魔眼使い
風が、不意に強く吹きぬけた。
フィリスから投げかけられた質問を理解するのに数秒の時間を掛けて、鏡矢は口を開く。
「……何を言ってるんだフィリスさん? 俺の能力はさっきも言った通り動力操作だよ。魔眼だなんて能力は知らないな」
感情が表情に出ないよう気をつけながら鏡矢は考える。
(なぜ俺が魔眼使いだと分かるんだ? 俺の能力を知っているのは身内と村雨、神崎さん、瓜生さんだけのはずだ。誰かがバラすにしても、フィリスさんと接触するような時間はなかった。……それに、神崎さん達が俺の能力をバラすというのも考えづらい)
会ってあまり時間が経っていないが、神崎達は信用できる人物達だ。そんな彼女達を一瞬でも疑った事に罪悪感を覚えながら、鏡矢はフィリスの言葉を待った。
フィリスは微笑を浮かべ、鏡矢へと一歩接近する。
「ごまかそうとする辺り、お前は魔眼使いである事を隠して生活しているようだな。身体能力が常人よりも高いから、それを人に能力だと思わせている。推測するに、お前は魔眼の力を恐れているわけだ」
「……!」
流石の鏡矢も、これには感情を隠せない。
魔眼使いだと確信した上で、フィリスは鏡矢への魔眼の思いを看破した。
鏡矢は表情を引き締め、フィリスに対して臨戦態勢を取る。
「フィリスさん、君は一体何者なんだ?」
警戒心を露にしている鏡矢に、フィリスは小さく溜息をついた。
「お前と同じ魔眼使いだ。魔眼同士の共鳴があった段階でそれは分かりきっているだろう?」
「魔眼同士の共鳴?」
初めて聞く言葉に、鏡矢は眉をひそめる。
「魔眼使いが近くにいると、魔眼がその存在を所有者に知らせるだろうが。……もしかしてお前、私が魔眼使いだと分からなかったのか?」
「君がレベルSの能力者という事ぐらいしか分からなかった」
それもあくまで、フィリスが高校一年生にしてSCGに所属している事から推測したに過ぎないのだが。
「……なるほど。魔眼使いであると隠しているお前は、普段全くと言っていい程魔眼を使用していないわけか。ゆえに魔眼が私を魔眼使いであると把握出来なかった」
鏡矢の前で歩みを止めたフィリスは、その美しい碧眼で鏡矢を見つめながら言葉を紡ぐ。
「どうしてお前は魔眼を使う事を恐れる?」
「ど、どうしてって……」
強大すぎる力の行使は、必ず誰かを傷つける。特に、人の行動を操れてしまう鏡矢の魔眼『朱い月』は、人に望んでいない行動をさせる恐ろしい力だ。そんなものを無闇に使えるわけがない。
黙りこんだ鏡矢をしばらく見つめていたフィリスは、やがてその視線を外して鏡矢の横を通り過ぎる。
「なぜ魔眼を使う事をためらうのか、私には理解できないな。与えられた力を使うのは当然の事だ。お前が戦ってきた相手は魔眼を使わずとも倒せる相手だったのかもしれないが、これから先、魔眼を使わなければならない局面に立たされたのなら、今のお前では死ぬ事になるぞ」
「……俺は、その魔眼を使わないために鍛え続けてきたんだ。魔眼を使わずとも、任務を成し遂げて見せる」
鏡矢の言葉を聞いて、フィリスはゆっくりと振り返る。
その直後、ある程度距離の開いた場所に立っていたフィリスが、鏡矢の目の前にいた。
「早速一度死ぬ事になっていたぞ、お前」
鏡矢の胸の前にダガーナイフを突きつけながら、フィリスは冷たい眼光を鏡矢に向ける。
蒼色の輝き。彼女の瞳から輝くそれは、今までに見た事の無いような、美しい光だった。
何が起きたのか分からない鏡矢からナイフを引いて、フィリスは身を翻す。
「私は魔眼を使うのを躊躇ったりはしない。お前とは違ってな。話の続きは後にしよう。そろそろ休み時間が終わる」
何事もなかったかのように歩みを進めて、フィリスは屋上の出入り口へと向かう。
彼女の姿が消えるまで、鏡矢はただフィリスの背中を呆然と眺めている事しか出来なかった。