいけどさ」

「そっかー、パインアメの神様に選ばれなかったんだね、残念」

 神様って……。これ、ハッピーターンの粉みたいな合法麻薬でも入っているのか?

 とはいえ、歩歌はいつだって気の狂ったようなテンションの高さをしているし、別に合法麻薬は関係ないか。というか素で脳内麻薬を出してトリップしてそうだ。

 こんな奴でも日常生活を送れているのは途理先輩の活躍があるからに他ならないだろう。

 って。

 愉衣のことは途理先輩に相談すれば良いのか。いつも話を聞いてばかりだったから、こっちから話をするという考えが出て来なかった。

 前に話してくれた竜の牙を持ってくるとか言ってたし、今日なら会えるしちょうど良い。

 いくつもの武勇伝を持っている途理先輩なら、人間が爆弾になってしまったなんて普通は冗談だと思うような事態でも、何か良い解決策を教えてくれるかもしれない。

 人間が爆弾になった事を相談できる相手なんて、それこそ途理先輩くらいしか居なかったんだ。一晩中調べても何一つ分からなかった爆弾化、初の光明かもしれない。

 そんな訳で俺は、放課後になるまでの時間をヤキモキしながら過ごすのだった。



 放課後――俺は真っ先に部室へ向かって走り出していた。

 昼休み頃のような眠気は、もう無い。

 一刻も早く相談して、爆弾化の対策を見つけなくてはならない。

 何しろ愉衣は、いつ爆発するかも分からない爆弾になってしまったんだ。

 今は平気そうにしていても、そのうち気に病むかもしれないし、ましてや爆発してしまうかもしれないんだ。そうなる前に解決しないと。

 入学以来、ここまで急いで部室へ向かった事があっただろうか?

