申し出
「高天原って、入学して一ヶ月でSCGに引き抜かれたあの高天原だよな? そんなに多い苗字でもないし、本人って事で間違いないよな。そんなすげー奴が自分の目の前にいると思うと、なんだか不思議な感じだぜ」
握手を終えてすぐの一言だった。麺を啜ろうとしていた鏡矢はピクリと動きを止める。
「すごいと言われるような事は何もしていないよ」
「いやいや、SCGに引き抜かれる事ってかなりすげー事じゃん。しかも高校入学から一ヵ月後だろ? 同学年の奴からしたらお前は化物だぜ」
SCG、能力者統率組織に所属する方法は二つある。
一つはSCG選抜テストに合格すること。
一つはSCGの幹部に実力を認められて引き抜き、つまりはスカウトされること。
大抵の人物は前者のケースでSCGに所属する事になる。しかし、前者は高校三年生以上でないと受けられない上に競争率も高い。尚且つ筆記試験、実技試験の難易度は鬼の様に高く、最終的な合格者数は全体の0,2%とかなり少ない。
鏡矢はこの前者ではなく、後者のケースにてSCGに所属する事になった。前者に比べれば簡単そうではあるが、SCGの幹部に認められるというのはある意味前者の選抜テストよりも難しい。
更に高校一年生という若さでのSCG所属は前代未聞だった。そんなレアケースである鏡矢の名は彩華学園に広まっていて、彼の名前を知らない生徒はいない(顔を覚えられているわけではないので、先程みたく上級生に絡まれるような事が起こる)。
「……随分な言われようだな」
化物扱いされた鏡矢は苦笑混じりに返答する。
「表現だよ表現。化物みたいにすげーって事さ。ところで、SCGに引き抜かれるって事はよっぽどすごい能力が使えるって事なんだろ? 高天原ってどんな能力を使うんだ?」
「……えーと、それはだな……」
答えずらそうに鏡矢は村雨から目を逸らす。
「さ、先に村雨の能力を教えてくれないか?」
「? まあ別にいいけど。俺の能力は剣刀性質。物体に剣や刀と同じ力を付与させるっつうもんなんだ。例えばこれ」
すっと前に出してきたのは割り箸。その割り箸が、徐々に淡い光を帯び始める。
村雨が光を纏ったそれをテーブルの角に当てて力を加える。パキッとテーブルが小さく音を立て、角の部分には鋭い切れ込みが入った。
「切れ味だけじゃなく、硬度も剣や刀と同じに出来るから本物の剣や刀とも打ち合える。俺は結構この能力、気に入ってるんだ」
「ランクはレベルBって所か。どちらかと言えば強力な能力だけど、戦いになれば本人の腕次第だろうし」
「大正解だぜ。レベルをぴたりと当てるなんて、やっぱりお前、すげー奴じゃん」
淡い光が消え、武器となっていた割り箸は元の役割を果たす道具に戻る。
村雨は割り箸でうどんを掴み、豪快に啜った。
「さあ、次はお前の番だぞ。早く教えてくれ!」
爛々とした目で見つめられ、鏡矢は戸惑いの表情を浮かべる。
(どう誤魔化そうか……)
自らの能力を他人に話すなんて鏡矢には考えられなかった。もしそれがただの”能力”と言えるものなら、鏡矢も教える事を躊躇する必要などないのだが。
数秒間考え込み、鏡矢は重い口を開く。
「俺の能力は動力操作。身体能力を高める、ただそれだけの能力だ」
今日の任務のターゲットであった神崎が鏡矢の能力をそんな風に解釈していたのを思い出し、鏡矢は今思いついた適当な能力名、および能力の簡潔な説明をした。
「へえ~、あんまりぱっとしない能力だな。けど、それでSCGに引き抜かれたって事は、相当身体能力を高められる能力なんだな」
村雨はごくごくと勢いよくスープを飲み、音を立てて中身の空になった器をテーブルに置いた。
「そこで提案なんだけど、明日俺と模擬戦をやらないか?」
「……え?」
予想外な言葉に、鏡矢は動かしていた箸を止める。
「俺さあ、強い能力者と戦うのが大好きなんだよ。中等部の時とか放課後に体育館に通い詰めて、模擬戦ばっかやってたんだ。お前は間違いなく強いだろうから、もううずうずしちまって」
「強さを勝手に決め付けられてもなあ」
「で、模擬戦やってくれるのか? やってくれるのか?」
「……やらないという選択をさせる気はないんだな」
鏡矢の言葉に返答はなかい。しかし、今浮かべる笑みがその答えを表していた。
小さく溜息をつき、渋々首を縦に振る。
「よっしゃ! じゃあ明日の放課後に第三体育館で待ってるからな!」
席を立ってトレイをカウンターに置いて、村雨はとっとと走っていってしまう。
時計の時刻は七時五十分。ラーメンの量は食べ始めた時とあまり減っていなかった。
◇ ◇ ◇
急いでラーメンを食し、七時五十八分に鏡矢は食堂を後にした。危うく規定時間を過ぎてしまう所だった。
部屋に戻ってきた鏡矢は部屋着に着替え、椅子に腰を下ろしている。
勉強机の上に置かれたインテリジェント。デバイスのセーラは画面を点滅させながら主に声を掛けた。
「今日は慌しい一日でしたね、ご主人様」
「ああ、せっかくの日曜日が一つの任務で台無しだ」
背もたれに寄りかかり、鏡矢はゆっくりと息を吐き出す。
「しかし、その任務のおかげで来週の土曜日が楽しみになったのではないですか? そう考えれば、こういった休日の過ごし方も悪くないのではないでいしょうか?」
「……そうだな。そう考えると気分もまた違ってくる」
神崎と会う約束をしている事を思い出して、鏡矢の気分は少し晴れやかになる。
一週間後の休日を楽しみにしながら、鏡矢は窓の外へと視線を移した。
そこに広がるのは漆黒。道を沿うように置かれている少数の電灯だけが、その暗闇の中で輝いていた。