フィリス・リンステッド
瓜生と競争して教室に辿りついて、鏡矢は座席に着いた。HRまであと五分といったところだ。
教室内は、もうすぐ来る転校生の話で持ちきりだ。耳を澄ませば、次々と『転校生』『美人』といった単語が聞こえてくる。
しばらく適当に仮想画面で教科書のデータを眺めていると、教室の扉が開かれる音が聞こえた。担任が隣に女の子を連れて教室に入ってきたのである。
「お、おい、想像してたより、全然可愛いじゃねえか」
「まるで人形みたいだ」
誰かが、そんな言葉を口にした。
教壇に担任と共に並んで立っているその少女は、とても美しかった。
長く伸びた金色の髪に、雪を思わせる白い肌。そして、守ってあげたくなるような華奢な体つき。
「はい。皆さんも聞いていると思いますが、彼女が今日からこの学校で勉強をする事になる転校生です。自己紹介を」
担任が促すと、少女は頷いて一歩前に出る。
「フィリス・リンステッドだ。出身地はイギリス。こちらには、SCGイギリス支部から派遣されてやってきた。こちらの環境にはなれていないから、皆に迷惑を掛けるかもしれないが、よろしく」
転校生、フィリスの言葉に、教室内は更に騒がしくなった。
金髪碧眼の美少女が転校してきた。これだけでも騒ぐには十分だろうが、彼女の言葉の中に含まれていた、とある単語が生徒達をざわめかせている。
SCG。能力者統括組織。能力者なら誰でも知っている、能力者の暴走を止めたり、時には保護する団体。
彼女は、そのイギリス支部からやってきたと言ったのだ。
担任がざわめく生徒達を鎮めるのに二分かけ、フィリスに座る席を指示する。
「窓際の一番後ろが空いているから、そこに座って。教科書などのデータは、座席に用意されているから」
「分かりました」
凛とした立ち振る舞いで、フィリスは座席の間を進む。自分へ視線が注がれているのを気にした様子はない。
(休み時間になったら、彼女への質問ラッシュが始まるだろうな)
そんなフィリスを遠目に眺めながら、鏡矢はぼんやりそう思った。
◇ ◇ ◇
しかし、鏡矢の予想は思いもしない形で外れた。
休み時間、フィリスの元へクラスメイト達が近づいていくというのは合っていた。が、彼女は「すまない。少し用がある」と言ってクラスメイト達を置いて歩き出す。
任務でも入っているのだろうか? 同じSCGのメンバーである鏡矢は、そう考えてフィリスへ視線を向ける。
フィリスとの距離がどんどん近づいてくる。鏡矢は真ん中の一番後ろに席を取っているため、フィリスは自分の後ろを通って教室に入り口へ向かうつもりなのだろう。
じろじろ見ていても失礼だと思い、鏡矢は視線を外して開いていた仮想画面をクリックして消した。
「お前が高天原鏡矢か?」
澄んだ声が、鏡矢の鼓膜を震わせる。
数秒間の硬直の後、自分が呼ばれているのだと気付いて鏡矢は振り返った。
「……そうだけど、俺に何か用かな? フィリスさん」
「ああ、少しお前と話がしたい。……ここでは人が多いな。場所を変えてもいいか?」
「構わないよ」
椅子を引いて立ち上がると、フィリスが先に歩き出す。続いて後ろに歩き出す時、クラスの男子生徒達の射る様な視線が鏡矢へと向けられた。
教室の外に出ても、視線が集まるのは変わらない。噂の転校生を見ようと集まっていた生徒や、廊下で立ち話をしていた生徒達の視線が、廊下を歩く二人へと注がれる。
居心地の悪さを覚えながら、前を行くフィリスに鏡矢は話しかける。
「人のあまりいない場所と言っていたが、どこに行こうとしているんだ?」
「屋上だ。彩華学園の屋上は庭園になっていると聞く。主に昼の時間帯に人が集まるが、時間の少ない休み時間には利用する人間も殆どいない」
「……よくそんな事を知っているな。転校してきたばかりなのに」
「こちらに来る前に、学園内の構造や周辺の地形は把握済みだ」
階段を登って最上階に向かうと、廊下の先に光が見えた。
廊下を抜けるとそこが庭園だ。床全体には芝生が埋められており、中央には噴水が設置されている。
噴水の前までやってくると、フィリスは歩みを止めた。
「それで、俺に一体何の用だ? 休み時間は長くないから、出来れば手短に頼む」
「分かっている。お前を呼び出したのは、単に軽く挨拶をするためだ。SCGの任務で、お前とはペアになる事もあるだろうからな」
任務の難易度が高い場合、チームを組んで任務に望む。今までは単独で任務をこなしていたが、これからは更に難易度の高い任務を任されるかもしれない。そう考えると、確かにフィリスとはチームを組む可能性は大いにある。
「なるほど。じゃあ一応自己紹介をしておくよ。高天原鏡矢。能力は動力操作。まあ、身体能力を向上させる能力だよ。じゃあ、これで用は済んだという事でいいのかな?」
「いや、挨拶ついでに、お前に一つ聞きたい事がある。……聞きたいと言っても、もう知っている事なのだがな」
「? 言っている意味が分からないんだが」
今まで噴水を見ていたフィリスは鏡矢へ振り返った。不意に吹いた風が、彼女の髪をなびかせる。
フィリスは腕をゆっくりと上げて、首を傾げる鏡矢に指を指した。
「お前、魔眼使いなのだろう?」