 無い。

 そして、自分でも驚くほど早く部室の前に着くことが出来た。

 少しだけ息を整えてから、そっとドアを開く。

 部室の内装は簡素で、いくつかの長机がつながれていて、部員数よりも多いパイプ椅子が並んでいるというもの。会議室風だが会議をした覚えは無い。

 中に入ると、長机の上に何かの牙らしきモノが乗っているのが目につく、かなりの大きさだな。途理先輩の背丈より長いんじゃないか。

「こんにちはっ、仁人くん」

 珍しい虫を見つけて自慢したがっている少年のような笑顔。

 途理先輩の場合、珍しい虫どころじゃない武勇伝なんだけど。

 ――部室の外と中で、途理先輩の印象は大きく変わる。

 部室で語る時こそ、二丁拳銃で休まずに連射するほどの饒舌さで話を聞かせてくれるものの、部室の外ではそれに逆比例するかのようにおとなしい。

 それこそ途理先輩自身ではなく、途理先輩の髪、柔らかそうな長くて大きいポニーテールのほうのが存在感があると言えるくらいに。

 物静かながらも特徴的な髪型や、ここの部活を立ち上げた事もあって『体験式おとぎ話』『夢想無双の自分語り』などと校内で途理先輩は噂されている。

 部活名が『私とお話ししましょう』なのだから、それも仕方ないか。

 謎が謎を呼ぶ人である。俺はその部活に入っているからそこそこ知っているんだけど。

 ちなみにこの部活、まともに活動している部員は俺と途理先輩しかいない。

 幽霊部員は、歩歌と、残りは俺が二年間部活を続けているのにも関わらず、見たことも聞いたこともない数合わせが名簿に載っているだけだ。

 そんな部活でやる事といえば『先輩の話を聞く』ことだけ。相槌くらいは打つ。

 俺の場合は、愉衣の言葉全てを余すことなく信じていた経験があったので、途理先輩の『武勇伝』や『冒険譚』の『自分語り』を信じる事もそう難しくはなかった。

 ある意味、互いに相性が良かったとも言える。

 一体どうやってこんな部活が承認されたのかは、俺も知らない。

 部室まである辺りもまた不思議だけど、途理先輩だし――で全て済みそうなあたり、それで十分な気がする。というか聞いたら聞いたで数時間ノンストップで語り始めそうだ。

 途理先輩が卒業したら、痕跡すら残さずに消えてしまいそうでもある。

 しかし、俺の視線は途理先輩ではなく、別の物へ釘付けにされていた。

 机の上にある、人間の脚よりも太く背丈よりも長い牙。

「これがウチが治した竜の牙ですっ」

 ――竜の牙。

 途理先輩は当然のように、言った。

 自分語りだとか、おとぎ話だとか学校では七不思議みたいに噂されているけれど。

 こうして、非日常の断片を見せられる度に、それが現実なのだと毎回驚かされる。

 ――って。

「なんで折角治した牙を持ってきてるんですか。折ったんですか、抜いたんですか」

「乳歯だったんです」

「あぁ、なるほど」

 それなら納得だ。竜にも乳歯とかあるんだなぁ。

 あー、色々聞きたい。聞きたい。きっと面白い自分語りがまだまだあるんだろうな。

 でも、今はそういう事を聞いている場合じゃないんだって。

 今日は愉衣の事を相談しに来たんだ。

「それでですねー、この部分なんですよ。虫歯があったのは――」

「あの、今日は途理先輩に相談があって来たんで」

「ウチに相談です?」

「はい。ええと、あくまで例え話なんですけど、もし家族が誰も信じてくれないような奇病を患ってしまったとしたら、途理先輩はどうやって解決しますか?」

 自分の妹が、とは言わない。

 途理先輩に過度な心配はかけたくないし、いつ爆発するか分からない妹の件に直接関わって貰うのは危険過ぎる。

 それに途理先輩は、非日常のエキスパートなのだから、アドバイスだけでも十分だろう。

 実際、武勇伝で魔法を使ったなんて自分語りは一度も聞いた事が無いし、立ち回り方さえ分かれば、後は普通の人間でも何とかできる筈だ。

 ――というのは『表向き』の理由だけど。

「いきなり凄い事聞きますね? ウチだったらまずは病院に行って、精密検査を受けさせます。どういう病気なのかハッキリとさせない事には、どうしようもありませんからね。一緒に病院行きましょうか? 仁人くんがどんな病気でもウチがなんとかします?」

 例え話って言ったのに、一瞬で現実の事だとバレてしまった。

 俺が病気になってしまったと勘違いしているみたいだけど、似たようなものだ。

「いや、別に俺が病気になった訳じゃ……」

「恥ずかしがらなくても良いのにー。それじゃウチのツテで、信頼できるお医者さんを紹介してあげます? 紹介状を用意します?」

「あ、ツテがあるんですか? だったら、是非」

「ツテありますよー。あ、語ってもいいです? このツテが出来た経緯について」

「今はちょっと」

 この急いでる時に、長くなりそうな自分語りは悪いけど聞いていられない。

 日が暮れてしまう。

「それじゃ、サラサラっと書いちゃいますねー。はい、どうぞ。あとこれもです」

 紹介状とは別にもう一枚手渡される。

「病院への地図です。あ、ちゃんと紹介状を渡すときは石井いしいさん宛って言って下さいね」

 なんと簡易な地図まで、至れり尽くせり。

 地図を見ると、なにやら可愛らしい丸文字で『ここです?』と書かれていた。

 何で疑問符って、もしかして矢印のつもりなのか。地図自体は分かりやすいけど。

「あのそれじゃ、今日はこれで。ちょっと急いでて」

「はい、お疲れ様です。次はウチの話ちゃんと聞いてくださいねー」

「時間があるときならいつでも」

 そう言って部室を後にする。

 病院の紹介状を貰えるとは思ってはいなかった。割と現実的なアドバイス。

 考えてみれば、信じてもらえないとか言う前に、一度くらいは検査してみるべきだった。

 出来れば今日中に一度、病院に行っておきたい。家に帰ったら、愉衣を引きずってでも連れて行こう。

 表向き、俺はこの部に入った理由を『話だけなんて楽だから』と言っている。

 実際は入学式で『先輩に一目惚れ』したから、なんて恥ずかしい理由なので誰にも言った事は無い。正直、釣り合いがとれる気がしない。

 先輩の自分語りを聞く度に憧ればかりが強くなってしまっているのが現状だった。

 ――途理先輩に直接助けを求めなかった事の『裏向き』の理由もそれに関係する。

 愉衣の件を直接話して途理先輩を巻き込んでしまったら、きっと俺は『途理先輩の話を聞く側』から『話の中の登場人物』になってしまう。

 途理先輩の武勇伝である自分語りは、一つの物語のように完結の区切りがある。

 もし俺が物語として完結の区切りを付けられてしまったら、途理先輩に語られ続ける心地の良い空間に居られなくなってしまうかもしれない。

 そんな可能性があるというだけで、直接話すという選択肢を私利私欲で俺は排除した。

 こんな『裏向き』の理由、それこそ誰にも話せない。

 だからこそ俺は、自分に出来る事はやり尽くさなければならない。

 どうしようもなくなって愉衣が爆発してしまうとしても、その時は一緒だ。

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