未知数の実力
電車に乗った二人は、神埼が住んでいる寮のある能力者専門学校『天草学園』へと向かっていた。
神崎を天草学園に送り届け、SCGに報告すれば鏡矢の任務は終了である。
「それにしても、さっきの壁渡りは凄かったですね。身体能力を向上させる能力があなたの能力なんですか?」
「……うん、まあそんな所かな」
神埼が言う壁渡りとは、柄の悪い男達に囲まれた際に鏡矢が見せた技の事である(神崎が勝手につけた)。
能力について聞かれた鏡矢は、わずかな間を置いて肯定するように頷く。
「羨ましいです。私、運動とか苦手なので、あんな風に動けたらなあって憧れちゃいました。比べて、私の軌道迷走は人を傷つける事しか出来ない能力だから」
鏡矢は気落ちする神崎の肩に手を乗せ、フォローの言葉を掛ける。
「神崎さん、君は少し勘違いをしているみたいだね。軌道迷走は確かに事故などを誘発させる事の出来る能力だ。だけどそれはあくまで悪い考えた方をした場合で、解釈の仕方次第では人を守る事に優れた能力とも取れるんだよ」
「……軌道迷走が、人を守る事に優れている?」
「ああ。例えば、友達に向かって野球ボールが飛んできたとしよう。それはとても速いボールで、友達に知らせたり、かばったりする時間さえも与えられない。だけど君の軌道迷走なら、そんなボールにも対応出来る。ほら、友達は傷つかなくて済んだ。軌道迷走で人を守る事が出来ただろ?」
「…………」
驚きで言葉も出ない様子の神埼に、鏡矢は言葉を紡ぐ。
「考え方一つで能力っていうのは矛にもなるし盾にもなる。大事なのは心の持ち様だよ。不安もあるかもしれないけど、自分の能力としっかり向き合えば君の想いに答えてくれるから」
「……はい」
次第に神崎の目に涙が溜まっていく。制服の袖でそれを拭い、彼女は満面の笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「流石ですね。レベルAの能力者を捕らえ、無事に天草学園に送り届けるとは」
神崎を送り終えた鏡矢は、SCGの本部へと足を運んでいた。
準司令室にて来栖に報告を終えた鏡矢は、苦笑混じりに来栖へと返答する。
「いえ、俺は何もしていませんよ。聞き分けのいい子で良かったです。もし今回のターゲットが争いの大好きな戦闘狂だったりしたら、俺はここにいなかったかもしれませんから」
「ふふっ。話術もSCGのメンバーには必要な技術ですよ。私のあなたへの期待度は先日よりも更に高まりました」
「そんなに期待しないでください。俺はそんな大それた器じゃないです」
「謙遜しなくてもいいんですよ。現に仕事が出来ているんですからね。お仕事、お疲れ様でした」
来栖の言葉に一礼して、鏡矢は準司令室を後にした。
鏡矢の去った準司令室にて、来栖はガラス張りの窓へと視線を向ける。
雲に覆われていた空は、夕方の今はすっかり晴れ上がっている。
夕日の光が街中を照らし、橙色の幻想的な空間を作り出していた。
静寂に満ちた準司令室にて、来栖は口を開く。
「今回の高天原鏡矢の任務はどんな様子でしたか、天音?」
部屋の片隅に視線を向けると、いつの間にかそこには一人の女が立っていた。
女性用のスーツに身を包んだ彼女、天音凍花は恭しく頭を下げながら発言する。
「はっ。裏路地にて高天原鏡矢が神崎綾を話術にて説得した際、街のゴロツキ数名に取り囲まれていました。その映像がこちらです」
天井からスクリーンが下ろされ、部屋の電気が消える。スクリーンには映像が流れだし、暗くなった部屋の内部を映像の光が照らした。
取り囲まれ、しばらく会話をする鏡矢。その後、リーダー格とおぼしき男と神埼綾の前に鏡矢が現れる。そして神崎綾を抱え、鏡矢は左右の壁を順番に蹴り、凄まじい速さで裏路地を後にした。
そんな映像の一部始終を見て、来栖は興味深げな笑みを浮かべる。
「面白い。やはり君は面白いよ、高天原鏡矢君! 能力を使わずに任務を遂行するとはね。そんな君の能力を見れる日を、私は楽しみにしているよ。ふっふふふふふ」
愉快そうに笑う来栖に、天音は何も言わずにただ頭を下げ続ける。
準司令室に置いてある資料のたくさん乗った事務用の机。その真ん中に一つの資料があった。
『高天原鏡矢。能力者専門学校『彩華学園』一年。能力レベルS。しかし、その能力の全貌は不明』
夕日はやがて沈み、街は漆黒の闇へと包まれる。